都心のビジネスホテル。客室が並ぶ廊下に黒いスーツの男性が3人転がっている。3人とも石のように動かない。
男たちの前に少女が呆然と立っている。スパイスの効いたエスニックフード的な風貌。ティーシャツの上にパーカーを羽織り、太めのカーゴパンツにトレッキングシューズ。やや茶色がかった髪の毛が鳥の巣のようにバサついている。
少女の後ろで客室のドアが開き、30代後半から40歳くらいの女性が姿を現す。
あ、慧子。廊下に出たら男の人達が駆け寄ってきて……で、意識が飛んで……
ええっ、そぉなのか? いや、そうとしか考えられないか。慧子、あたし、この人たちを殺してないよな。
安心しなさい。あなたには、人は殺せない。私が、あなたを人殺しはできないように改造したのだから。
でも、慧子が予想してなかった力が現れたじゃないか。いつ人殺しになってしまわないかと、あたしは心配だ。
慧子が男たちに近づき、かがみこむ。ラフな服装のアオイと対照的に、紺のパンツルックのビジネススーツで身を固めている。公立小学校の母親参観で浮きまくっているバリキャリウーマン的な雰囲気。ただ、パンプスでなくビジネス兼用のウォーキング・シューズを履いている所が、ちょっとアンバランスではある。
大丈夫、みんな息がある。気を失っているだけ。(独り言)あら、手のひらの中にあるこれは何かしら?
慧子が一人の男の手から棒状の物を取り出して立ち上がる。
均整の取れた長身。真っ直ぐ通った鼻筋を中心に見事に左右対称な細面は造形的に実に美しい。しかし、華やかさがまったくない上に全身から知的でタフな感じを漂わせていて、美人としてもてはやされるタイプとは程遠い。
生きててくれて、良かった。だけど、この人たち武器を持ってるように見えない。やり過ぎちまったか?
慧子が男の手から取り出した物をアオイに見せようとすると、すぐ後ろのドアが少し開き、40代くらいの男性が顔をのぞかせた。
和倉さん、部屋に戻って。ロックして、私がいいと言うまで開けないでください。
和倉と呼ばれた男が部屋に戻り、ドアを閉めた。慧子が、男から取り上げた棒状の物をアオイに見せる。
慧子が、ボールペンをノックして、現れた先端を注意深く見る。
ボールペンの先端が太くて長い注射針になっている。この針なら衣服をつきやぶって身体に届くわ。
あなたが非接触放電したという事は、この男達は、あなたを殺そうとしていた事を意味する。注射器の中身は致死性の毒薬に違いない。
あたしを殺そうとした……だから、あたしは気づくより速く非接触放電した……
人間が何かの動作を行う時は、これから動作を始めると意識する0.5秒前に、脳内で動作を起こす準備電位が発生している。
あたしは、敵があたしを殺そうとする動作の準備電位を検知するんだよな。と言っても、実はピンと来てない。
無理もないわ。現代の科学では理論的に説明しきれない奇跡のような現象なのだから。私も、あなたにこんな能力が現れるとは思ってもみなかった。でも、あなたには、それが出来る。それが事実。
突然意識が飛んで、気づいたらあたしの放電を浴びた人間が転がってる。気味が悪い。何度経験しても慣れない。
あなたには放電したという意識が全くないのだから、気持ち悪いわね。
本当の狙いは和倉さんだったと思う。でも、あなたに和倉さん殺害を目撃されたくないから、あなたを殺そうとした。凶悪な連中ね。
あたし達は、医薬品会社を内部告発しようとして会社の雇ったヤクザに命を狙われてる和倉修一を警護しに来たんだよな。
だけど、こいつら、ボールペンに見せかけた注射針を持ってた。そこらのヤクザがこんな気の利いた物を持ってるとは、思えない。
これは「M」から請けた仕事だぞ。「M」は、あたし達に隠し事なんか、しない。
私も、「M」が隠し事をしたとは思わない。彼女も知らない何かがあるのよ。「シェルター」が「M」に知らせなかったか? 和倉さんが「シェルター」に隠しているのか? 私は、後の可能性が高いと思う。
ともかく、今は、和倉さんをここから連れ出すしかない。最大限警戒しながら行くわよ。他にも殺し屋が潜んでいるかもしれない。
そうだな。こんな所からは、さっさとオサラバしよう。
和倉さん、私です。出てきてください。ここから移動します。
廊下に出てきた和倉が、倒れている3人組を見て驚く。
おっしゃるとおり、あなたを排除したがっている連中がいるのですね。でも、ご安心ください。そういう連中からあなたを守るのが、私たちの仕事ですから。
三人は、アオイ、和倉、慧子の順に並んでエレベーターホールに向かった。