第36話 佐伯警視正がアオイの秘密を知っていた

文字数 2,542文字

佐伯警視正が、固まっているアオイと慧子、驚いている世津奈とコータローを見渡して満足気な笑みを浮かべた。
アオイは佐伯警視正をにらみつけ、慧子は自分と佐伯警視正の間の空中のどこかに視線を合わせる。
警察庁・警視庁の公安関係者の間にひとつの噂がある。CIAと国防総省が、日本で2人の人探しをしている。一人は少女で、特殊な能力の持ち主らしい。もう一人は、その少女と深いかかわりのある30代の女性らしい。
警視正は今でも公安の方々とお付き合いがあるのですか? 私の上司でいらしたころは、公安畑には嫌気がさしたとおっしゃっていましたが。
私は、好き嫌いではなく、損得で付き合う相手を選ぶ。将来は総理大臣、最低でも警察庁長官を目指す私にとって、公安とのコネは重要だ。
なんで、エラくなりたかったら、公安とのコネが大事なんだ?
日本の警察を牛耳っているのは、治安維持を担当する公安警察です。具体的には、警察庁警備局、警視庁公安部、各県警の警備部から成るグループです。彼らの情報収集能力は非常に優れていて、政権与党の有力政治家たちは彼らを利用し、身内として取り込んでいます。
取り込んでおかないと恐いってこともあるんす。公安の連中は政治家の個人情報をがっちり掴んでますから。
都道府県警察は縄張り意識が強くお互いを敵視するけど、公安畑だけは一枚岩だって聞いたことがある。
その通りだ。公安畑の連中は「国家の守護者」を自任し、都道府県警のトップではなく、警察庁警備局長の指揮下で一体化している。だが、その正体は与党政治家たちの犬だ。私は、そういう公安畑に嫌気がさして、警視庁生活安全部に移った。生活安全部は、市民生活を守る警察だ。
(心の中で)公安部からはじかれて生活安全部に左遷されたと、もっぱらの噂だったけど。
話を、そちらの二人に戻すぞ。一年前に、奥多摩の山中で米軍の武器を装備した20名ほどの人間が射殺体で見つかる事件があった。
(心の中で)アオイと私を追ってきたCIA・国防総省の合同部隊が武器商人エル・リケルメの一味に襲われて壊滅した事件のことね。
死体を警視庁刑事部が司法解剖に回そうとすると、上からストップがかかった。司法解剖なしに外国系のギャング同士の抗争として片付けろと指示されたそうだ。
でも、公安部が死体を引きとって密かに司法解剖を行った。
そして、4つの死体が全身に半導体のチップを埋め込まれていることを発見した。公安部は、その4体をアメリカが開発した生体兵器だと推測した。
(心の中で)でも、それだけでは、壊滅した追跡部隊がアオイを追っていたことまでは推測できないはず。公安部は他にも何か情報をつかんだに違いない。
壊滅した部隊が何をしようとしていたかは謎だった。ところが、思いがけない所からヒントがもたらされた。公安が国際的なテロ組織「紅い稲妻」のメンバーを捕えて尋問したところ、そいつが、以前は国際的な武器商人エル・リケルメのもとで働いていたことがわかった。
(心の中で)また、エル・リケルメの残党か。
そいつは、こんな話をゲロった。エル・リケルメとその一味は、山科アオイと名乗る生体兵器をCIAから横取りするためCIAの追跡部隊を壊滅させた。これは、奥多摩山中で起こったことと符合する。
ハリウッド映画みたいな話ね。
この話には、まだ続きがある。そのあと、リケルメは人質を取って山科アオイをおびきよせたが、アオイの返り討ちにあった。その時アオイを助けた30代から40代の日本人女性がいた。この女性は、アオイを生体兵器に改造したレノックス慧子博士と思われる。
ハリウッドのB級SFアクション映画そのものですね。仮に、その話が事実だったとしましょう。だからと言って、どうして、その女性と少女が香山さんと姪御さんだという話になるのですか? 警察庁幹部が妄想で物を言わないでください。
妄想ではない。合理的な推論だ。池辺のクリニックを見張らせていた部下から、宝生と助手が少女と30代の女性を連れてクリニックを訪れたと聞いて、ピンときた。
何が、ピンときたんだ?
お前に治療を頼むのは、一般病院に見放された金持ち連中だけじゃない。普通の病院で保険診療を受けられない「訳アリ」の奴らもくる。少女と30代の女性で「訳アリ」と言ったら、CIAと国防総省が追っている二人に違いないと、私は推理した。
飛躍しすぎです。やはり妄想としか言いようがない。私は、「『顧みられない熱帯病』と闘う会」の片瀬洋子、この子は私の姪で、片瀬サオリ。ここには治療を受けに来たのではなく、池辺先生をスカウトしに来たのです。
あぁ、そうだ。NGOの給料は安いからお断りすると言っていたところだ。
ほぉ、そう来るか。まあいい、警視庁に引っ張って色々訊かせてもらう。
ところで、警視正は、どうやって和倉さんを確保したのですか? 
簡単なことだ。宝生とお前が池辺クリニックに来たと聞いて、ピンときた。部下にお前たちの会社の本社と医療センターを見張らせたのだ。
(心の中で)そっちから辿ってきたのね。
案の定、医療センターから和倉を乗せたクルマが出てきた。部下が警察のIDを見せたら、お前の会社の連中はあっさり和倉を引き渡したそうだぞ。
(心の中で)護送チームのメンバーは訓練されたプロだけど、警察のIDを見せられては逆らえないわね。
その時、佐伯警視正のポケットでスマホが鳴った。佐伯がスマホを取り出し、耳に当てる。
なにっ! 和倉をさらわれただと。相手は誰だ? 見当もつかない? 何年警官をやっているんだ。すぐに和倉の居場所と、和倉をさらった連中を突き止めろ!
なんだよ、エラそうなこと言って、肝心の和倉をさらわれちまったのかよ。
黙れ、小娘。お前が警察官だったら、懲戒免職にしてやるところだぞ。
残念だね。あたしは、警官じゃない。
私は、一度警察庁に戻る。貴様らは、この部屋から一歩も出るな。ここは私の部下が見張っている。少しでも余計なことをしたら、銃刀法違反で「京橋テクノサービス」をガサ入れするぞ。
佐伯警視正が周りの空気を揺さぶりながら、部屋を出て行った。
悪い奴につかまってしまったわね。
申し訳ありません。
謝ることないよ。悪い上司をもって、世津奈さんも、ついてないな。あんたは被害者だ。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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