第7話 「シミひとつない正義」など、ない 

文字数 1,871文字

世津奈が、香坂直美が産業スパイである事を示す証拠写真や文書を次々と和倉に見せる。

和倉の顔が最初は青ざめ、やがて、怒りで赤くなる。

あの重要な情報を新薬情報を産業スパイに渡してしまったとは! 私は、何という愚か者だ。
和倉さん、ご安心ください。

新薬情報は、私たちが取り戻して「『顧みられない熱帯病』と闘う会」に渡しました。

なぜ、あなた方が、そんな事を?
ボクらの会社、「〈顧みられない熱帯病〉と闘う会」と産業スパイ狩りの契約を結んでるんす。

「闘う会」のメンバーだといつわって医薬品の研究者に接近する産業スパイがいるのです。私たちは、そういうスパイを捕らえて「闘う会」に引き渡しています。
それで産業スパイの香坂直美を捕まえた。そうしたら、和倉さんをリクルートする仕事まで押し付けられた。

押し付けられたのではありません。ちゃんと、お代をいただきます。それに、「闘う会」がアフリカでクスリを広める手助けをするのもいいかな……と思いまして。

あら、ずいぶんナイーヴな探偵さんだこと。
ちょっと待った。「闘う会」が持ってるクスリの情報は、産業スパイの香坂直美が和倉さんから買い取ったもんだろ。
そうっすよ。ボクらが香坂直美を捕まえた上、に新しい抗マラリア薬の情報まで提供したので、「闘う会」は大喜びです。
それ、喜ぶ所じゃないだろ。正義の味方のはずのNGOが製薬企業の知的財産をタダで手に入れたんだぞ。
知ってます? 道に落ちてるものを拾って使っても、盗みにはならないんすよ。抗マラリア薬の情報は、道に落ちてたのと同んなじです。
ちげぇだろー! 元々は盗まれたもんだ。持ち主に返すのがスジだ。あたしは道で10万円見つけても、拾って使ったりしない。交番に届けたいとこだが、警察と関わりたくないかあ、そのまんま置いとく。
他の誰かが拾って使うかもしれないじゃないすか。持ち主のところに還らないのは、おんなじっす。
でも、あたしは、自分の手を汚してない!

NGO の活動も、綺麗ごとだけでは済まないみたいですよ。

「闘う会」みたいに治安の悪い発展途上国で活動してると、ヤバい橋を渡ることもあるでしょうね。

「闘う会」が私を雇いたいなら、なぜ、直接会いにこない。どうして、あんた達を間に立てるんだ。
これは言いにくいのですが、和倉さんは企業秘密を外部の人間に売り渡した犯罪者です。

「闘う会」は、何て偽善者なんだ!連中は、香坂直美が私から買い取った情報をタダで使う。連中こそ、盗人だ。それでいて、俺を犯罪者呼ばわりして、俺とは直接取引しないと言うのか。
ぶっちゃけ、そういうことっすね。
創生ファーマが「闘う会」を知的財産権侵害で訴える可能性があるわよ。
「闘う会」と私たちが出所不明の情報だと言って口裏を合わせれば、大丈夫です。和倉さんにいったん失踪してもらい、別人になって「闘う会」に加わってもらいます。
創生ファーマは、アフリカの救世主になるはずのクスリを「お蔵入り」にしたんすよ。誰かが代わにアフリカのために使わないと、そっちの方が正義に反します。
そんなの、汚いぞ!
汚くても、正義は正義っす。
もし創生ファーマに訴えられたら、「闘う会」は、創生ファーマが利益優先で新しい抗マラリア薬を葬ったと、全世界に向けて公表するつもりでしょ。
それは、私たちの預かり知らないことです。。ただ、もし私が「闘う会」だったら、間違いなく、そうします。巨大製薬企業は利益至上主義だと批判している人は、大勢います。そういう批判者を巻き込んだ大騒動になるとマズいので、創生ファーマは示談にして告訴を取り下げるはずです。どうせ、このクスリでビジネスをする気はなかったのですから。
巨大製薬企業の利益第一主義を批判している人たちは世界中に大勢いる。そういう人たちを巻き込んで、大騒ぎになるでしょうね。
おいおい、製薬会社は信用第一なんだろ。だから、和倉さんの内部告発を握りつぶそうとした。新薬の件で世界中で騒ぎになったら、困るじゃないか。
そこにつけこんで、「闘う会」は金を払って示談に持ち込む。そのとき、「表向きは創生ファーマが善意から無償提供したことにしましょう」と、創生ファーマにささやく。
ご想像にお任せします。

貧しい人たちの間に抗マラリア薬を広めるのは正義だ。だけど、その正義のために「闘う会」は創生ファーマを脅して裏交渉するっていうのか? 汚いぞ! 汚すぎる!

シミひとつない真っ白なハンカチみたいな正義ってものが、この世界にあれば素敵なのですが。
そんな綺麗な正義はない。そういうことのようね。
それも、ご想像にお任せします。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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