第71話 和倉の抗マラリア新薬、アフリカへの提供が決定

文字数 1,910文字

アオイたちは、TVで「〈顧みられない熱帯病〉と闘う会」の記者会見を見るため、隣の部屋へ移動する。
アオイがテレビのスイッチを入れる。慧子の配信開始より先に記者会見が始まってしまったらしく、画面は、発表後の記者たちとの質疑応答を映している。
『東洋日報』社会部の木下です。

創生ファーマの工藤社長は、某国諜報機関に脅迫され、実際は関与していない悪事を告白させられたとのお話ですが、その某国とは、どの国ですか?

警察の捜査段階なので、私どもからは、お話しできません。
脅迫者の名前を公表できない段階で記者会見を開いたのですか。それは、時期尚早でしょう。
私ども「〈顧みられない熱帯病〉と闘う会」が、創生ファーマさんに早期の記者会見をお願いしたのです
この発表を急がせる必要があるのですか?
あります。本件の抗マラリア薬の最終段階の臨床試験を、アフリカのプラネリア共和国で実施する準備が出来ています。試験に参加するのは実際の患者さんたちです。冤罪が原因で臨床試験の開始が遅れては困ります。
ヒト臓器の違法入手スキャンダルで揺れている創生ファーマに、「闘う会」が助け舟を出した印象を受けます。
こいつ、疑ってばかりで、嫌な奴だ! 
社会部の記者さんだから、企業の不祥事を掘り出したくて仕方ないのです。
それに、創生ファーマを泥沼から救うために「闘う会」に協力してもらっているのは、事実よ。この記者さんは、なかなか勘が鋭いと思うわ。
スキャンダルで困っている創生ファーマから、協力を依頼されたのではないですか? 正直におっしゃってください。
創生ファーマさんからは、1年前に新薬提供のご提案をいただきました。プラネリア共和国で第一段階の臨床試験に成功したときのことです。
1年前というと?
創生ファーマさんがヒト臓器を違法に購入した疑いをかけられるより、はるか以前のことです。
「闘う会」の片山さん、なかなか上手にかわしますね。
国際舞台で「海千山千」の記者に対応して、慣れているのね。
突然、記者会見場に男性記者の叫び声が響いた。
おい、このネット配信はなんだ!

CIAの工作員と名乗る男が、工藤社長を拉致して虚偽の証言をさせたと告白しているぞ!

この記者は、不謹慎にも記者会見中にネットブラウズしていたらしい。もっとも、こういう不謹慎な記者がいてくれることを、アオイ達は期待していたのだが。
記者達が手元のノートパソコンをネットに接続し、記者会見場が騒然となる。
私達のネット配信が記者会見より遅れたことで、効果が増したかもしれませんね。
誰か、この配信を初めから見ていた者はいないか?
私は、今、見始めたわよ。
社ではネット配信を記録している。急いで、社に帰ってチェックだ。
記者達が次々と会見場から出ていき、記者会見は自然消滅の形で終わった。
世津奈が佐伯から渡されたスマホが鳴った。

はい、私です。
(電話の向こうで)会見とネット配信の同時攻撃は大成功だ。
木下さんのような疑いを持つ記者さんの注意を逸らすことが出来ました。
木下のようなクズ記者は、そこら中にいる。あいつらが怖くて中央官庁の役人なんか、やってられない。
マスコミには政府を監視する機能があります。政府に都合の悪い事実を探ろうとする記者を「クズ呼ばわり」するのはいかがなものかと……
その政府の悪だくみに一役買ったくせして、「どの口が言う」だ。
それは、まぁ……、今回はやむなく。
貴様らも我々も、和倉の抗マラリア新薬をアフリカで広めたいのは一緒だったんだ。お互いにとって良い結果になった。私は、これから忙しくなる。約束どおり、貴様らの違法行為は見逃してやる。だが、次は容赦しないからな。
佐伯からの通話が切れた。
これで、和倉さんが開発した抗マラリア新薬がアフリカの貧しい人たちに届くわね。
だけど、佐伯たちが抗マラリア新薬をアフリカに届ける動機は、アフリカに利権を抱えている政治家に取り入って出世することだったんだぞ。そんな連中を手助けしちまって、後味が悪い。
慧子)動機はいつか忘れられるけど、結果は残る。クスリがアフリカの人たちに届くのよ。動機なんて、どうでもいいわ。
慧子がドアを半分開け、長身をもたせかけていた。晴れやかな顔をしている。
慧子さん、ネット配信は大成功でした。ありがとうございました。
慧子さん、グッドジョブ!
こんな汚れた正義で喜んでて、いいのかい?
汚れた正義でも、ないよりマシだわ。私たちは、イイ仕事をしたのよ。
アオイが口を尖らす。
そんなもんかい……
そんなものよ。
そういうものですよ。
まったく、大人にはなりたくないもんだ。
そう言ってから、笑顔になり慧子に駆け寄るアオイ。アオイを抱き留める慧子の笑顔が輝いていた。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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