第44話 納得のいかない決着

文字数 2,316文字

アオイ達は白バイの誘導で、県道から少し山の中に入った廃校にたどりついた。校庭に軽乗用車と黒塗りの大型バンが停まっており、その傍らに慧子とコータロー、そして佐伯警視正とその部下らしき2人の男が立っていた。
あいつらは、何者だ? 俺をどうしようって言うんだ?
クルマん中であたしたちの話を聞いてなかったのか? 警察だよ。本物だぞ。
俺たちは、警察に脅されてあんたを迎えに行ったんだ。
佐伯の部下らしき二人組が和倉を引き立てて黒塗りの大型バンに乗り込んだ。
世津奈さん、池辺先生、お疲れさまでした。アオイも、お疲れ。
慧子さんの作戦どおり進みました。クルーズに損傷を与えて港に帰らせるというのは、実に名案でした。
あのエラそうな「機械屋」はどうした?
漁港で別れたっす。釣りをすると言って、また漁船で海に出ていきました。
港で部下が監視していたが、相当激しい銃撃戦だったようだな。
池辺先生という強力な助っ人がいたので、乗り切れました。
池辺、あんた医者辞めて用心棒になれ。向いてるぞ。
バカ言うな。今回は脅されて仕方なくやったが、あんな危険な仕事は二度とやりたくない。
佐伯警視正、和倉さんを手に入れてどうするおつもりですか?
それは、お前らが知る必要のないことだ。
あたし達は、命がけで和倉を取り戻したんだぞ。何のためなのか理由を知る権利がある。
権利だと? お前らにそんなものはない。 私は、お前らが和倉を取り返すのと引き換えに、お前らの違法行為を見逃してやった。それで取引は終了だ。お前らは、これ以上私に何かを望める立場にはない。
日本政府が和倉さんの新薬を使ってアフリカを支援する計画でもあるのですか?
宝生警部補、口を慎め。コンクリート詰めにされて東京湾に沈むぞ。
そぉやって脅すところを見ると、図星だな。
アオイ、止めなさい。和倉さんは、もう私たちの手を離れたの。
さすが年の功。わかってるじゃないか。小娘は伯母さんの言いつけを守ることだ。


これで、お前たちの仕事は終わった。この件については、忘れろ。それがお前たちのためだ。お前たちが静かにしていれば、今後も、お前たちの違法行為は見逃してやる。


寛大なご処置をありがとうございます。
佐伯がポケットからスマホを取り出し、ディスプレイをアオイたちに向けた。そこには、池辺が撮影してネットに流した用心棒の自白映像が映っていた。
お前たちがそんなバカ者だと思いたくはないが、もし、この映像をネットに流したのがお前たちなら、二度と、こういうことはするな。臓器密売業者との闇取引が疑われている大病院はいくつもある。だが、そういう病院に限って大物政治家とガッチリ握り合っている。この世界は、闇が深い。下手に探りを入れると、お前たちみんな、コンクリート詰めで東京湾に沈むぞ。
アオイが佐伯に向かって一歩踏み出す。慧子がアオイの前に出て、かかとでアオイの足を踏んだ。
いてっ! 何すんだよ。
慧子の代わりに世津奈が応える。
アオイさん、ここは静かにご説拝聴していた方がいいです。
臓器密売業者との闇取引が疑われている大病院はいくつもある。だが、そういう病院に限って大物政治家とガッチリ握り合っている。この世界は、闇が深い。深入りしない方が身のためだ。
おい、あんた警察だろ? 違法な臓器密売を見逃せって言うのか? そんなの無茶苦茶じゃないか!
佐伯警視正、いつかは、闇を白日の元に引きずり出す人間が出てきますよ。
宝生警部補、相変わらず甘いな。自然界に光と影があるように、国家にも光と影がある。闇のない国家は、ないのだ。
あんた、クソだな。
くちばしの青い若造は、みな、そういうことを言う。お前も大人になればわかるさ。
佐伯がアオイたちに背を向けて、黒塗りのバンに乗り込んだ。和倉を乗せた警察のバンが、土煙を上げて走り去って行った。
なんか、呆気ない幕切れっすね。
呆気ない? そんなもんじゃない。後味がわりぃじゃないか。くそっ、面白くねぇ。
私と池辺先生が佐伯警視正に弱みを握られていたせいで、慧子さんとアオイさんに申し訳ないことをしました。
世津奈さん、気にしないで。佐伯警視正は、アオイと私の正体に気づいていた。私たちも、彼のために汚れ仕事をしてあげたから見逃してもらえたのよ。
だけど、あいつが公安にチクッて、そこからCIAに漏れるかもしれないぞ。
それはないと思います。佐伯警視正は、古巣の公安畑に対して強烈な対抗意識を持っています。公安の点数稼ぎになる情報を流したりはしません。

それより、私達の正体を黙っているのと引き換えに、また汚れ仕事をさせようとすると思う。彼は公安からの噂で私たちの戦闘力に期待していた。だから、私たちと司法取引した。


佐伯警視正のアオイと慧子に対する態度については 第36話「司法取引」をご参照ください。

https://novel.daysneo.com/works/episode/64976004a844a0dbbb2c78a28e8f8104.html
あたし達は、見事に戦闘力を実証しちまったってことか。
まだ、放電能力は見せていません。それが、せめての救いです。
そっか……うん、まぁ、そうだな。


クソ、なんかムシャクシャしてきたぞ。ここは海の近くだ。美味しい寿司屋がありそうだ。寿司をやけ食いして、気を晴らそう。

寿司、いいっすね。
美味しいものを食べて帰りましょう。池辺先生にはご無理をお願いしたので、私から御馳走させてください。
いいのか? 俺は寿司には目がない。それも、高級なネタが大好きだ。
どうぞ、ご遠慮なく。
よっしゃ、寿司だ! 寿司、行くぞ~。
アオイたちは、それぞれ自分が乗ってきたクルマに乗り込み、寿司屋を探しに廃校を後にした。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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