第6話 薬は仁術か算術か?

文字数 1,634文字

和倉さん、お客様よ。

こいつらは、いったい何者だ? こんな連中、知らないぞ。
当然です。お会いするのは、これが初めてです。

「『顧みられない熱帯病』と闘う会」から和倉さんへのオファーをお持ちしました。

「『闘う会』からのオファーだって! まったく心当たりのない話だ」

それはおかしいですね。和倉さんは、ご自身が開発された抗マラリア新薬の機密情報を「闘う会」に提供なさいました。

和倉の顔色が変わるのをアオイと慧子は見逃さなかった。

あぁ、そうだ。確かに渡した。だが、あそこで「闘う会」と私の関係は終わったはずだ。

クスリの量産化にあなたの技術指導が必要なことに「闘う会」が気づいたのです。そして、あなたをリクルートするために、私たちを仲介人として雇ったのです。

「闘う会」は、大量生産技術は「闘う会」と関係がある製薬企業が開発すると、言っていた。

その会社単独では時間がかかり過ぎることがわかったのです。「闘う会」は、一刻も早く、あの抗マラリア薬をアフリカの貧しい人たちに提供したい。そこで、和倉さんに技術指導をお願いすることにしたのです。もちろん、報酬はお支払いします。

和倉さん、あたしは、あんたのことを正義の内部告発者だと思ってた。ところが、会社の機密情報をリークする犯罪に手を染めていたんだ。
あれは、犯罪ではない。私は、人として正しい事をしたのだ。あの薬が完成すれば、アフリカの何十万という命を救える。それなのに、創生ファーマは、私にあの薬の開発中止を命じた。だから、私は、あの薬を「『顧みられない熱帯病』と闘う会」に委ねることにしたのだ。

ちょっと待ってよ。どうして創生ファーマは、そんな重要なクスリの開発を打ち切るのよ?
あの抗マラリア薬は、儲からないからだ。私が開発した抗マラリア薬は従来のクスリの半分のコストで作れて、効果ははるかに上だ。だが、会社は、ひと瓶が5,000万円で売れるような高い薬を追い求めている。どんなに人々の役に立つ薬でも、安い薬はビジネスとしては価値がない。

なんて、強欲なの。

(注)マラリアについて、補足します。

WHOの定義では、マラリアは世界三大感染症の一つですが「顧みられない熱帯病」ではありません。

マラリアはまったく顧みられてこなかったわけではなく、治療薬が利用されているからです。2019年からはワクチンの治験も始まっています。

しかし、治療薬は、貧しい人たちが手の届く価格では提供されていません。

また、ワクチンも、子どもに4回接種して40パーセントの子どもに効果が出る段階なのでマラリア撲滅の決定打には至っていません。

この結果、マラリアは、WHOの推定では、2017年時点で全世界で2億1,900万人の患者と435,000人の死者を出しています。この患者数の92%、死亡者数の93%がアフリカの人々です。

そして、全世界でマラリアが原因で亡くなった方たちの61%を、免疫力を持たない5歳未満の子どもたちが占めています。


出典:

*厚生労働省検疫所『マラリアについて(ファクトシート)』https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/20190628.html

*NCBI(National Center for Bioltechnology Information

『The Cost and Cost-Effectiveness of Antimalarial 』Drugshttps://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK215621/


うちの会社が手を引くなら、アフリカの貧しい子ども達の事を本気で考えているNGOに薬を完成させてもらおうと思った。
ところが、和倉さんが薬を渡した香坂直美は「『顧みられない熱帯病』と闘う会」のメンバーを偽る産業スパイでした。
まさか! そんな事はあり得ない!
いいえ、香坂直美が産業スパイだというのは事実です。その証拠もお見せできます。

なんだか、話が込み入ってきたわね。

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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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