第67話  霧島教授/「正攻法」の取り調べ

文字数 2,036文字

霧島先生、立ち話もなんですから、どうぞ、普段の席にお座りになってください。

私どもなら、お構いなく。立ったまま、話させていただきます。

世津奈がサングラスの男から奪った警棒を持って、慧子の隣に立つ。
これは、警察や警備会社が使っているのと同じ本格的な特殊警棒ですね。どのくらい威力があるのでしょう?
アオイが特殊警棒を目も止まらぬ速さで教授デスクに積まれた雑誌に叩き込んだ。特殊警棒の先が雑誌にめりこむ。
あら、本物の中でも特上品のようね。
き、君たちは、何者だ! 私をどうしようと言うんだ!
この特殊警棒でしたら、手首で軽く振ってあてただけで、相手の骨にヒビの一つくらい入れられそうですね。
世津奈、特殊警棒を振り回してみせる。
脳天に叩き込んだら、頭がザクロみたいにバックリ割れそうね。
わ、わかった、何でも話す。話すから、暴力は止めてくれ。
先生は、最近、和倉さんをある人物に紹介なさいましたね。その人物とは、どういうご関係ですか?
「シェルター」の山川氏のことか?
えっ、あの方は、先生には山川と名乗ったのですか?


私どもには違う名前を名乗られましたけど。ねぇ(と世津奈と目を合わせる)。

あんたたち、実物に会ったのか? 

えっ! 先生はお会いになっていないのですか? 先生は、会ってもいない人間を、和倉修一さんに紹介したのですか?
和倉さんは、命を狙われて恩師である先生に救いを求めてきた。それなのに、先生は、和倉さんを会ったこともない人間に紹介した。 ちょっと薄情すぎませんか?


私が和倉さんだったら、怒ります。

言い終わると、世津奈は、今度はデスクに特殊警棒を叩きこむ。デスクが割れて特殊警棒がめり込んだ。

霧島教授が、椅子の上で飛び上がる。

待ってくれ。何もかも正直に話すから、暴力はやめてくれ。私は、彼から脅されたのだ。「シェルター」の山川氏に会うよう和倉君に勧めないと、研究費補助を打ち切ると言われ、仕方なく、言われたとおりにした。

「彼」とは、誰ですか?

世津奈がデスクにめり込んだ特殊警棒を抜こうとするが、抜けない。縛られて気を失っている男のところに行って、別の特殊警棒を持ってくる。

「アジア基礎科学振興センター」のサミュエル・プラット博士だ。

(注)「アジア基礎科学振興センター」は架空の名称です。
「アジア基礎科学振興センター」? アメリカ国防総省の出先機関の「アジア基礎科学振興センター」ですか?

そうだ。国防総省が日本の大学に研究費を支給する窓口機関だ。

先生は、「アジア基礎科学振興センター」とは、長いお付き合いなのですか?
この20年間、資金援助を受けてきた。文科省の科研費を取得するのが難しくなってきた時に、「アジア基礎科学振興センター」から誘いを受けた。初めは、当座のつなぎのつもりだったが……
どっぷり浸かって抜けられなくなった。
そうだ。結局、この20年間、私の研究室は米軍の資金援助頼みで回ってきた。それを突然打ち切ると言われても、すぐには、代わりのスポンサーなんか見つけられない。
だから、サミュエル・プラット博士に言われるままに、和倉さんを「シェルター」の山川という人物に紹介した。「シェルター」がどのような組織か、説明を受けましたか?
企業や政府機関を内部告発して不利益扱いを受けた人間を救済するグループだと聞かされた。
慧子と世津奈は顔を見合わせた。
先生、よく話してくださいました。ありがとうございます。ですが、先生のお話を信じるかどうかは、サミュエル・プラット博士に会ってお話を聞いた上で決めさせてください。
それだけは、止めてくれ。私が白状したことをプラット博士に知られたら、それこそ、補助金など吹っ飛んでしまう。
プラット博士は、霧島先生には、もう見切りをつけていると思いますよ。そこに転がっている二人は、おそらくプラット博士の回し者でしょう。
霧島先生、私共はこれでお暇しますが、先生も私どもと一緒に来られてはいかがでしょう? ここに独りでお残りになるのは、大変危険だと思います。
わかった。そうしよう。研究室に言って、書きかけの論文に必要な資料を取ってきたいのだが。
残念ですが、その時間の余裕はありません。この二人組から連絡がないので、プラット博士は、新手の人間を送り出しているでしょう。
先生が自由にお使いになれる大学の公用車のようなものはありますか?
学長か副学長クラスでなければ、そんな贅沢なものはない。
そうなったら、むしろ、大学正門前の都営バスを使って脱出した方が安全です。
そうね。新手の襲撃者も、公共交通機関の中では乱暴な手に出られない。隠れ家に向かう途中でアオイとコータローさんに出迎えてもらうようにしましょう。
慧子と世津奈は霧島教授を連れて教授室を脱出。キャンパスの人混みに紛れて大学正門を出て、都営バスに乗り込んだ。終点となるJR駅の5つ手前のバス停でバスを降り、タクシーで5キロ離れた私鉄の駅に移動。そこでアオイたちと合流し、「M」が用意してくれた隠れ家に引き揚げた。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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