決断

文字数 1,873文字

 イリーガルハウスの近辺から移動した土谷はそのまま本来所属している警察署へと赴き、上司へ此処までに得られた情報の全てを提供した。
「……分った」
 土谷の上司、佐藤は深い溜息を吐く様に言った。
「盗聴した情報は公的な証拠にならないが、ペルー人男性の証言は第三者の証言で、コーヒーショップ付近の防犯カメラ映像は公的な物証となる……そもそもイリーガルステイの人間は公文書上の幽霊、協会の調査情報と現状が一致しようがすまいが関係ない。ましてや二人の人物がテロ計画に関与している可能性の有る会話を聴いていて、その一人はまだ生きている……突入を指示する。協会保安課に応援を依頼する形でな。先行するのは傭兵部隊になる……覚悟は出来てるか?」
「俺はこの国の為に死ぬ事を恐れません。ただ、分隊を組むには人材が足りません。この事実を共有しているのは、京極の傭兵のエンリケ・リャヌラと三笠の傭兵の生駒だけで、一人足りません」
「傭兵の中に信頼出来る者はそれだけか?」
「反りが合わないと言えばそうですが、この計画に賛同してくれそうな人物と言えば、国防情報課から出向している吉田情報准尉でしょうか」
「吉田准尉は実戦経験も有る、文体を率いるには最適な人物だろう」
「それには同意します。しかし……そもそもこの計画を協会が受け入れると思いますか? 協会職員が複数関与している可能性が濃厚なんですよ?」
「協会に対しては日本国の法律が適用される、領事館ではないからな……国の庇護が無いという事は、そういう事だ」
「ですが、上司の支持無しに動くわけにはいきません」
「安心しろ、令状ならすぐに準備する。表向きには、捜査は警察の主導で、お前達には協力を要請するが、捜査令状がある以上捜査協力を個人が拒否する事は認めさせん。お前の上司が拒否しようが関係は無い」
「……分かりました」
 佐藤の強引な手腕を信頼してよい物か土谷は迷ったが、拒否する理由は無かった。
「これから戻って、全員に警察からの要請が来る旨を伝えます」
「頼んだぞ。明後日には、突入だ」
 佐藤の言葉に頷き、土谷は警察署を後にする。
 既に夕刻も近くなった頃、地下駐車場に向かう土谷と入れ替わる様に、警備課の車両が外へと向かっていた。
「何があったんだ?」
 土谷は控室に残る生駒に声を掛けた。
「ちょっと遠いんだが、大学で不法滞在移民向けに炊き出しをやってる所があってな……其処で暴動だ」
「はぁ?」
 土谷は表情を歪ませ、生駒の隣に腰を下ろす。そして、それが当然であって欲しいと願いながら問いかけた。
「そりゃ……大学生が、か?」
「いや勿論、移民が、だ」
 土谷は黙って首を振った。
「ウソだと思うだろ? これは本当なんだよ」
 生駒は肩を竦ませて続けた。
「この前女子大の学生寮で過激派が殺し合いしたって聞いたが、それと同じで、教育こそ格差だとか思ってる連中からしたら、そんな連中から施しを受けるなんて受け入れられないってわけだ」
「滅茶苦茶だな」
「あぁ、滅茶苦茶だ。教育どころか、生活に必要な言語も分かってない連中が勝手に喚き散らして、施しをくれる善人さえも襲ってしまう……言葉が通じねえってのは恐ろしいよな」
「まったく同感だ。突き詰めれば、意思疎通の為の手段すら身に付ける事を拒む……前時代どころか前文明的な原始時代をもう一度見たいんだろうか、そういう人間は」
「そりゃ分からないな。まぁ、世界にはポル・ポトみたいに原始的な生活と共産主義を紐付けて平等な世界を作ろうなんて言う考え方も有ったが……教育も知識も排除したら政治が成り立たないし、文明の後進国は先進国に吸収されていく……その点、日本は平和な内に大陸から文字や文章といった技術を取り入れて、船を作って戦争をする様なレベルまで発展した勝ち組だよな」
「まぁ、そうだな……技術は知識であり、それが無ければ戦う手段すら持てない……だが、俺達は別に戦いたいわけじゃないし、世界は教育によって良くなるって考えられていたはずだ」
「そうだな……だが、共通言語も無しに国境が無い方がいいなんて世界中へ適当に移動しまくった結果、教育無しでは生活が成り立たず、それを否定出来る手段が暴力だけ……一体国境を無くしたい連中は、何がしたいんだか……」
「分らんな。言葉が通じても、きっと理解出来ない……それより生駒、ちょっとこっちでコーヒーでも飲まないか?」
 土谷は真剣な眼差しで生駒の顔を覗く。生駒はその意味を理解し、頷いた。
「ん、あぁ、そりゃあいい」
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