毒を以て制されて

文字数 1,452文字

「毎度毎度、こうやって昼時に呼び出される度、これが最後の晩餐みたいで胸糞が悪い」
 豪快な具入りの握り飯を手に、土谷は悪態をつく。
「土谷さんは食べられるだけましですよ、私は弁当を残したまま運転手です」
「それはそうだが……」
「まぁ、うっかり解剖された時に、昼食が何だったかなんて知られたくは有りませんけれど」
 運転手の当番である石川は皮肉めいた言葉で土谷を窘めながら、出動を命ぜられた現場へと向かう。
「……あの、土谷さんって、この非常事態に良くご飯食べられますよね」
 出動する四人の紅一点である沢井は、出動が命ぜられる度、吐きそうなほどの緊張に襲われている。
「土谷の長所はその図太さだからな」
 助手席の吉田は呆れた様に言い放つ。
「沢井さんも、その神経だけは少し見習った方がいい。俺達の仕事は、いつだって危険なんだ」
「……吉田さんも、十分、図太いと思います」
 沢井は眉を顰めながら、吉田の後姿を見遣る。
「あぁ?」
「だって吉田さん、今日は先頭に立つんでしょう?」
「先頭だろうが何だろうが、やる事は変わらねぇよ」
 吉田の言葉を最後に、車内は静まり返った。其処には似つかわしくない、土谷の握り飯の残り香に包まれたまま。
「ん?」
 土谷は業務用の端末に連絡が入った事に気付き、画面を開いた。相手は彼を雇用している特殊警備会社の一員で、国際交流協会が急行している現場の状況を伝える内容だった。
「信頼性のある情報筋から面白い情報だ、派遣先の大学女子寮に立て籠もっていた過激派と思しき女は、別の過激派らしい男に射殺された」
「……は?」
 吉田は訝しむあまり振り返る。
「情報源は秘匿するが、立て籠もって片言の日本語を喚き散らかしていた女は、女子教育を良く思わない国際テロ組織か何かに傾倒してる過激派の男に射殺された。男の方の安否は不明だが、現場にゃ特殊警備員も常駐してるようだし、生け捕りは無理かもしれねぇな」
「訳が分かりません……」
 沢井は困惑とも嫌悪とも、あるいは緊張とも取れない表情で土谷を見遣る。
「あぁ、全く訳が分からねぇな。一体、此処は何処の紛争地帯だか……チーフ、このまま現地に行きますか?」
 問われた吉田は溜息を吐き捨てた。
「情報収集だけはする。このまま現地に行ってくれ」
「了解」
 石川は指示通り、淡々と車を走らせる。だが、一行が現場に到着した時には、既に最寄りの警察が現場を保全していた。
 警察から出向している石川は運転席を吉田に任せ、警察官の特権を以て現場へと踏み込んでいった。他方、助手席を任された土谷は特殊警備会社の身内から送られてきた続報を吉田と沢井に伝達する。
「こっちの情報筋曰く、立て籠もった女は地球市民運動の過激派、後から来た男は中東過激派の残党に傾倒した外国籍、女の方は不正入国の可能性も有るのか、国籍や経歴は不明。男の方は特殊警備が特権行使で射殺……寮内の学生と職員に怪我人は無し、気分が悪くなった女学生が複数」
 吉田はただ溜息を吐いた。沢井は何か出来る事は無いかと二人に問うが、吉田は警察に任せておけとだけ返す。それっきり沈黙が続いていた車内に石川が戻ってきたのは、それから少し後の事だった。
 運転手の交代した車両は石川が戻ってすぐに来た道を引き返した。彼等は平和的な国境撤廃を掲げる国際交流協会において、暴力的な市民運動を取り締まる為に存在しているが、今回の出動は思想の異なる過激派同士の殺し合いという不可思議な結末を迎えた。
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