第64話 「M」の事後承諾/今回は、闘う

文字数 1,591文字

「M」のスナック。アオイ、慧子、世津奈、コータローの4人がカウンターを挟んで「M」と向き合っている。
つまり、慧子さんが、独断で佐伯警視正と取引しちゃったのね。
申し訳ありません。
慧子さん、あなた、申し訳なさそうな顔していないわよ。
部会者が口をさし挟んで、恐縮なのですが……
世津奈さんは、もう部外者じゃないわ。遠慮なく言って。
佐伯警視正は、アフリカのマラリア撲滅を支援する計画を投げ出しかけていました。計画を復活させるには、あのタイミングで取引をもちかるしかなかったのです。
私たちのグループ「シェルター」は、政府や企業から抑圧されている個人を保護するグループ。アフリカ支援は私たちの仕事ではありません。
そういう「シェルター」の消極的なところが、あたしは、じれったい。逃げ回ってばかりじゃ、政府や企業の好き勝手を止めさせることが、できない。
アオイさん、私たちの力は小さいのです。私たちが横暴な政府・企業に挑んでも、かすり傷を与えるくらいしか出来ない。一方で、私たちの方は、壊滅的な打撃を受けます。
かすり傷でもいい。ともかく、あいつらの邪魔をしたい。この世界は、あいつらのためにあるんじゃない。そのことを、思い知らせてやる。
アオイさん、頭を冷やして。「シェルター」を潰すわけにはいかない。政府や企業は権力を乱用して個人を踏みつけにする。でも、「シェルター」があれば、救える個人がある。「シェルター」がなくなったら、その人たちを救えなくなる。
横暴な権力者が大勢いるが、連中から個人を守る「シェルター」がある世界。横暴な権力者が大勢いて、連中から個人を守る「シェルター」がない世界。2つを比べたら、「シェルター」がある世界が、まだマシな世界だ。そうおっしゃりたいのですね。
私たちは、ベストは求めません。どれもダメだらけな選択肢の中から、「ダメさ加減」が一番マシのを選ぶのです。
「少しでもマシ」原則ですね。それは理解しているつもりです。ですが、「シェルター」が、現に今おびやかされていたら、どうします? それでも闘わずに済ませますか?
どういう意味?
私は、CIAの魔の手が「シェルター」に迫っていると考えています。
CIAは、和倉を殺そうとしてた。その和倉が大学時代の恩師を通して「シェルター」に助けを求めてきた。
CIAは「シェルター」の正体は分かってなかったと思います。でも、彼らの暗殺対象者を匿うグループが日本に存在することには、気づいてたんすよ。
でも、和倉さんは「シェルター」のことは、知らなかったのよ。大学時代の恩師・霧島教授に相談したら、霧島教授が「シェルター」の世話役の一人を和倉さんに紹介した。どうして、CIAは、和倉さんが「シェルター」に接近していると気づけたの?…………まさか?
その「まさか」です。霧島教授と「シェルター」の「世話役」を結ぶ線が、CIAに嗅ぎつけられているのです。
元々、霧島教授と「世話役」の一人を結ぶ線にCIAが目をつけてた。その線の端を、CIAが暗殺しようとしている和倉がつかんだ。で、和倉を護衛するために、CIAと一時停戦状態にある慧子とあたしが現れた。
CIAは「シェルター」を潰した上に慧子さんとアオイさんを抹殺する一石二鳥のチャンスだと、躍り上がって喜んだことでしょうね。
だから、今度ばかりは、CIAと闘って、彼らの魔の手が「シェルター」本体に及ぶのを防がなけければ、なりません。

わかった。そういうことなら、闘うしかないわね。ただし……
あたしたちは「シェルター」と縁切りするってことだろ。それで「シェルター」が少しでも安全になるんなら、あたしはイイぞ。
私も、異論はありません。
私たちは、会社とはとっくに縁が切れています。お節介な友人として、最後までお付き合いさせていただきます。
ボクもっす。
私も「シェルター」とは縁を切ります。仲間として、一緒に闘わせてね。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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