第69話 悪質な大人たち

文字数 1,410文字

ここは、「M」が用意した隠れ家。 廃業したカフェバーだ。

アオイが、まだ意識がもうろうとしている慧子を解放している横で、「M」、世津奈、コータローの3人がまだ気を失っているプラット博士を椅子に縛り付け、その前にビデオカメラを据え付ける。ビデオカメラはパソコン経由でネットに接続できるよう準備してある。

後は、プラット博士が意識を取り戻すのと創生ファーマの記者会見の準備が整うのを待つばかりね。
記者会見をセットするのには時間がかかるので、佐伯警視正には「アジア基礎科学振興センター」に突入する前に、見切りでCIAの責任者を確保したと連絡しておきました。
記者会見といっても、ホテルの会場を予約して大々的にやるわけじゃない。経団連の記者クラブで飛び込みでやるのだから、2時間もあれば、準備できるでしょう。
だけど、プラット博士は、本当にカメラに向かって自白なんかしますか? というより、この人はCIAのエージェントじゃなくて国防総省の資金提供窓口だから、肝心なことは知らないかもしれないっすよ。
プラット博士がCIAの作戦を知っている必要はない。私たちが知っているんだから。
プラット博士に話してもらう内容は、あらかじめ慧子さんに英語で録音してもらってある。それをボイスチェンジャーで中年男性の声に変えて、プラット博士の表情にかぶせてネットに流せばいいのよ。
お二人と慧子さんは、「アジア基礎科学振興センター」に乗り込む前からその案を立ててましたけど、本当にそんなイイ加減なことでイイんすか?
いいのよ。私たちの敵は、CIAの非合法活動チーム、嘘つきのプロだわ。だったら、こっちも多少のフェイクは使わせてもらう。
前にネットでフェイクニュースを流そうとしたときは池辺先生に止められて、出来なかった。今度こそ試してみたい。そう思ってるんじゃないでしょうね?
あの時と今では状況が違う。あの時は、フェイクニュースまで流す必要はなかったけど、今度は必要なの。

プラット博士が牡蠣のように口を閉ざしたら、どうするんすか?

そういう時のために、前頭葉の抑制機能が緩んでおしゃべりが止まらなくなる薬を用意してあるの。
音声と唇の動きがシンクロしませんよ。
同時並行で創生ファーマが、プラット博士の自白を裏付ける内容を記者会見で語るのよ。プラット博士の唇の動きと音声がずれてたって、世間の人はプラット博士が自白していると思うわ。
CIAの連中には、プラット博士の自白映像がフェイクだってすぐに分かります。
わかったところで、どこにクレームするの? 連中は、日本政府に秘密で非合法工作活動をしているのよ。文句の持って行き場なんか、ないわ。
「M」さんも、宝生さんも、結構悪質っすね。
あら、大人の知恵と言って欲しいわ。
もう一人、大人の知恵に溢れてる奴が目を覚ましたぞ。
慧子がアオイから渡された缶コーヒーを飲みながら、話の輪に加わる。
慧子さん、大丈夫ですか?
ええ、ちょっと頭痛が残っているけど、もう普通に動けるし、頭も回っている。
慧子、わるかった。あたしは連続放電中は、人の声が聞こえないんだ。それで、身体を張ってあたしの放電を止めてくれたんだろう。
おかげで、ボクはアオイさんの放電を浴びずに済みました。ありがとうございます。
詫びとか御礼とか、気にしないで。仲間なら当たり前のことでしょ。
おっ、本日の主役がお目覚めのようだぞ。
椅子に縛られたプラット博士が唸り声を上げ始めていた。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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