濡衣

文字数 1,286文字

 ――何か、仕事ないですかね……。
 和歌子が協会で何をしていたのか、何を聴いて、何に巻き込まれたのか、その一切を知らない両親は、和歌子が警察の職を辞めた事を激しく叱責し、母親は、この三日の内に次の職が決まらなければ家を出ろとまで言い切った。だが、不審物を置いて行った偽の協会職員の判明していない。そんな状況で家を離れる事など出来る訳は無く、暫くは家に籠りたいと考えていた和歌子にとっては酷な話だった。
 そんな中、和歌子にもたらされたのはとある出版社からの連絡。八月に受賞した作品を季刊誌に掲載するにあたっての連絡だったが、和歌子は思い切って求職中である事を打ち明けた。すると、公式な物ではないが、編集者の知り合いにシナリオライターを探している人間が居ると、意外な返答があった。
 和歌子は編集者から教えられたソーシャルネットワーキングサービスのアカウントを訪ね、その人物が何をしているのかを調べた。
「ゲームの製作、か……」
 編集者に紹介されたその人物はインディペンデントなゲーム制作会社を立ち上げた人物で、和歌子も使った事のある配信サービス上に製品を公開していた。条件次第では悪くない仕事だったが、問題は、そうした仕事を仕事と認めてくれない両親の考え方である。家を出てまた下宿をすればいいとはいえ、協会庁舎付近は治安が悪く、給料と環境の割に高い家賃を払っていた彼女には、其処まで十分な貯えがある訳ではない。
 携帯電話の契約を変え、宿無しでも仕事が出来る状態で放浪するしかないのか。そんな事さえ考えていた昼下がり、ベランダの硝子戸に面した部屋に居た和歌子の目に、異物が飛び込んできた。それは、明らかに爆発物の様な、小さな電子部品の付いた紙製の筒。
 これはだめなやつだ。和歌子は咄嗟に部屋を飛び出し、扉の直線を逸れた場所に伏せた。その直後、花火にしては大きすぎる爆発音と硝子の割れる衝撃音が響き、焦げた刺激臭が鼻を突いた。一階に居た母親は、和歌子がスプレー缶に引火でもさせたのかと凄まじい剣幕で怒鳴り声を二階に向けるが、和歌子は答えられなかった。
 和歌子の返答が無い事に腹を立てた様子で二階に上がった母親が目にしたのは、廊下に伏せたまま動けない和歌子と、割れたベランダの硝子戸。
「ちょっと、何してるの!」
「警察……そうよ、警察」
 和歌子は母親の問いに答えず、自室に駆け込むと、投げ出した携帯電話から緊急通報をする。
「和歌子!」
 状況を理解しない母親は和歌子が何かをしたと思い込み娘の名前を叫ぶが、和歌子にはそれに応える理由がなかった。ただ、警察の緊急指令室に住所を伝え、爆発が有ったと短く述べる。
 その通報から間も無く、近くの交番から警察官が和歌子と母親の許へと駆け付け、ベランダから火の手が上がっている事、在宅していた二人の住人が無事である事を確かめる。
 次々と緊急車両が到着する中、なおも和歌子の母親は和歌子が何かをしたと喚いていた。和歌子は奈落の底に叩き付けられるよりも深い絶望に飲み込まれたまま、ただ、爆発物の残骸が見つかる事だけを願った。
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