第18話 人質交換には成功したが

文字数 1,588文字

コータローの運転でアオイたちの大型バンが倉庫の中央に向かってゆっくり進んで行く。

「中央から10メートル手前で止まれ」と、スピーカーの声。

コータローがゆっくりクルマを止める。

私たちを和倉さんもろとも殺すつもりだったら、とっくに撃ってきたはず。敵は和倉さんを生かして手に入れたがっています。

当たり前だ。私は世界から必要とされている人間だ。
人間は、みんな等しく生きる権利がある。「世界が必要としてるかどうか」なんて、くだらねぇ条件つけんな。
敵のSUVからの距離は20メートル。その距離をこちから和倉さん、向こうから片瀬さんが歩いてすれ違うから……
敵のSUVが飛び出して片瀬さんと私たちの間に割り込み、片瀬さん、和倉さんの2人を確保しようとするかもしれません。
だったら、ボクも飛び出して敵のSUVの進路を妨害する。このバンは防弾仕様でしたね。
でも、ガラスは長くはもたないわよ。

大丈夫だ。あたしがSUVに放電する。中の連中は身動きできなくなる。

片瀬さんが敵のSUVか私たちのバンに引かれる危険があります。私は、このクルマから下りて片瀬さんを保護します。
おい、私のことはどうするんだ! 私を連れ戻してくれないのか!
和倉さんは自力で私たちのバンに戻ってください。
あいつらに背中を向けたら、撃たれる!
大丈夫です。連中は、和倉さんを必要としています。トラブっても、和倉さんを撃ったりはしません。
アオイ、慧子、世津奈、コータローの4人が顔を見合わせてうなずいた時、敵のクルマから男性2人が片瀬洋子を間に挟んで降りてきた。
女を歩かせる。和倉を歩かせろ。スナイパーが女の頭を狙っている。下手な真似したら、女の頭が吹き飛ぶぞ。
SUVの助手席から狙撃用ライフルを手にした男が降りてくる。

しかし、運転席には男が1人残って、いつでもSUVを発進できる態勢だ。

作戦を変更しよう。まずスナイパー、次に飛び出してくる敵のSUV。その順に放電する。
それがいい。
了解です。
では、和倉さん、クルマを降りて歩いてください。
和倉がクルマを降りる。両脚をワナワナ振るわせている。
エウケ・レレと取引して自分の会社を裏切ったあんたが、こんな事でビビッてどうすんだ。根性出しな。
くそっ、小娘が言いたい放題言いやがって。俺の根性を見せてやる。
和倉が意を決したように、大股で力強く歩き出す。

前方からは片瀬洋子がおっかなびっくり、こちらに歩いてくる。

世津奈は片瀬洋子を保護するため、アオイはスナイパーとSUVに放電するため、それぞれ、バンを下りる。

和倉と片瀬が行き会うまでの時間が、アオイたちには無限に長く感じられる。
二人がすれ違ったとたん、敵のSUVが急発進した。
予想通りだ。SUVが割り込んで来る。まず、スナイパーから放電だ。
廃倉庫の薄暗がりを引き裂いて青白い電光が走り、スナイパーをなぎ倒す。

世津奈が片瀬洋子に駆け寄り、抱きかかえる。

次、SUV !
アオイの全身から吹き出した電光が突進してくるSUVを直撃する。

SUVの車体が横滑りし、片瀬洋子とバンを結ぶ線から大きくそれて停止する。

SUVの進路がそれました。今のうちに、片瀬さんと和倉さんを収容します。
コータローがバンを世津奈と片瀬洋子にに近づける。
片瀬さん、早く乗ってください!
あ、はい!
慧子がバンの中から、和倉に向かって呼びかける。
和倉さん、急いでこのクルマに戻って!
私には、出迎えはないのか!
和倉が片瀬洋子の後からバンに乗り込む。

世津奈はバンの外で二人が乗り込むのを見守ってから、アオイに声をかける。

アオイさん、乗ってください! 脱出します。
よっしゃ! 万事、作戦通りだ。
アオイがバンに乗り込もうとした時、倉庫の天井から黒い円筒型のドローンがが急降下してアオイに迫ってきた。

しかし、アオイはその存在に気づかない。


アオイさん、後ろ、気をつけて!
ドローンに気づいた世津奈が叫んだ。
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登場人物紹介

