第86話 死 闘

文字数 2,403文字

うわっ、やられた。

コー君!
世津奈はコータローを助けに行こうと壕の縁に手をかけたとたん、右手の薬指と小指を銃弾で飛ばされ、また、壕の底に落下した。
こっちからも来る。気をつけて!
「M」の声でアオイが頭を引っ込めると、北から一斉射撃が始まった。アオイの頭上で多数の銃弾が宙を切り裂くのが感じられる。
あたし達は、北と東から撃たれてる。西は斜面が滑って足場が悪いから、ロボットが配置されてない。同士討ちを避けるため、南からは撃って来てない。

強烈な射撃だけど、身を隠してるだけだと、そのうちイヌ型ロボットが壕に飛び込んでくる。

突然、アオイの頭の中に、アオイの壕を中心とした3次元の映像が現れた。北に3つの火点がある。

うそ、なんだ、これ? 追い詰められて幻を見てるのか?
脳内地図の中で火点が激しく瞬き、アオイの頭上の大気を銃弾が切り裂く。

さっき、相手がロボットを相手に撃たれる前に放電できた。今、頭の中にこの地図があるってことは、放電をU字型に曲げて北の火点を潰せるかもしれない。

アオイは、全身に力がみなぎってくるのを感じた。
「M」さん、伏せててください!
「M」に声をかけてから、全身の神経を頭の中の3つの火点に集中させ、電光を放った。


北から爆発音が聞こえ、脳内地図から3つの火点が消える。

よし、次は東だ。うん、今度は頭の中に地図が現れない。なんでだ?

東からの銃弾があたしの壕の上を飛んでいないからか?

それなら……

アオイは壕から飛び出した。雨脚が少し弱くなり、コータローが泥濘に身体を沈めるように伏せているのが見えた。アオイはコータローに近づく。

伏せているコータローの向こうで爆音がし、東からの斉射が止まった。アオイの放電がイヌ型ロボットを粉砕したのだ。

アオイはコータローの肩口をつかんで壕まで引きずろうとするが、泥濘の抵抗が大きく、どうにも動かせない。その時、血まみれの手がアオイの手に添えられた。


世津奈さん!

二人で、コー君を私の壕まで引きずりましょう。


小柄な女性二人だが、力を合わせると、コータローの身体が動き始めた。

幸い、北と東の火点をアオイが潰したので、弾は飛んでこない。

世津奈と二人でコータローの身体を壕に押し込んだ時、アオイは「それ」を南に感じた。

危ない!

世津奈を突き飛ばすのに使った一瞬だけ、アオイの放電が遅れた。

銃弾の嵐がアオイを襲い、アオイは脚を薙ぎ払われたように、横ざまに倒れた。


南側で2体のイヌ型ロボットが爆発した。

アオイさん! 

世津奈が、泥濘のなかを這って近づいてくる。
ダメだ、まだ来る。

世津奈を制止した時には、放電を終えていた。

南側でさらに2体のイヌ型ロボットが爆発した。


世津奈が這ってアオイに近づく。
アオイの両脚を見た世津奈の顔からみるみる血の気が引いていった。

パワード・スーツの左脚部分は外殻が砕け散り、ワイヤーの骨組みだけが残っている。アオイの大腿部に大きな穴があき、そこが血の海になっていた。白くとがったものが血の海から突き出ているのは、アオイの骨に違いない。

パワード・スーツの右脚大腿部には銃弾がめりこみ、その縁から細い血液のスジが勢いよく噴き出している。動脈が切れているのだ。

「M」さん、「M」さん! アオイさんが大変です!
「M」が壕を飛び出し駆け付けてきた。アオイの傷を見たとたん、自らのパワード・スーツを脱ぎ捨て、さらに、上着を脱いで、アオイの大腿部の血の海に押しこんだ。たちまち上着がグジョグジョに血に染まる。
世津奈さん、あなたは、コータローさんを診て。 撃たれてたら止血して。
「M」は、アオイのシャツの胸部分を引きちぎり、そのままアオイの傷口に押しこんだ。次々とシャツを引きちぎり、傷口に押し込むが、血の海の底からドクドクと新し血液が湧き出し続ける。
世津奈は、コータローを押し込んだ壕に潜り込み、コータローの全身をまさぐった。
頭を撃たれてます。胸、腹は大丈夫。パワード・スーツも私の手が届く範囲は損傷していません。
あなたはそこにいて、コータローさんの頭の出血を止めてあげて。アオイさんには、私がついてます。
慧子が、右腕一本で壕から身体を引きずりあげ、アオイのところまで這ってきた。
アオイ! なんてことに! 私が南側を守っていなかったせいだ。
慧子がアオイの身体にしがみつき、泣き出した。

「M」が慧子をアオイから引き離し、横っ面を張る。

あなたが泣いてて、どうするの! アオイさんが意識をなくしかけてる。あなたは、アオイさんに声をかけ続けなさい。なにがなんでも、こちら側に呼び戻すの。
その時、グラウンドの南側からクルマの音が聞こえてきた。

弱まった雨脚の中、白いワンボックスカーが、グラウンドの南の入り口に現れた。

慧子さん、アオイさんを頼んだわよ。
「M」は慧子の壕まで這っていき、なかに潜ると、対戦車ライフルを三脚で地面に据え付けた。


クルマが止まった。助手席から降りてくる人影。「M」はその人影に狙いをつける。人影が両手を上に上げて、大きく振った。

撃たんでください! 皆さんをお助けにきました。わしらは、医者です。「京橋テクノサービス」のもんです。
スピーカーで増幅された男性の声が流れてくる。
コータローを押し込んだ壕の中で、世津奈が叫んだ。
近江先生、近江先生ですか?
宝生ちゃん、無事か? コータローはどないや?
世津奈が、壕から出てクルマに向って駆け出す。
私は大丈夫です。ケガ人が3人いて、一人は出血多量です。
よっしゃ、わかった。今すぐ行くから、待っとき。
雨の中、世津奈が見慣れた「京橋テクノサービス」医療センター専用の高規格救急車が3台連らなって近づいてきた。世津奈の視界が涙と雨でかすみ、救急車の輪郭がぼやけてきた。
「M」は、ライフルを置いて、壕から出た。先頭の救急車がすぐ目の前まで来ていた。
クルマが現れた時は、もうこれまでかと思った。

「地獄に仏」とは、まさに、このことね。

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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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