第5話 調査員、登場

文字数 1,507文字

アオイと慧子は、IR (統合型リゾート)内のホテルへと引き返した。スイートルーム宿泊客専用エレベーターに向かうと、エレベーター前で男女の二人組が立っていた。小柄だが均整の取れた身体付きの女性と長身で痩せ型の男性。二人ともジーンズをはき、カジュアルな上着を羽織っている。足元はトレッキングシューズで固めている。バッグの類は持っていない。ただ、男性が右手に文書の入ったクリアファイルを持っている。

エレベーターにご一緒させていただいていいですか?
このエレベーターはスイートルーム宿泊客専用です。
スイートルームA にお泊りの和倉孝夫さんにお会いしたいのです。フロントから和倉さんに電話してもらっても、お出にならないので、ここで同室の方をお待ちしていました。
それは残念。あたしたちはスイートルームBに泊まってる。

いいえ、あなた方は和倉さんの連れです。そこの壁に貼ってある写真をご覧ください。
壁にアオイと慧子が和倉を連れてチェックインする姿を写した写真が2枚貼ってある。慧子が上着の下のショルダーホルスターに納めた拳銃に手をかけた。

ホテル内で銃器を持ち出すのは、お勧めしません。私たちはあなたの敵ではありません。写真の下に貼ってある名刺をご覧ください。

壁に2枚の名刺が貼ってある。

京橋テクノサービス(株)コンサルタント  宝生 世津奈

京橋テクノサービス(株)コンサルタント  幸田 光太郎

コンサルタントと書いてありますが、実際は調査員、探偵です。産業スパイ狩りを専門にしています。

よろしくお願い致します。

お引き取り願えますか。

慧子が銃を抜き、小柄な女性の方に向けた。装填してあるのは非殺傷性のプラスチック弾だが、女性までの距離は2メートルを切っている。気絶させるくらいの衝撃を与えることができるはずだった。

しかし、女性は銃を向けられても顔色一つ変えなかった。

(心の中で)あたしは、この人たちから危険を感じないんだけど……

コー君、あの契約書をお見せして差し上げて。

男性が右手に持ったクリアファイルを差し出そうとする。アオイは前に出て男性の腕をつかみクリアファイルを引き取った。
ホントだ。これ契約書だよ。契約の相手は「『顧みられない熱帯病』と闘う会」……「国境を超えた医療団」みたいに開発途上国で活動してるNGOだね。

契約の内容は?

ごめん。中身は難しくてわかんない。女の人の手もつかんでるから、慧子が読んでよ。
アオイがフォルダーを床に落とし、女性の腕をつかんだ。アオイは、相手の身体に触れた状態で接触放電すると、相手を金縛りにすることができる。強く放電すれば気絶させることも可能だ。


相手の腕をつかむのが、君のお近づきの挨拶なのかな?

さぁ、どうかしら? でも、二人とも、大人しくしてた方がいいわ。


「『顧みられない熱帯病』と闘う会」が和倉さんをリクルートするために、この探偵さんたちを雇っのね。和倉さんと話させてみましょう。アオイ、二人から手を離さないで。

二人とも、変な気を起こしたら、ビリビリっと電気を見舞うよ。
アオイ!

(心の中で)いけね!あたしが放電できるなんて、言っちゃいけなかった。

(心の中で)アオイったら、本当に「秘密を持てない子」なんだから。
アオイさん……っておっしゃるんですか? 超能力者なんですか?


(心の中で)しまった! 私がドジを踏んでしまった。
電気を見舞うとか言ってたけど、超能力者なの?
コー君、黙って。私たちには関係ないことよ。


慧子が銃を片手にカードキーを使ってエレベーターを起動した。慧子が探偵二人の腕をつかんでエレベーターに押し込み、そのあとから慧子が乗り込んだ。 エレベーターが最上階に向かって昇り始めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色