第13話 取引型尋問

文字数 1,835文字

世津奈は、クルマのダッシュボードにグローブ・ボックスからピストル型の注射器を取り出すと、和倉の首筋に突き立てた。
うわっ、何するんだ!
ニセ警官を尋問する間、眠っていてもらうだけです。
世津奈が信号と発していた和倉のガラケーを窓から放り投げる。


グローブボックスからガムテープとアイマスク2つを取り出し慧子に差し出す。


ガムテープでニセ警官の目と口をふさいでください。

それが済んだら、申し訳ないのですが、お二人はアイマスクをつけてください。

ここら先の道筋をお見せするわけにいかないんす。そういう会社のルールなんで、ご勘弁ください。
私達は、あなた達に便乗しているのだから、当たり前のことです。
じゃ、まず、こいつの目と口をふさいで……
アオイがニセ警官の目と口をガムテープでふさぐ。
アオイと慧子、アイマスクをつける。

それから1時間ほどして、クルマが止まった。アオイたちがアイマスクを外すと、コケの生えた古ぼけた建て屋の前にいた。

えらいオンボロな建物ね?
見た目はボロいけど、中は違うんすよ。


コータローがニセ警官を背負う。宝生がドアに近づき、指紋認証でロックを解除する。
「湾岸デポ1 」にようこそ。
ステンレスの壁に囲まれた部屋の棚に、多種多様の小火器が並んでいた。
SWATの1個分隊に十分なほどの銃器が揃っているわね。
でも、銃弾は非殺傷性のプラスチック弾です。


宝生さん、ボク、乗ってきたクルマをガレージに入れときます。和倉さんは、クルマの中で寝かせとけばいいすか?

そうしてちょうだい。よろしくね。
慧子、銃器の並んだ棚からマシンピストルを取る。遊底をスライドさせチェンバーをのぞき、マガジンを取り出してながめる。
プラスチック弾を使いやすいようにチェンバーとマガジンを改造してある。大した投資ね。
慧子が棚に並んだ銃器のあれこれを手に取りいじっているうちに、入り口とは別のドアからコータローが戻ってきた。
じゃ、コー君、尋問の支度をしましょう。
世津奈が奥に通じるドアを開けて入る。コータローがニセ警官を背負い、後につづく。


10分ほどして、世津奈が武器庫に顔を出した。

準備できました、どうぞ。
(慧子の耳元でささやく)拷問とかするのかなぁ? やっぱ、あたしは遠慮しとくわ。

私たちの取り調べはR-18です。無理にお付き合いいただく必要はありませんよ。
もうすぐ18歳なんだから、見ておけば? めったにない機会だし。
アオイがうなずき他の3人に続いて部屋に入ると、ニセ警官がわめいていた。
殺されたって、何も吐かないぞ! 家族の命がかかってるんだ。
私たちの世界では、情報はお金を払って買うのが常識。拷問で聞き出すのは、タダで情報を盗むようなもの。常識に反します。
えっ、あんたたち、この悪党に金を払ってやるつもりなの?
コータローが部屋の隅からアタッシェケースを持ってきて、ニセ警官の前に置く。
あなたは、私達に捕まってしまいました。解放してあげても、仲間の元には戻れないでしょ。
ボクらに、お仲間の事をバラしたと思われたら、どんな目にあわさせるか分かりませんからね。


本当の事を話してくれたら、あなたがお仲間から逃げるのをお助けします。

コータローが、男の前に置いたアタッシェ・ケースを開ける。
5か国分のニセパスポートと逃亡資金5万ドル。パスポート用の写真はこれから撮影して付け加えます。
家族を守るため、家族も海外に逃がす。5万ドルでは足りない。
ごめんなさい。5万ドルが限度です。これで納得いただけないなら、あなたを即解放します。
待て。今解放されたら、俺は、秘密を漏らしたと思われて殺されちまう。
私たちから逃げ出したと言えばいいじゃない。
仲間が俺を信じると思うのか?
今まで培ってきた信頼関係によるんじゃないの?
俺は借金のカタに働かされているだけだ。信頼関係なんか、あるものか。
では、私たちと争ったらしく見えるように、負傷してお仲間のもとに戻るという案は、どうですか?
負傷してだと?
本当の事を話してくれたら、あなたをナイフで刺してから解放します。もちろん、急所は外します。あなたは、私たちと闘って逃げ出したと言って、お仲間のもとに戻る。
ボクらの血も、あなたにつけてあげます。
コータローが輸血パックを2袋、かかげてみせる。
あんたたち、自分たちの血を抜いたのか!
毎月の健康診断の時に少しずつ抜いて保存してあるんです。
どちらにしますか?


5万ドルと偽パスポート。それとも刺し傷と私たちの血液。考える時間を1時間差し上げます。

…………
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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