名簿

文字数 1,147文字

 朝、和歌子を駅前のバス停まで送り届けた土谷は、始業ぎりぎりで職場に到着した。
「おい土谷、今日に限って何してんだよ!」
 土谷と同じく公安課に雇われている傭兵の賢木は、土谷を見つけるなり待機場所に引き摺り込んだ。
「何が有ったんだよ」
「何がじゃねえよ、昨日の夜中、IFAの傭兵部隊がイリーガルハウスに突入して、とんでもない物を見つけてきたんだよ」
 賢木が語るに、昨夜遅く、おそらくは土谷が和歌子を自宅に連れ帰っていた頃、国際交流協会の警備課は件の美容室周辺で起こった大規模暴動に関与したとして、不法滞在移民の支援団体の拠点で行われた家宅捜索に同行し、警察官を誘導する形で突入した。ところが、彼等は暴動に直接関与していない可能性が高いという。だが、其処で押収された資料の中に、不審な名簿があったという。
「名簿?」
「あぁ、男女も年齢も職業も関連性が無かったが、その内の数人は保守系の論客として知られている人間や、大学の教職員、動画配信者といった人間で、おそらく保守思想に関連した活動をしている。ただな、其処に警察からIFAに出向していた人間の名前まで入っていたんだよ」
「まさか……御田川和歌子か」
「知ってるのか」
「あぁ、知ってるも何も、一緒に仕事をしていた。それで、その名簿、何か使われているのか?」
「それだよ、それをさっき調べてみたんだが、その住所のいくつかには、例の女性評論家死体損壊遺棄事件に巻き込まれた住所ってのが分かったんだよ。しかもだ、その内のひとつはIFAの傭兵の自宅だ」
「え……誰か分って居るのか」
「あー……名前を失念した。だが、スペイン語の名前で、多分日系人だ」
「エンリケ・リャヌラか」
「あぁ、多分そんな感じだった。いや、それだけじゃない、その名簿の住所は死体損壊遺棄事件の巻き添えだけでなく、爆発物を投げ込まれる被害にも遭っている。その、日系の傭兵の自宅も、昨日の早朝三個の爆発物を投げ込まれていて、玄関ドアには散弾銃を撃ち込まれた痕跡も有った」
「おいおい……ところで賢木、御田川和歌子の自宅にも昨日の昼、爆発物が投げ込まれているが、情報は入っているか?」
「そういや、隣の市の民家で爆発があったとは聞いているが……御田川って人の家だったのか? このリストの住所には無かったはずだが」
「いま彼女は実家に戻っている……分って居たら帰さなかった」
「は?」
「昨日、家出して俺に連絡してきたんだ。一晩泊めてやりはしたが……悪い、彼女の乗ったバスを追いかける。このまま帰すわけにはいかねぇ。他に情報が有ったら教えてくれ、ちょっと出てくる」
「おい、上にはなんて」
 賢木は駆け出していく土谷を止められず、溜息を吐いた。上司の説教をまず喰らうのは俺か、と。
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