第80話 決戦場の下見と下ごしらえ/(4)悪人になる

文字数 2,032文字

コータロ―の指摘に従って蛸壺を掘りなおしていたアオイが、スコップを動かす手を止めて、コータローに声をかけた。
コータロー、さっき、事前の偵察で蛸壺を発見される危険はゼロと考えていいと言ったな。そうとは限らないんじゃないか?
どういうことっすか?

あたし達は、「隠れ家」にCIAをおびき出し、連中に後を追わせながら、この決戦場に到着するわけだよ。CIAが追跡しながらドローンを飛ばし、あたし達の進行先を偵察させるかもしれない。そうしたら、蛸壺は丸見えだぞ。

う~ん、そういう可能性がゼロとは言えないっすね。
アオイが私たちと同行せずにここで待機して、偵察ドローンが来たら撃墜すればいいんじゃない?
撃墜してしまうと、ドローンから「ロスト」信号が発信され、CIAがアオイさんの存在に気づく恐れがあります。映像の送信を妨害する程度の放電をしてもらえるといいんすけど。映像が乱れるくらいなら、アオイさんが待ち伏せしているとまでは思わないでしょう。
あたしは、そんなに上手く放電をコントロールできない。非接触放電は、つねに全力投球だ。

ドローンを撃墜した場合は、CIAがドローンを失った理由を落ち着いて考えれないくらい、猛烈に攻撃したらどうでしょう? このグラウンドに続く道は、1キロほど手前から民家がまったくありません。流れ弾が住民に当たるのを心配せずに、撃ち合えます。

民家がないからと言って、誰も近辺にいないとは限りません。グラウンドに着く前に撃ち合いを始めるのは危険すぎます。私たちはプラスチック弾ですが、CIAは実弾です。流れ弾で市民に死傷者が出かねません。
慧子さんの心配はもっとも。だけど、流れ弾被害を100パーセント避けようとしたら、そもそもこの作戦が成り立たないわよ。
えっ?

CIAに「隠れ家」の位置を知らせておびき寄せ、一戦交えてから逃げ出してここに誘い込む作戦なのよ。「隠れ家」の周りには民家がない。だけど、銃弾の有効射程距離は長い。流れ弾被害が起こりうる。

そんな……
慧子さん、私たちは、いつもCIAから先制攻撃され、正当防衛で反撃してきました。だから、流れ弾被害に鈍感だったのではないでしょうか?
ハッキリ意識してたわけじゃないけど、流れ弾被害が出ても、それはCIAの責任だ……みたいな気分があったかもしれないな。
今回は、私たちがCIAの攻撃を誘発する作戦なのよ。一般市民の巻き添えが出たりしたら、私たちの責任は重いわ。
「M」さんがおっしゃることは、わかります。でも、今になって言い出されても……
コータローさんの言う通り、私が気がつくのが遅かった。世津奈さんが公道上で撃ち合うことを言いだした時に、初めて気がついたの。ごめんなさい。
う~ん、気がつくのが手遅れだったんだから、もう忘れておく。そういうわけには行かないですか?
ごめんなさい、そうは行かないの。なぜなら、今なら、まだこの作戦を止めることができるから。
「M」さんは、作戦を中止したいとお考えですか?
いいえ、私は、この作戦を実行したいと考えています。でも、この作戦を決行することは、私が世間の人たちの命を軽んじる悪人になることです。みなさんも悪人になっていいですか?
アフリカの貧しい子どもたちの命を救ったとイイ気になってたけど、足元の日本人を危険にさらしてるってことか。あたし、クソだな。
ボクは、悪人になります。CIAは、湾外IRのホテルで大勢の市民を巻き添えにしかねない機銃掃射を加えてきました。そういいう連中を叩くんです。悪人になっても、悔いはありません。
私も、悪人になります。私は、「京橋テクノサービス」を辞めた時から、いいえ、警察を辞めた時から、アウトローです。
私も、悪人になります。ただし、「隠れ家」を脱出した後に公道上で撃たれたら、作戦を中止して警察を呼びたいと考えます。
この作戦を放棄するということ?
はい。
他のみんなは、どう?
警察に任せたりしたら、アメリカ政府から日本政府、日本政府から警察上層部に圧力がかかってウヤムヤにされちゃいますよ。
せっかくCIAを釣りだしといて、諦めるのは癪だな。
だけど、公道上では「隠れ家」と「決戦場」に比べて流れ弾被害が出る可能性がはるかに高くなります。そんな場所で、CIAの好き放題に発砲させるわけにはいきません。
確率の問題ってことすか?
そうなる。
私も、確率的な危険度を判断の基準にしたいと考えます。
世津奈さんと慧子の2人がそう言うんじゃ、仕方ないな。あたし独りでこの作戦をやり遂げるのは、無理だ。
ボクは数学専攻で論理的に考えることになってますからね。慧子さんと宝生さんの確率的な考え方に従います。
わかった。「隠れ家」では、流れ弾被害を無視して撃ち合う。公道上で撃たれたら、作戦を中止して警察を呼ぶ。決戦場では、流れ銃弾被害を無視して撃ち合う。それも、私たちも実弾を使って。それでいいわね。

「M」が月明かりにうっすら照らされた4人の顔を見まわした。全員が黙ってうなずいた。

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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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