地獄への案内

文字数 2,814文字

 福祉部調査課のリベルト・グリフォスは、アポルやサウラが暮らすイリーガルシェルターとなっているマンションへと向かう。
 合鍵を使って扉を開けたリベルトは入るなり内側から鍵をかけ、奥へと進んだ。
「Apol! Saula!」
 部屋の隅で肩を寄せ合っていた二人の女は男の怒号に震えた。
〈アポル、お前、女学生を殺したんだってな? ふざけるな!〉
 リベルトはアポルの胸倉を掴んで立ち上がらせると、反対の床に突き飛ばした。
「Stop, please stop, please!」
 サウラはリベルトに縋りつくが、リベルトは構わずサウラを蹴り飛ばす。
〈ボスも大層お怒りだったよ、面倒事を増やしてくれてな!〉
 アポルの大腿部を踏み躙りながらリベルトは吐き捨てるが、アポルにはリベルトの英語が半分も分かっていない。
〈だがな、慈悲深いお前をボスは許してくれるそうだ〉
 アポルの大腿部から足を離し、リベルトは彼女を見下ろしながら、簡単な言葉で話し始める。
「Boss, Forgive you. You'll bring bomb to Japanese noble man……お前が、キゾクに爆弾を届けるなら、ボスはお前を許してくれるだろう……どうだ? やるよな?」
「許すくれる、ほんとう?」
 アポルは身を起こしながら、リベルトを見上げる。
「あぁ、許してくれる。爆弾を届ければな」
 リベルトはしゃがみ、アポルに顔を近づける。
「わたし、ばくだん、届ける」
 アポルは目を見開いて返答し、リベルトは不敵で不気味な笑みを浮かべた。
「OK, You'll be good girl」
 リベルトは部屋の奥、蹲りながら首を振るサウラに近付いた。
「だめ、ばくだん、だめ、アポル、ケガする」
 リベルトは震えるサウラの髪を掴んで立ち上がらせると、手近な壁に彼女を押さえ付け、その首を絞めた。
 サウラは声にならない声を上げながら抵抗するが、リベルトは冷徹な眼差しでサウラを見据える。
「Order is Must. You have no right to argue. Do not go against」
 サウラの首から手を放したりベルトは再び彼女の髪を掴み、床に突き倒した。
「サウラ!」
 リベルトが離れると同時に、アポルはサウラへと近付く。
「Apol, Bomb will deliver on The day, do not go against. ボスに従え、絶対に」
 帰り際に言い放たれた言葉を、アポルは半分も理解出来ていない。ただ、リベルトが酷く怒っているのだという事は理解出来ていた。
「アポル、だめ、だめ、だめ……」
 アポルに縋りついて泣くサウラの声だけが、殺風景な室内に反響していた。

「……出てくるぞ」
 生駒はリベルトの端末に遠隔操作プログラムを送り付け、内部ネットワークから強制的に通話を有効にしていた。その詳細を傍受居ていたエンリケは、運転席の生駒に状況を報告する。
「爆発物は別にある、もう一軒の隠れ家の方かもしれない」
「それじゃあ、あの男はそっちに行くか」
「かもしれない。追いかけよう」
 二人はリベルトを追いかける様に少しずつ車を走らせ、ある住宅街へと辿り着く。
「こりゃ外に出た方がいいか……どうする」
 生駒はハンドルを握ったまま、エンリケに尋ねた。
「俺が行く」
「スペイン語の通訳が居なくなっちまうのは心許ないな」
「おそらく、此処では英語かブラジルのポルトガル語を聴く事になる。運転手が残れ」
「了解」
 適当な場所で生駒は一度車を止め、エンリケを降ろして駐車場所を探す。一方のエンリケは建物の近くへと向かった。
「コンニチハ、IFAの、リベルト・グリフォスです。お困りのコトは、ありませんか」
 呼び鈴を鳴らしたりベルトは本来の業務と同じ様に、喉元に迫るほどの刺青を入れた男に話しかける。
「I have something want to talk about, come in」
 刺青の男、パブロ・ガルシアはリベルトを屋内に招き入れた。
〈さっきビンズのシェルターに行ってきた〉
〈アポルに責任を取らせる事は出来たか〉
〈許してやると言ったところ、アポルは自爆を受け入れた〉
〈ハビエルの行方は分かったか〉
〈それは分からない。ただ、今は警察がアポルに近づかなければそれでいい〉
〈そうか〉
〈それより、計画の変更をマリーBに伝えてくれるか、俺はポルトガル語は分からない〉
〈分った。アポルの名前と顔を教えておく〉
〈それと……サウラがまた鬱になりかけている。アポルの殺人を目撃して、動転しているんだろうが、錯乱されても困る、薬の手配をしてくれないか〉
〈ベンゾジアゼピンなら診療所でも手に入るだろう?〉
〈その後の事が怖いんだ。マイケルはニューラスタの影響でガンジャしか手配してくれない〉
〈なら、当日にサウラを此処に連れてこい、暫く閉じ込めておく〉
〈分った。それともう一つ、日本の国旗を掲げている店に警告する件だが、あれは予定通りでいいのか?〉
〈あぁ、国家を肯定する者がどうなるのか、見せしめが必要だ。ビンズさえ問題無ければ、実行しろ〉
〈分った〉
〈しかし、ボゥは言葉を殆ど理解して居ない、彼一人に任せてもいいのか?〉
〈道順は写真で覚えさせている。むしろ、電動車椅子のバッテリーに細工が出来る分、彼に任せるのが最適だ。近くにあるコーヒーショップまではビンズが同行し、路地に入るところからの移動速度はおよそ計算している。爆発のタイマーはそれに合わせている〉
〈そうか……その計画については、お前達に任せる〉
 パブロが会話を切り上げると、リベルトは頷き、玄関へと戻った。
「またキマス、ドウゾ、お元気で」
 リベルトは普段通りの業務を装い、一軒家を後にする。
 エンリケはリベルトに気付かれぬよう一軒家から離れ、リベルトとも鉢合わせない適当な路地で生駒と合流する。
「日本国旗を掲げた店、コーヒーショップの近く……このまま行く所には行くが、心当たりは有るか、エンリケ」
「いや、分からない……土谷に尋ねてみる」
 生駒は少し回り道をしながら警察署を目指し、エンリケは土谷の端末に連絡を入れた。
 電話を受けた土谷は首を傾げながら、帰り支度をしていた和歌子に、この近くにそんな店が有るかと尋ねた。その瞬間、エンリケの目には映らなかったが、和歌子は血相を変え心当たりがあると声を震わせ、それを聴いた土谷の声音は変わった。
「エンリケ、今何処に居る」
「これから、その事実を通告しに行く」
「じゃあ、担当にこう伝えてくれ、それは駅前一丁目のスターブレイクコーヒーの裏手に続く如月通りに面したアジア雑貨店、光玉堂二号店かもしれないとな」
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