第16話 偵察ロボット調達 

文字数 3,825文字

私たちは、和倉さんを引き渡さずに片瀬さんを取り戻したい。
私も、NGOのメンバーを誘拐するような悪党の手に渡るのは嫌だ。あんた達と一緒にいた方が、まだマシだ。
「まだ、マシ……」ひっかかる言い方をしてくれるねぇ~。
だけど、向こうの指定場所は廃倉庫っすよ。先に中に入って準備万端整えてますって。あちこちに狙撃手とか配置しているかもしれないし、出入り口に仕掛けをしてあるかもしれない。
こっちが圧倒的に不利ね。せめて、事前に偵察しておきたいのだけど……
だけど、相手が先に倉庫に入って待ち構えてたら、見つからずに偵察するのは難しいぞ。

……って、あたし、完全に行く気になってる。だけど、そこまでやると、「シェルター」――あ、いけね、クライエント――から頼まれた仕事の範囲を超えちゃわないか?

アオイさん、さっきから「シェルター」、「シェルター」って連呼してます。アオイさんたちのクライエントが「シェルター」さんだってことは、もうバレバレです。「シェルター」の正体を知りたがったりしませんかあ、用語を「シェルター」で統一してもらった方がわかりやすいっす。
コータローさんの言うとおりね。私たちのクライエントは「シェルター」というグループです。しかし、私たちは「シェルター」から直接仕事を請けたのではなく、「シェルター」の代理人の「M」という人物から請けています。
「M」に相談せずに人質交換なんかに加わっていいのかなぁ? あたしは世津奈さんたちを助けたい気持ちでいっぱいだけど、「M」にも迷惑をかけたくない。
世津奈さんたちが差し支えなければ、「M」から許可をもらっては、どうかしら?
ええっ!
「M」も、私たちを和倉さん警護から解くかどうかを独断では決められない。情報を「シェルター」に上げて決めてもらわないといけない。そこで「シェルター」が意思決定にもたついて、和倉さんの警護継続と決めた時には、和倉さんは、もう謎の敵の手に渡っていた……なんてなったら、「シェルター」も「M」も困る。私が「M]だったら、「シェルター」が最終決定するまでは、和倉さんを私たちの手元に置いておきたいと考える。
なるほど。あたしたちは、まだ和倉さんのボディガードから解放されてないと考えればいいんだ。

慧子が世津奈に目を向ける。


私たちが人質交換に加わるのを「M」に認めてもらえると、超小型の偵察ロボットを貸してもらえます。それを使えば、敵に気づかれずに人質交換場所の偵察ができるはずです。
コータローが不安げな顔で世津奈を見る。


その「M」って人に助けてもらうんだったら、ボクらもあらかじめ社長の了解を取っといた方がよくないすか? 後で社長に怒られるのはいやっすよ。
社長に話してOKしてもらえると思う?
思いません。
でしょ。ここは、私の独断で進めさせてもらう。後で社長に怒られたら、コー君は反対したけど私に押し切られたと言えばいい。
そんな水臭いこと言わないでください。どうせ怒られるなら、一人より二人ですよ。
そうとなったら、善は急げだわ。コータローさん、私に運転させてください。それと、申し訳ないけど、お二人と和倉さんはアイマスクをつけてください。
約30分後、アオイ、慧子、世津奈、コータローの4人は、「M」のバーのカウンターに並んで「M」と向き合っていた。
事情はよくわかった。私はこの話を「シェルター」に伝える。でも「シェルター」の意思決定には時間がかかるかもしれない。その間、和倉さんには、あなた達と一緒にいてほしい。和倉さんを相手に渡さずに済まむよう、ベストを尽くしてください。世津奈さん、コータローさん、慧子とアオイを助けてやってください。よろしくお願いします。
いえいえ、私たちも、クライエントとの契約上、まだ和倉さんを手放すわけにはいきません。私たちこそ、慧子さんとアオイさんに助けていただくのです。本当によろしくお願いします。
世津奈が深々と頭を下げ、コータローが慌ててペコリとお辞儀した。
だけど、みなさんわかっていると思うけど、片瀬さんの安全が最優先です。そのためにどうしても必要なら、ためらわずに和倉さんを引き渡してください。「『顧みられない熱帯病』と闘う会」は、新しい抗マラリア薬の成分情報は手に入れたのでしょう?
はい。和倉さんには量産技術を確立するのを指導してほしいというのが、「闘う会」の意向です。
だったら、最悪の場合、和倉さんなしでも何とかなるのではないかしら?
時間はかかるかもしれませんが、「闘う会」の製造委託先企業でも大量生産技術を確立することは可能だと聞いています。
だったら、最悪、和倉さんを引き渡してしまっても、クスリの方は何とかなるわね。
(心の中で)おおっ、「M」も結構クール。なんだか、和倉さんが可哀そうになってきた。
「シェルター」も、最終的には和倉さんを手放すしかないと判断するのではないですか? 和倉さんは「シェルター」にウソをついていましたから。
慧子さん、憶測でそういうことを言っては、いけません。決めるのは「シェルター」で、あなたと私は「シェルター」の指示に従うのが筋です。ただ、「シェルター」との長年の付き合いから考えると、「シェルター」も、和倉さんよりも片瀬さんの安全を優先することは間違いないでしょう。
わかりました。
これで話はついたわね。では、ロボットをお見せするから、どれでも好きなものを持って行って。
「M」はアオイたちをバーの地下のロボット保管庫に導いた。

