虚構

文字数 1,362文字

 女性論客の死が明るみになった翌日、エンリケは自宅周辺の警備をとある個人向け特殊警備会社に依頼し、協会庁舎へと向かった。
「エンリケ、ちょっと見て欲しい物が有るんだ、情報課に来てくれるか」
 朝礼が終わるなり、生駒はエンリケを情報管理課の事務所へと呼ぶ。事務所の中には土谷が居り、彼は生駒に話が有ると言われ待って居たと言った。
 其処で生駒は二人に対し、吉田に射殺された山本優菜の葬儀の情報が有ると語った。生駒曰く、彼には葬儀関係に情報筋が有るのだという。そして、彼が聞いた山本優菜の葬儀は、殉職した若き国際機関職員の物とは思えない修羅場だったとの事だった。
 生駒に情報を提供した人物は、優菜の両親が親族控室で激しく言い争っている様子を目撃した。曰く、優菜の父親は全国展開されている大企業の支社の重役で、娘が国際機関で働いている事を羨ましがられていたが、実際は不法滞在者の支援に当たっている娘を快く思ってはいなかったとの事。
 殉職した優菜の葬儀も、職場の手前で喪主として名前を連ねているが、犯罪の片棒を担いでいるも同然の仕事で死んだ娘の葬式を出すのは心外で、正式に洗礼も受けていないのに、職場でキリスト教を信じている風な様子だったから、という理由でキリスト教式の葬儀を執り行う事は許せないと怒りを露わにしていたという。
「山本さんの親父さんってのは熱心な日蓮宗の檀家らしくてな、家庭内で宗教対立になっちまってたフシはあるだろう……山本さんが敬虔なクリスチャンなら分かってもらえたんだろうが、あの人は留学先でキリスト教に触れて触発されただけみたいだからな……」
 生駒は更に、協会の警備課職員の誤射による殉職という最期についても、会場で騒動が起こったと続ける。
「彼女を殺した犯人を許すなとか何とか、ヘンに意識の高い若い連中が叫び出して手に負えなくなったらしい。大学の後輩か何かだろう。説教する神父さんやら牧師さんやらも堪ったもんじゃなかっただろうな。キリスト教の赦しもくそも有ったもんじゃない」
 土谷とエンリケは呆れた様に表情を引き攣らせ、肩を竦める生駒を見遣った。
「……ところで、吉田さんはどうなるんだ? 出勤停止の様だが、国防からの出向となると、防衛特別調停になるのか?」
 エンリケの問いに生駒は土谷を見遣るが、土谷は皮肉そうな笑みを浮かべた。
「吉田了なんて人間、国防部情報科に居ませんよ」
 二人は怪訝に眉を顰め、土谷を見つめる。
「調べてみるといい……辞令に吉田了の名前が有ったとしても、そんな隊員、居ないんだよ」
「土谷、そりゃどういう」
「生駒、お前だってよく知ってるだろ? 警察や国防が本名そのままありのままの情報持たせた人間を派遣すると思うか?」
「だが、それは許されるのか? 国家が派遣してるんだぞ?」
「許されるも何も、そんな人物は居ないのが事実だ。だから、俺達はもう吉田了に会う事は無い。惜しむらくは……俺達が吉田さんと呼んだ男が殉職した時、その御霊の名前を探す事が叶わない事だけだ。生駒、話はそれだけか?」
「あ、あぁ……」
「それじゃ、俺は仕事の続きが有るんでな」
 土谷は席を立ち、生駒は呟いた。
「てことは……土谷も……」
「生駒、戻るぞ」
 エンリケに促され、生駒は立ち上がった。
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