白紙の簿書

文字数 1,345文字

 ――書庫の整理は俺と組んでいる時だけにしろ、今日はひとまず帰れ、原因も分からん。
 土谷は信頼性のあるタクシー会社から車を呼び、和歌子を自宅へと帰らせた。そして、彼女が押し潰されかけた書架に何が有るかを確かめるべく書庫へと向かう。
 それなりに強度のある折り畳みコンテナを緩衝材代わりに配置し、和歌子が覗いていたらしい棚を覗き込む。最上段には、領収書や葉書といった小型の書類を束ねた簿書があり、奥にそれらが奥に押し込まれてしまわない様、何かが緩衝材として入れられている様子だった。だが、それは段ボールで作った箱の様な物ではなく、別の簿書の様な物だった。
 土谷は嫌な予感を覚え、その簿書のサイズと厚みを把握すると、一旦書庫を出る事にした。そして、簿書作成の見本に作った白紙の冊子の厚みを変え、A4版を少し削った変形サイズに整えると、再び書庫へと向かう。幸いにして件の簿書はそのまま残っており、彼はすり替える格好でその簿書を手に入れた。
 非常時の退路がある保安部の小部屋に入ると、土谷はその簿書を開いた。冒頭は一般的な地図で、公営団地がある周辺にマーキングがされている。しかも、その中には子供の虐待が疑われると踏み込んだ結果、外国人どころか戸籍のある日本人の子供までもが保護された住宅と思しき場所にも印がされていた。
 土谷はとんでもない物を見つけてしまったと、背筋が冷たくなるのを感じた。そして報告すべき相手は、警察官だと、その簿書を防具の下に忍び込ませ、警備課の控室に向かった。幸いにして最も信頼出来る相手は待機となっており、事情は後から分かると言ってエンリケを伴い、早めの昼休憩を口実に外出した。
 無論、向かったのは県警本部で、面会を希望したのは公安課の刑事だった。
「係長が傭兵を嫌っているのは重々承知していますが……取引はしない、ただ、正義としてこれを渡したいと思ったんですよ」
 防具の下から取り出された冊子を前に、その刑事は怪訝な表情を浮かべる。
「おそらくは不法滞在の、しかも過激な地球市民運動に加担している連中の所在を記録した地図です。二ヶ月ほど前でしたか、警察と協会保安部が合同で立ち入った一軒家、子供が何人も保護されたあの家らしい場所にも印があります」
「だが、内部でも移民の情報は」
「まず表紙を見ていただければ分かる様に、それには表題が無く、正規の簿書ではありません。それに加えて、あの一軒家は正当な方法で入国した外国人と日本人の夫婦が所有していた家で、協会が訪問先に指定していた家ではありません……それも、その簿書は棚の奥に表紙を手前にして、領収書の束が奥に押し込まれないようにするクッション代わりに、まるで隠されている様な格好で格納されていました」
 明かされる不審点の数々に、刑事の表情は確信を得た様に強張る。
「……持ち出していいのか」
「そもそも正規の簿書ではありませんから」
「そうか……分かったよ、今やっと、傭兵の存在価値もな」
 土谷は皮肉な笑みを浮かべ、後は頼みますと告げ、席を立った。
「どうする、昼飯を食って戻るか」
「そうだな……昼休みを口実にしちまったし、仕方がねえな」
 警察署を後にした二人は辺りを見回し、適当な店を探す事にした。
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