ここにあるロボットは、リモコン操作しなくても、プログラムを組みこめば自律的に偵察活動するものばかりです。ですから、同時に多数を稼働させることができます。偵察用に一番よく使うのが「スズメバチ型ドローン」ね。地上15センチ、上空20メートルの間で使えるから、とても重宝。ただし、対象が人間の場合、5メートル以内に接近すると、飛翔音を聞き取られてしまいます。

倉庫の天井付近から概観を捉えるのには使えますね。
音を立てずに地上の様子を探るのなら、このゴキブリ型ロボットがオススメ。
うわっ、気持ち悪い。ゴキブリそのものじゃないですか。
だから廃倉庫の偵察に向いている――と言いたいところだけど、デメリットもある。見つかると踏みつぶされやすいのね。すると、ロボットだってことがバレちゃう。
ボクみたいにホントにゴキブリが苦手な人間は踏みつぶすこともできないから、大丈夫っすよ。それに、かなり速く動けるんでしょ?
本物のゴキブリより速く動けるから、そうそう簡単には踏みつぶされない。広角レンズつきマイクロカメラを仕組んであるから、前方160度の映像を送ってくる。地上偵察用にはまあまあじゃないかしら。
スズメバチ型ドローンで地上の概観をつかんだ上で、的を絞ってゴキブリ型を投入すれば、かなり細かく偵察できそうですね。
上からだと見落としもでる。ゴキブリ型を大量に投入してくまなく探らせた方がいい。
空っぽの倉庫にゴキブリがたくさんいたら怪しまれるわ。だって、エサになるものがないのだから。
そうね。地上を細かく偵察するなら、これが向いているかもしれない。
「M」が手の平に何かを載せて差し出すが、アオイの目には何も見えない。
えっ、ここに何かあるの?
コータローが「M」の手のひらに手を伸ばし、何かをつかみ上げた。
あは、これはすごい。周りの景色が映りこむ光学迷彩を施したボール型のロボットですね。自力で転がってくんですか?
ええ、私たちの最新鋭のロボット。広角レンズ付きカメラ2つを備えていて、周囲を広くとらえることができる。ただ、ひとつだけ残念なことがある。作動試験は良好だったけど、まだ、実際の偵察に使ったことはないのよ。
では、今回をデビュー戦にしましょう。ドローンは一番発見されやすいから、このボール型ロボットとゴキブリ君たちで地上から偵察しましょう。
それが良さそうですね。でも、プログラミングはどうすればいいのですか?
基本的なやり方を慧子さんに教えてあげるから、二人で手分けして全部のロボットにプログラムを組み込みましょう。
ボクにもやらせてください!
あんた、理科系なの?
数学の修士です。本当は数理経済学の博士号を取る予定だったんすけど……
コータローが急に暗い表情になり、世津奈が案ずるような視線を向けた。
おお、強力な理系脳の持ち主が2人もいれば、安心だ。世津奈さんとあたしは左団扇だよ。
そうですね。
では、「M」さん、コータロー君、よろしくお願いします。1時間くらいで終わらせないと、事前の偵察に間に合いません。
オッケーです。任せてください。
「M」、慧子、コータローの3人は、さっそくロボットのプログラミングに取り組み始めた。
あたしたちは、どうする?
アオイさん、もしかして銃を扱ったことある?
使えるぞ。秘密研究所に閉じ込められていたころ、ストレス発散のために、慧子と一緒に射撃訓練をした。拳銃と自動小銃なら、バッチリだ。
それは良かった。じゃ、私たちは、クルマに積んできた小火器の中から、アオイさん向きのを選ぶことにしましょう。

「M」さん、アオイさんと一緒に、このお店の外に出て、クルマのところに行きたいのですが、いいですか?

ええ、どうぞ。あなたは、ここがどの辺だか気が付いたとしてもペラペラしゃべるような人ではない。それは信用しています。
じゃ、アオイさん、一緒に行きましょう。
アオイと世津奈は、店の前に停めてあるクルマに向かった。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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