待機

文字数 1,343文字

 二日続けて夜間の緊急出動を命ぜられた土谷と佐倉はこの朝、朝礼の最中に意識が飛ぶほどの疲労を引き摺っていた。幸い、事情を知る傭兵仲間が勤務を融通した事により、非常事態が無ければ仮眠のとれる時間を与えらえれた二人は待機室で短い眠りに落ちていた。そんな中、土谷の端末が着信を知らせ、土谷はぼんやりと文字列を追う。だが、眠気が飛ぶまで、そう時間は掛からなかった。
「佐倉さん」
 土谷は佐倉を起こし、端末に送られてきた情報を見せる。それは国防部情報科で起こった、ある種のクーデター、防衛大臣の醜聞の暴露を知らせる物だった。
「これは……」
 佐倉の眠気もまた瞬時に吹き飛び、彼は情報を探す。それによると、国防部情報科の吉岡准尉を筆頭にした数名が、防衛大臣と複数の防衛官僚が国際交流協会日本支部理事と癒着し、不正な武器輸入に関与していたとの情報を暴露したのだ。
 その中には、その不正によって持ち込まれた拳銃が国際交流協会の支部内で起こった事件に使用されたとの情報も記されていた。更にウェブ上では入管職員を名乗る人物から、真偽不明とは言い難い詳細な内部情報の暴露が行われ、その中には通名や偽名の使用に関する情報が有った。
 土谷は入手経路不明だったあの拳銃の存在や、偽名の人物が国際機関に勤務していた事の不自然さが其処に由来していると理解し、その不正が正される時、この国が正常化されるのだと理解する。
「……花形の最前線に行かなかった事、今、やっと納得出来ました……俺は、此処に居てよかった、と」
「土谷君……」
 佐倉は真剣な眼差しの土谷を前に、彼の過去へと思いを馳せた。
 一方の土谷は、この告発の筆頭に立った吉岡准尉が、おそらくは、自分が吉田さんと呼んだあの男なのだろうと考えていた。告発の詳細には、かつて土谷が勤務していた支部内で起こった事件と思しき詳細な記述も有ったのだ。そして土谷は思った、これは事故だったとはいえ、協会職員を射殺してしまったあの男の懺悔なのか、それとも別の正義心からの行動なのか、と。仮に、直接テロをほう助したわけではない職員を射殺してしまった事に対する良心の呵責であるなら、その事件が無ければ、この告発は無かったのだろうか、と。
 しかし、土谷には真相など分からない。一つだけ分っているのは、危険な割に地道で負荷の大きな仕事を引き受けた土谷が今、報われたという事だけだった。
「もしこれで、内閣総辞職にでもなったら、荒れるだろうな。辞職するかは、分かったもんじゃないが……」
「まだ何らかの情報が出てくるかもしれませんし、数日間は様子を見た方がいいでしょう……とはいえ、どうするか決めておいた方がいいでしょうね。戦力が足らないと言われた時、此処を離れるか、此処に残るか」
「佐倉さんはどうするつもりなんです?」
 土谷は佐倉を見遣る。佐倉はいつも通りの飄々とした様子だった。
「私は残りますよ。わざわざ死地に赴くよりも、この国の未来を見届けたいですからね」
「そうですか」
「そういう土谷君はどうするんです?」
「俺も残るよ」
「意外ですね」
「俺は……此処を守りたい理由があるからな」
「そうですか……」
 佐倉は薄い微笑みを浮かべ、目を伏せる土谷を見ていた。
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