第46話 「汚れた正義」

文字数 1,725文字

どぉして、佐伯のいばりん坊が、あたし達を守ってくれるんだ?
守ろうとして守ってくれるわけじゃない。でも、結果的に私たちの防波堤になってくれる可能性が高い。
慧子、もったいぶるな、わかりやすく説明しろ。
佐伯警視正たちの提案が通って、日本政府が和倉の新薬をアフリカ支援に使うとする。薬の製造はどこにやらせると思う?
創生ファーマ……か? 和倉のクスリの知的財産権とやらは創生ファーマにあるんだろう。他の製薬会社にやらせたら、モメそうだ。

だけど、シブチンの創生ファーマが、儲からない抗マラリア薬を作るかな?

日本政府からの要請なら、話は違う。政府は補助金を出してくれるかもしれない。このクスリで補助金が出なくても、他の新薬の承認で便宜を図ってくれるかもしれない。
国が新薬の承認で優遇すると持ちかけたら、創生ファーマは乗ってくるでしょう。創生ファーマは2010年前後にパテントクリフに直面し、今では「新薬」の開発力がないと言われています。


パテントクリフについては、こちらをご参照ください。⇒第24話「製薬業の特徴」

https://novel.daysneo.com/works/episode/1d4bf2d1f13362f42d97f49315b2bae8.html

金儲け主義の創生ファーマも、政府から言われたら、和倉が開発した安価な抗マラリア新薬を製造するわけか。

間違いなく、そうするでしょう。
その時、創生ファーマが臓器密売業者と闇取引していた事がバレたら、どうなる? 日本政府の信用問題だ。
そっか。日本政府は、臓器密売業者に変な動きをされたくない。
日本政府はエウケ・レ・レに和倉の新薬を奪われるわけにも、いかない。
日本政府は臓器密売業者とエウケ・レ・レへの監視を強める。臓器密売業者とエウケ・レ・レは、今までのような好き勝手はできなくなる。
だけど、良いことばかりじゃないぞ。日本政府は、臓器密売業者の違法行為を追及できなくなる。政府が追及しようとしたら、臓器密売業者は創生ファーマとの闇取引をバラすと言って脅してくるはずだ。
日本政府は、エウケ・レ・レを完全に敵に回すわけにもいきません。エウケ・レ・レのアフリカでの影響力は強大です。エウケ・レ・レに邪魔されたら新薬を広めることができません。
二人の言う通り。だから、政府は臓器密売業者、エウケ・レ・レと「手打ち」をする。
「手打ち」?
双方歩み寄って、折り合いをつけるのさ。政府は臓器密売業者の悪事に目をつぶり、臓器密売業者は創生ファーマとの取引について口をつぐむ。政府はエウケ・レ・レを経済支援し、エウケ・レ・レは政府がアフリカで新薬を広めるのを支援する。
臓器密売業者とは、それで話がつくかもしれない。でも、エウケ・レ・レは中国とベッタリです。エウケ・レ・レと日本政府が「手打ち」するのを中国政府が許すでしょうか?
エウケ・レ・レが支配するスラジリアの隣で、エラレア共和国が中国政府の低金利ローンを利用して空港を作った。
あっ、その話、聞いたことがあるぞ。エラレアは、ローンを返済できなくなったんだ。
その通り。エラレア政府は、仕方なく空港の使用権を中国政府に譲った。今では、空港は中国人民解放軍の空軍基地になっていて、エラレアの民間機はほとんど使えていない。エウケ・レ・レは、それを間近で見ている。
隣国の二の舞にはなりたくないと、思っているでしょうね。
だから、エウケ・レ・レは日本政府の抗マラリア新薬提供を機会に、日本政府とも結びつきを強めるはずだ。
日本と中国を競わせて、より有利な条件を引き出そうとする。
汚い! それじゃ、どこにも正義がない!
「正義」は、あるわ。アフリカの貧しい人たちに抗マラリア薬が届くという「正義」がある。
結果はそうかもしれない。だけど、誰も正義を追及してない。日本政府も、エウケ・レ・レも、創生ファーマも、自分の利益を追及してるだけだ。
誰も正義を追求しなくても、結果が正義になるなら、それでいいじゃない。
「汚れた正義」……ですね。
鄧小平は「白い猫でも、黒い猫でも、ネズミを獲るのは良い猫だ」と言った。「結果オーライの正義」ってのも、あっていいんじゃないか。
まったく、大人にはなりたくないもんだ。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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