第12話 和倉の主張/毒をもって毒を制す 

文字数 2,204文字

大手製薬メーカー「創生ファーマ」の研究員・和倉は、従来の抗マラリア薬の10分の1の販売価格でも採算がとれる画期的な抗マラリア新薬を開発した。

しかし、1回の服用で数千万円するような高額医薬品を優先する「創生ファーマ」は、和倉の新薬の商品化を拒んだ。

和倉は、抗マラリア新薬の情報をアフリカの独裁者エウケ・レレに売った。和倉は、それは、新薬をアフリカの貧しい人々に届けるためだったと主張する。

産業スパイの香坂直美は、NGO「『顧みられない熱帯病』と闘う会」の一員と名乗って接触してきた。そうですね?
そうだ。私が「闘う会」に送った手紙を読んだと言って、接触してきた。
和倉さんが手紙に書いた新薬はあまりに画期的だったので、「闘う会」はガセネタと考えて対応しなかったのです。
私も、「闘う会」のように評価の高いNGOが企業の機密情報を渡す申し出に応じるとは思わなかった。

反応があると思わないのに、どうして手紙を出した?
私の新薬をアフリカの貧しい子どもたちに届けたくて、ワラをもつかむ思いだった。ダメだと分かっていても、手紙を送らずにいられなかったのだ。
「闘う会」が無視した和倉さんの手紙を、産業スパイの香坂直美は知ってた。ヤバいっすね。
ええ、「闘う会」の中に、香坂直美に情報を漏らした人間がいる。
香坂 直美が「『顧みられない熱帯病』と闘う会」のメンバーだと言って現れた時、和倉さんは、嬉しい驚きだったでしょうね。
もちろんだ。しかし、実際に会ってみると、彼女がNGOの人間とは、とても思えなかった。私が追及すると、彼女はすぐに正体を明かした。最後は、私を金で買えるとたかをくくっていたに違いない。

第8話では、和倉は、香坂直美が『顧みられない熱帯病』と闘う会」のメンバーだと信じて情報を渡したと述べていた。

https://novel.daysneo.com/works/episode/20c91bfb6399c8ec5397c9ac612d9ca1.html
和倉さんは、新薬の情報を香坂直美に金で売りました。「闘う会」に送った手紙には無償で提供すると書いたのに。矛盾しています。

金で売ったのは、香坂直美の雇い主がエウケ・レ・レだからだよ。
なんですって? 抗マラリア新薬情報の買い手が悪名高い独裁者、エウケ・レ・レと知っていて情報を売ったのですか?
悪名高い独裁者……先進国では、そう言われている。

ところで、探偵さんは、アフリカに行った事がありますか?

いいえ。
私は、スラジリアの公衆衛生指導に派遣されて3年間、働いた。あそこは、ヒューマニズムや志なんてヤワなもので抗マラリア薬を広げて回れる所じゃない。
だから、NGOのヤワな腕より独裁者エウケ・レレの剛腕を選んだ。そう言いたいわけね。
新薬を現実に普及させられる可能性が最も高いのは、エウケ・レ・レだと判断したのです。

私は、「マラリア」という毒を「独裁者の強欲」という毒で制する道を選んだ。

だけど、強欲なウケ・レ・レは、和倉さんの新薬でも金儲けしようとするはずだ。販売業者は、とてつもない高値でクスリを売って、利益をエウケ・レ・レに上納しますよ。
それでも、今までのクスリに取って代わるため、今までのクスリより安い価格で提供されるのは間違いない。現在よりは多くの人がクスリに手が届くようになる。クスリが開発中止になるより、ずっとマシだ。
あんたの言うことは分かる気がする。だけど、なにも金と引き換えに情報を渡さなくても良かっただろう。独裁者の汚れた金を受け取るのは悪趣味だ。
相手が悪党のエウケ・レレだから、金を取っても許されるんだ。受け取った金は、全額、地方医療の再生を目指している公益法人に寄付した。
和倉さん、創生ファーマは、あなたが機密情報を売ったことに気づいたのではないですか?

そして、エウケ・レレから受け取った金を寄越せと求めてきた。逆らったら警察に告発すると言って脅した。
そこで、あなたは会社が違法にヒト臓器を入手していることを持ち出して、会社を脅した。

で、結局は、「創生ファーマ」と臓器密売組織の両方から命を狙われることになった。
ノーコメントだ。
本当は、抗マラリア薬情報を売る前から、創生ファーマが違法に入手したヒト臓器を使っていることを知っていたのでしょう。

全く見当外れの憶測だ。会社が違法に入手したヒト臓器を使っていると知ったのは、抗マラリア新薬の情報を香坂直美に売った後だ。

だったとしても、会社から機密漏洩を責められたら、会社の違法行為を持ち出して反撃することはできる。

宝生さん、和倉さんって、限りなくグレーじゃないすか。ここでオサラバしましょう。


おぉ、あたしも賛成だ。慧子、あたし達も、こいつは放り出しちゃおう。


コー君、そうはいかないわ。私たちは「闘う会」の代理で和倉さんに接触している。和倉さんを雇うかどうかを決めるのは、私たちではなくて、「闘う会」だわ。「闘う会」が和倉さんは雇わないと決める前に、和倉さんに死なれるわけにはいかない。

アオイ、私たちも独断で警護を止めるわけにはいかないのよ。ここまでに判明した事実をクライエントに伝えて、警護を続けるかどうかを決めてもらわなければならない。クライエントが警護は必要ないと言わない限り、私たちは警護を続ける。

そうだな。じゃあ、世津奈さん、もう少し一緒にいさせてよ。

では、みんなでニセ警官を尋問することにしましょう。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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