第79話 決戦場の下見と下ごしらえ/(3)正しい蛸壺の掘り方

文字数 2,463文字

陽がとっぷり暮れてきた。アオイ、世津奈、そして後から合流した「M」とコータローは、ス塹壕を掘り始めた。そこに、工場建屋に可燃物を探しに行っていた慧子が戻ってきた。


世津奈が地面を掘る手を止めて、尋ねる。

なにか、燃やせそうなものがありましたか?
工場内には、なかった。探しているうちに思いだしたのだけど、エレクトロニクス製品の製造工程は静電気の火花が飛びやすいから、製造工程で使われる物質は、みな非可燃性なのよ。
無駄足を踏ませてしまって、申し訳ありません。
いいえ、それが無駄足ではなかったの。製品倉庫ににガソリンタンクが5本も残されていた。工場を占める時に、処分し忘れたのね。重くて独りで運べないから置いてきた。後で、みんなで取りに行きましょう。
うわー、それは天の助けですね。私たち、ついているみたいです。
今のところはね。英語だったら、So far, so good って所かしら。
アオイさん、自分の蛸壺を、もう掘っちゃったんすか? 速いっすね。
あたしは、コータローと違って「おチビ」だからな。
でも、その、地球の中心に向かって、ずどんとトンネル掘ったみたいな蛸壺って、対戦車ライフルみたいな銃身の長い兵器を使うには、向いてないっすよ。
なんでだよ。ここにすっぽり身体を隠して、頭と腕だけ出して撃ちゃいいんだろ。
じゃ、やってみてください。(と言って、アオイの前に三脚つきの対戦車ライフルを置く)
おいおい、こんなところに置いたら、撃ち始める前から、対戦車ライフルがむき出しだ。敵が斜面を登りきるまでは、塹壕のなかに隠しとくんだよ。うん、あれ、このライフル、デカすぎて、塹壕の中にうまく入らない。
アオイが四苦八苦して、対戦車ライフルを塹壕のなかに隠した。
じゃ、取り出して撃ってください。あ、本当に撃っちだめっすよ。撃つふりです。
うっ、くそ、これ重いぞ。よし、出せた。ありゃりゃ、銃は出せたけど、あたしの身体が出せない。
当然です。蛸壺の深さはアオイさんの身長と同じです。蛸壺から顔を出して撃てるはずがありません。
ええ~っ! だって、慧子は、自分の背の高さの蛸壺を掘れって言ったぞ。
アオイ、ごめん。私の説明が足りなかった。アオイの身を銃弾から守るうえでは、蛸壺が、アオイが立ったまますっぽり隠れられる方がいい。だけど、射撃するためには、背丈より浅くないといけない。
科学者のくせして、矛盾したことを言うな!
その矛盾を解決する方法があるんすよ。アオイさん、ちょっと蛸壺から出てもらっていいすか?
アオイが蛸壺から出ると、コータローは、アオイが掘り出した土を蛸壺の中に戻し始めた。
おい、あたしがせっかく掘ったのに埋めちまうのか?
コータローがアオイには答えず、アオイの蛸壺に入り、その底を踏み固めるような動作を繰り返す。
入ってみてください。
アオイが蛸壺に入ると、底が二段になっていた。コータローが戻した土を踏み固め、底の半分を高くしてある。そこに乗ると、アオイの肩から上が地上に出た。
おっ、これなら、撃てるぞ! そうか、あたしが銃を撃てるように、蛸壺の半分は底上げしておけばいいのか。
もう一工夫すると、もっと良くなります。蛸壺の前に、対戦車ライフルを隠す溝を掘るんです。敵が斜面を登りきるまでは、付属の三脚をたたみライフルを横倒しにしして溝の中に隠しとく。そして、いざ撃ち始めるって時に、ライフルを起こし、三脚を開いて、地面にすえつける。
アオイさんと私は、背丈がほとんど同じですよね。私の蛸壺で、試してみてください。
世津奈の蛸壺は、まさしく、コータローが言ったとおりの作りになっていた。
底が浅くなってるところに立って、対戦車ライフルを起こす。あっ、ほんとだ。スムーズに射撃に移れる。

だけど、世津奈さんとコータローは、なんで、こんなことを知ってるんだ。

コー君は、実は「ミリタリーおたく」なんです。悪趣味だからやめろとずっと言ってきたのですが、今回は、彼の知識に助けられています。
兵器開発者の私より詳しいんだから、驚きだわ。
驚くことはないんじゃない? 慧子さんは蛸壺の開発担当じゃないでしょ。
ということで、皆さん、ボクの言ったやり方で、どんどん掘ってくださいね。
「M」さん、あのぅ~
世津奈さん、どうしたの?
私は、自分のは掘ったので、お手伝い……(世津奈、言いよどむ)
あら、手伝っていただけるの? ありがとう、お願いするわ。実は、さっきから腰が痛くて困ってたの。
喜んで。
自分の蛸壺堀りから解放された「M」が、月明かりの下で、皆の作業を見て回る。
コータローさん、壕を掘りながら聞いて。私は、慧子さんに、蛸壺の上にブルーシートを張ってその上から土をかぶせて偽装するよう勧めたの。この案について、コータローさんは、どう思う?
(心の中で)ブルーシートと土で偽装する案は私の思いつきなのに、どうして「M」は、こんな言い方をするのかしら?
ボクは、反対っす。ブルーシートの上に土を載せたら、土の重みでブルーシートが蛸壺に落ちてきます。
あら、それは困るわね。ブルーシートが落ちてこないように、固定できないの?
釘で地面に固定することはできます。だけど、そんなことをしたら、いざ戦闘って時に、ブルーシートを外せません。
(心の中で)しまった、私としたことが、そんな簡単なことに気づかなかった……
では、蛸壺は、どうやって偽装すればいいのかしら?
偽装せず、剥き出しでいいと思います。ここが決戦場ということは、CIAには、ギリギリまでわかりません。事前の偵察で蛸壺を発見される危険はゼロと考えていいっす。
パワード・スーツを着用する予定だったけど、蛸壺にこもって闘うなら、必要なさそうね。というよりも、蛸壺の中で身動きとりにくくなる。
いいえ、パワード・スーツは使用すべきです。蛸壺から出て闘わなければならなくなる可能性もあります。その時、対戦車ライフルを携行使用できないと困ります。
確かに、何が起こるかわからないわね。では、蛸壺の中では不便でも、パワード・スーツは装着することにしましょう。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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