福祉部の訪問

文字数 1,669文字

 昼食の後、優菜は同僚のソヨンと二人、とあるマンションに向かっていた。市営団地にもほど近い集合住宅の集まる地域にあるそのマンションは、多くの部屋が外国人移住者のシェルターとなっている。そして、その多くは正規の入国手段によらず入国した不法入国者である。しかし、国際交流協会は彼らの支援に力を入れており、行政の支援を代行している状態が続いている。
 二人は整備が悪く、到着した床に段差が生じているエレベーターを降り、ある部屋の扉を叩いた。中から出てきたのは、堀の深い顔立ちの男だった。
「国際交流協会福祉部のヤマモトとユンです。入ってもいいですか?」
 男は頷き、二人を中へ通す。室内には家具らしい家具は無いが、三ヶ月前には散乱していたごみは無くなり、分別の概念も定着している様子だった。
「みんな、元気ですか?」
 ソヨンの問い掛けに、男は首を振る。
「ジョーが、腰が痛いと言っている」
「病院には行きましたか?」
「貼る薬は貰った。それでも、ずっと痛いと言う」
「レントゲン、写真は撮りましたか?」
 男は頷き、ヘルニアだと言われたと続ける。
 ソヨンと優菜は顔を見合わせる。主に生活保護の支援を受けている低所得者を対象とした診療所の一部は、正規の手段によらず入国した移民の診療を行っているが、対応出来るのは加齢に伴う慢性疾患と一般的な感染症程度で、専門的な治療は、たとえ市中の医院で出来る程度の事であっても出来ない物が多い。しかも、二人が気に掛けているジョーは劣悪な環境で成長した為、体の関節や運動機能に異常が生じている。
「診察してくれる病院を、私達も、探します。他のみんなは、元気ですか?」
 男は頷き、アポルとサウラは隣の部屋に移ったと言う。
「隣のお部屋、アポルとサウラのお部屋に、入ってもいいですか?」
 男は頷いて、付いて来いと言う。
 優菜はソヨンに先んじて男に続き、扉が開くのを待った。
「ハロー! アイム・ユナ、ハウ・アー・ユー?」
 顔を出した二人の女性に向け、簡単な英単語を並べて声を掛ける。二人の女性はそれぞれに、問題が無い旨を簡単な単語で返す。
「入っていい?」
 優菜は部屋の奥を指差しながら問い掛ける。二人の女性は顔を見合わせて頷いた。その二人がクラス部屋もまた先程と同じく殺風景だが、二人分のベッドは用意されていた。
「欲しい物、有る? what you need?」
 日本語と英語を重ね、優菜は二人の女性に問い掛ける。すると、髪をピンク色に染めた女性が、バッテリーと言う。
「バッテリー? モバイル・バッテリー?」
 髪をピンク色に染めた女性は頷いた。そして、一つしかなく、部屋が暗いと訴える。
「ルームライト、使える?」
 優菜は天井の証明を指さして問いかけるが、二人の女性は揃って首を振る。
「エアコン、使える?」
 同じように問われ、二人の女性は頷いた。優菜は何らかの事情で室内の電灯が使えていないと理解する。
「OK、次に来る時、持ってくる」
 優菜はそう言って、二人の部屋を後にする。
「男女でお部屋が分けられているし、新しい支援者が見つかったのかしら」
 酷く揺れるエレベーターを降りながら、優菜は呟く。
「そうですね、それはとてもいい事です。行政の無能さが、分かります」
「そうね、困っている人に手を差し伸べない行政なんて、無くていいわ」
「それよりユナ、ジョーに会えなかった事、どう思っているの?」
「寝ていたのよ、きっと。近い内に、アポルとサウラに届け物もあるし、次には会えるわ。それに……今日は車椅子の整備が出来る道具を持っていないし」
「そう」
 優菜とソヨンはそのまま歩いてバス停に向かい、もう一軒の訪問先を目指す。次に向かうのは、アフリカ系の移民のシェルターとなっているアパートだ。
「政府が特別在留許可を出すと決まるまでは、守ってあげないと……このままじゃ、入館の劣悪な施設に送られてしまう人達だもんね……」
 優菜は拳を握りしめ、決意を新たにする。絶対に助けるのだ、と。
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