山科 アオイ  17歳


アメリカ国防総省が日本に設置した秘密研究所で放電能力を持つ生体兵器に改造された少女。

秘密研究所を脱出した後、国家や企業から命を狙われる個人を保護するグループ「シェルター」に拾われ、「シェルター」が保護している人々のボディガードとなる。

山科アオイは、国防総省から逃れた後に名乗っている偽名。本名は、道明寺サクラ。


《放電能力》


※非接触放電  有効射程 20メートル

・単独のターゲットに致死的な電流を浴びせる設計だったが、アオイを暗殺兵器にしたくなかったレノックス慧子が故意に改造手術をミスしたため、致死量の放電はできない。

・設計にはなかった複数のターゲットを同時に攻撃する能力が発現している。


※接触放電  対象と身体を接して放電し対象を金縛りにする事ができる。


レノックス 慧子/アオイの相棒  37歳


元は、アメリカ国防総省で特殊兵器を開発する技術者だった。

日本人の両親の間に生まれたが、両親が離婚し母がアメリカ人と結婚したため、レノックス姓を名乗っている。


慧子を含む5人を「放電型生体兵器」に改造した。そのうち4名は職業軍人で改造されることを志願した者たちだったので、設計どおり致死能力を持たせた。

しかし、国防総省に拉致された民間人であるアオイに対しては、設計上求められていた致死能力を与えなかった。このため、アオイは一度も暗殺兵器として利用されていない。

アオイが秘密研究所を脱出するのを助け、後に自らも国防総省を離脱してアオイに合流して、2人で「シェルター」のボディガード役を務めている。

M 年齢不明


「シェルター」内でのアオイと慧子の「世話役」。アオイ達と「シェルター」の関係を調整する。

「シェルター」は組織に追われる個人をかくまうが反撃はしない非抵抗主義を貫いていたが、強力な戦闘力を持つアオイが加わっったため、一定限度の自衛力を持つ方向に転換した。

しかし、アオイ達の活動と「シェルター」本来の非抵抗・非暴力主義との関係は微妙で、Mは、常に難しい舵取りを求められる。

元はロボット工学の権威で、現在でも、アオイと慧子に様々な偵察・攻撃用の超小型ロボットを提供している。

宝生 世津奈(ホウショウ セツナ) 35歳


産業スパイ狩りを専門の調査会社「京橋テクノサービス」の調査員。

以前は、警視庁生活案全部生活経済課で営業秘密侵害事案を扱っていた。


ITとクルマに弱く、この方面では相棒のコータローに頼りっきり。


ホワっと穏やかだが、腹が据わっていて、必要とあれば銃を取って闘うこともためらわない。

コータロー(本名:菊村幸太郎) 27歳


調査員。宝生世津奈の相棒。

一流大学の博士課程(専攻は数理経済学)で学んでいたが、アカデミック・ハラスメントにあって退学。2年間の引きこもりを経て、親戚の手で「京橋テクノサービス」に押し込まれる。

頭脳明晰で、IT全般に強い。空手の達人で運転の腕も一流。


アカハラの後遺症で「ヘタレ」の傾向がある一方、自分が納得しさえすれば身の危険をいとわない勇敢さも持ち合わせている。

和倉 良一  35歳


日本有数の製薬会社、創生ファーマの研究員。

創成メディカルは、公には人工的に合成した臓器を新薬開発に用いているとしているが、実は、実は手術患者から摘出した臓器を用いていた事を知り、会社を内部告発する決意をする。その直後に、何者かかに命を狙われ、「シェルター」に助けを求めてくる。

アオイと慧子の警護対象者。

近江 正一 50歳


産業スパイ専門の調査会社「京橋テクノサービス」の付属救急センターで働く外科医。NGO「国境を越えた医師団」の一員として紛争地の野戦病院経験が長く、腕は確か。ただ、スピードを重んじるあまり、仕上げが荒い傾向がある。

頭に傷を負ったアオイを会社に秘密で応急処置した後、知人の外科医、川辺憲一にゆだねる。

川辺 憲一 28歳


若き天才外科医。大学病院の医局で起こったある事件が原因で病院を追われた上に医師免許も剥奪された。しかし、本人は、「運転免許のような更新制度のない医師免許は、終身免許だ」とうそぶき、闇で医師稼業を続けている。近江医師とは、長年の知り合い。

イケメンかつ女性大好き男で、彼の自宅兼マンションには女性の出入りが絶えない。一方で、公私を厳しく分ける潔癖さも示す。

佐伯 達彦 47歳


警察庁生活案全部の特命係長。階級は警視正。

総理大臣のイスを狙う野心家で、警察庁警備部に強いライバル意識を持っている。

人間を組織内の位置づけでしか評価できない男。警察を辞めた世津奈を警察時代の階級で呼び続けて、世津奈を鼻白ませる。

ただし、世津奈の粘りと度胸は評価している。

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