第21話 ここは、賭けるしかない

文字数 2,345文字

近江医師は、アオイの切開した傷口とCT画像を見比べながら、銃弾の破片をひとつ、ひとつ、慎重に、かつ鮮やかな手つきで取り除いていく。その作業を、慧子はじっと見つめている。

おや、破片がチップみたいなものに突き刺さっとるぞ。
私に見させてください。あ~、チップが使えるか使えないか、瀬戸際のダメージだわ。
どないする? 破片だけ取り除いてチップは残しても、感染症を起こす危険はそれほど大きくはないと思うが。
慧子、唇をかみしめて少し考える。
チップごと取り出してください。チップが今回受けたダメージがもとで不良作動する危険があります。
チップの突起が神経につながっとるが、ええか?
構いません。

(心の中で)左腕の神経で発生した電気を脳に流すルートを失うので放電の威力が落ちるけど、アオイの安全には変えられない。

手術室前のベンチで
肩に食い込んだ銃弾の破片を取り除く手術にしては、ずいぶん時間がかかってますね。やっぱ、いろんなチップとか配線とか埋め込まれてるんすかね?
コー君、人様の秘密に首をつっこまないの。
だけど、ボクらは調査員っすよ。人様の秘密に首を突っ込むのが仕事じゃないすか。
それは、違う。人様の秘密に首をつっこみたがる連中を邪魔するのが、私たちの仕事でしょ。私たちは、秘密を掘り出すんじゃなくて、埋めるの。
手術中のランプが消え、手術着姿の近江医師が出てきた。
破片は全部取った。術後の面倒見は池辺先生がしてくれるんやな。
はい、お願いしてあります。

ほな、データベースから手術記録を消去する前に、池辺先生用にデータを印刷するとしよう。コピーでけへん用紙に印刷するさかい、池辺先生の治療も終わったら、宝生ちゃんが引き取って焼却しとき。

資料は、私がお預かりしてもいいですか?
近江医師の後から手術室を出てきた慧子が、言った。
そやな。その方が、あんさんは、安心やな。
世津奈さん、ごめんなさい。あなたを信用していないわけではないのですよ。
いえ、私もその方が安心です。
宝生さん、あのことを慧子さんに言っといたほうが良くないすか?
あのことって?
池辺先生が、無免許のヤミ医者だってことすよ。
コー君、患者の担当医への信頼感が、治療効果に大きく影響するのよ。
そりゃ、アオイさんに言う必要はないっすよ。でも、世津奈さんはアオイさんの保護者なんだから、言ったほうが、よくないすか?
「言った方がよくないすか?」って、あなた、もう、言っちゃったじゃない。相談ってのは、何かを言ったりしたりする前に、するものなの。幼稚園で教わらなかった?
池辺先生も、私とアオイ同様、「訳アリ」のようですね。腕はどうなのですか?
腕なら、わしが保証する。池辺先生は、帝都大学付属病院で天才外科医と言われとった名医や。それに、彼は無免許なんや、ない。腕が良すぎて周りからねたまれ、ハメられて医師免許をはく奪されたんや。
だけど、あの人、人格に問題ありっすよ。
コータローさん、私にとって今の第一優先は池辺先生の腕前と口の堅さです。人格が良いに越したことはないですが、それは二の次、三の次。世津奈さんにうかがいます。池辺先生は、口が堅いですか?
池辺先生は、腕はピカ一でも「ヤミ医者」であることに変わりはありません。「彼が情報を漏らしたら、こちらは彼のヤミ医療を暴露する」――そういう取引関係です。彼の口のチャックは、私が責任をもって閉じておきます。
刑事と情報屋の関係みたいっすね。 世津奈さんは元警察官だから慣れてるんでしょうけど、ボク、そぉいうの好きになれないんすよ。
(心の中で)うっ、また余計なことを言う。
(心の中で)この人、元警察官? 本当に信じていいのかしら? 
コータロー、慧子の厳しい表情を見て慌てだす。
世津奈さんが元警察官だと、心配っすか? この人は大丈夫っすよ。警察がイヤになって辞めたんだから。世津奈さんは、権力とか権威とか大っ嫌いです。警察官になってしまったのは、モノの弾みというか、一時の気の迷いというか……
コー君、ありがとう。でも、言い訳がましく聞こえるから、もう止めて。

慧子さん、私としては、今のままアオイさんを放り出す気にはなれません。ですから、アオイさんを池辺先生に診せるところまでは、ご一緒いただけませんか?

(心の中で)考えてみれば、私も国防総省の人間だった。未成年の女性を本人の同意なく生体兵器に改造する方針に納得できず、最後はこうして国防総省を敵に回すことになった。世津奈さんにも同じような事情があるのかもしれない。それに、アオイ第一で考えると、この誘いに乗るしかない。
世津奈さん、私のような仕事をしていると、誰を信じていいかは、一番頭を悩ませる問題です。
私も、同じです。
相手を信じられる決定的な根拠なんか、めったに得られない。

そういう時、私は「信じていけない相手を信じて受けるダメージと、信じても良い人間を信じないことで失う物の、どちらが大きいか?」を考えることにしています。

「あなたを信じないことで失う物の方がはるかに大きい」というのが、私の結論です。私は、あなたに賭けます。

慧子さん、ありがとうございます。必ず、私を信じて良かったと思っていただくようにします。
話はついたようやな。ところで、和倉さんと片瀬さんは、どないする? うちでずっと預かっとけば、ええんかな?
この件は「Gマター」ですから、こちらに預かっていただくと、ご迷惑をかけることになります。早急に慧子さんと相談して、二人の扱いを決めます。慧子さん、それでいいですね。
池辺先生のところにアオイを運んだら、すぐに世津奈さんと相談しますので、少しお待ちください。
よっしゃ、わかった。連絡を待っとるわ。じゃ、わしは池辺先生に渡す資料を用意してくるさかい、ちょっと待とって。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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