第66話 教授室/遭遇戦

文字数 1,468文字

慧子と世津奈は、和倉の母校である陸稲(りくとう)大学を訪れていた。和倉の恩師で、CIAの協力者の可能性がある霧島教授に会うためである。30代半ばを過ぎ、学生に見えないのはもちろん、教員や大学事務員にはないスレた雰囲気を漂わせている二人は、学生たちでにぎわうキャンパスでは、浮いている。
慧子さんと私の二人だけって、珍しい組み合わせですね。
アオイやコータローさんと動き回ってCIAに一網打尽にされたくない。

それに、こういう仕事には、海千山千の年増二人が向いてると思ったのよ。

「年増」ですか……ちょっと、傷つきました。
あら、そういうの、気になるんだ。では、「若い割には『海千山千』の」と、言い換えます。
(心の中で)慧子さんに比べたら、私なんか「海百山百」程度だと思うけど……
アメリカの大学と違ってゴミゴミしたキャンパスね。薬学部は、どこにあるの?
この坂を登って、左手です。
こんなゴチャゴチャしたところで、よく分かるわね。
私、ここの法学部卒です。
でも、「陸稲大学」って、面白い名前ね。普通に読んだら「オカボ大学」でしょ。水田で作ったお米に対して「なんちゃってお米」という感じ。大学も「なんちゃって大学」でなきゃいいけど。
…………
世津奈、すぐに笑顔を取り繕って。
「オカボ大学」って、ライバル校と言われている「旺敬大学」の連中が、うちの大学をからかって使う呼び名です。
あなた達は、「旺敬大学」のことを何て呼ぶの?
「おうけい」をアルファベットに置き換えてOK。それを前後ひっくり返して「KO大学」です。
「ノックアウト大学」、面白いわ。
着きました。ここが薬学部です。裏手に実験棟があります。教授たちは、表の建物に教授室、裏の実験棟に研究室を持っています。
まずは、表から攻めましょう。研究室だと、周りに学生さんたちがいて、面倒なことになりそうだわ。
教授室のドアをノックしようとする世津奈。中から人がもみ合う音が聞こえ、世津奈たちの鼻先でドアが開いた。初老の男性が、サングラスをかけた男性二人に両脇を抱えられて、出てくる。
助けてくれ!
初老の男性が、アオイ達に向かってすがるような声を出す。

サングラスの一人が初老の男性から腕を離し、前に出る。ポケットから棒のような物を取り出す。特殊警棒だ。もうひとりのサングラスが初老の男性を羽交い締めにする。

そこをどけ!
前に出た男が特殊警棒を振り出そうとした瞬間、世津奈が男に身体を寄せる。男の特殊警棒を封じながら、男の足の甲を思いきり踏みつける。男がうめく。教授を羽交い絞めにしていた男の注意が相棒に向かう。慧子がポケットから素早く小型拳銃を抜き、男の眉間にプラスチック弾を見舞う。
世津奈は、目の前の男にさらに体を寄せ、男の急所に手をかける。
あら、ビビッて、玉が縮んでるわよ。
世津奈が、男の急所をぎゅっと絞り上げる。
うぐ、うぐっ。
慧子が男のみぞおちにパンチを浴びせる。男が倒れ、動かなくなる。
とんだ先客だったわね。
こいつらを部屋の中に入れて、縛り上げましょう。霧島先生も手伝ってください。
慧子と世津奈は、すくんでいる霧島教授に手伝わせて男二人を教授室に引きずり込むと結束バンドで後ろ手に縛りあげる。
助けてもらったようだな。そのことには、例を言う。

だが、君たちは、何者だ?

霧島教授でいらっしゃいますね。
確かに、霧島は私だ。人に名乗らせておいて名乗らないのは無礼だぞ。君達は誰だ?
先生の教え子、和倉修一さんの友人です。和倉さんの紹介でお会いしに上がりました。
和倉君……
慧子と世津奈には、霧島教授の身体が凍りつくのがわかった。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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