第30話 応接室の激闘 

文字数 1,249文字

ソファで待機している慧子と世津奈に受付の女性が近づいてきた。

お待たせしました。私とご一緒ください。
受付の女性は、慧子と世津奈を1階の裏手にある小部屋に案内した。ドアに「第三応接室」と書いたプレートが貼り付けられている。
少々、お待ちください。広報マネジャーがすぐに参りますので。
女性がドアを閉めて出て行った。窓のない8畳ほどの部屋に応接セットだけが置かれている。額にかかった絵も花瓶もない、殺風景な部屋。
どうも、様子の良くない部屋ですね。慧子さん、あれをいつでも使えるようにしておいてください。
慧子は、身体の傍らに置いたショルダーバッグを、いつでも投げられるように膝の上に移した。ショルダーバッグの中には、小さな化粧ポーチと砂を詰めた袋が入っている。


一方、世津奈はショルダーバッグから伸縮式の警棒を取り出し、上着の内側に縫い付けたホルダーに差し込んだ。

ノックもなくドアがあき、若い男が二人、入ってきた。どちらも、広報マネジャーには見えない。
フリージャーナリストをかたるユスリ屋は、あんたらか。女のくせして、良い度胸だ。
あら、こちらの病院には、ユスられるような事情がおありなのでしょうか?


何も、ないよ。ただ、うちは大物の政治家、財界人、芸能人に使っていただくから世間の注目を浴びやすい。ある事ない事を雑誌で書き立てるといって小遣いをせびりに来るユスリ屋が後を絶たない。
そういう輩の相手をするために、俺たちがいる。

さっさとお引き取り願おうか。それとも、痛い目に遭いたいか?

臓器密売に関わっていると、自分から認めていらっしゃるようなものですね。
若い男二人の目が捕食者の目に変わった。

二人の手が腰に回る。

これを食らいなさい。
慧子が、遠くにいる方の男にショルダーバッグを投げつけた。


世津奈がポケットから伸縮式警棒を抜き、それを振り出して、近くにいた男の右ひざにたたきこむ。

男が態勢を崩したところを、警棒で首筋を一撃して、気絶させる。


顔を上げた世津奈は、慧子のショルダーバッグを食らった男が態勢を崩しながらもヒップホルスターから銃を抜こうとするのを見た。

慧子さん、気を付けて!
慧子が上着の下のショルダーホルスターから素早く拳銃を抜き男の脇腹にプラスチック弾を2発見舞った。

男がうめき声をあげて横転する。

世津奈さん、どっちを連れていく?

こっちは気絶させてしまったので、すぐには動かせないですね。そちらのお兄さんに痛みをこらえて付き合ってもらいましょう。

この部屋にはは監視カメラがある。今の様子を見られているわね。この男を人質にして、正面ロビーを通って逃げましょう。
慧子がうずくまっている男を床に押さえつけ、世津奈が男の手から拳銃を奪い、弾倉を抜いて実弾が込められているのを確認する。

わき腹を押さえてうめいている男を、二人がかりで立ち上がらせる。

慧子が男を支え、世津奈が男の背中に男から奪った拳銃をつきつけた。

これは実弾入りね。今度弾を食らう時は、痛みだけではすまないわよ。
慧子と世津奈は男を引っ立てて、部屋を出た。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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