隠される事実

文字数 2,047文字

 情報管理課の事務所で、土谷は絶望に打ちひしがれていた。
 彼の目の前の端末の画面に映し出されているのは、ある男性が殺害された事件を報じる記事。被害者の男性は、八月十五日に自爆テロ同然の死を遂げた論客の十和田真司と親しかった作家の平田雄気。彼を殺害した犯人はまだ分かっていないが、既に陽の昇った午前六時過ぎ、自宅マンションを出たところを急襲される様子が防犯カメラに写っていた。その彼が次に発見されたのは、彼の首だけが勤め先である呉服店の店先に放り込まれた時、彼が消息を絶って数時間が過ぎた正午過ぎの事だった。
 平田の遺体の一部が遺棄された瞬間もまた、呉服店の防犯カメラに写されていたが、ナンバープレートの潰れた二輪車に乗った正体不明の人物による犯行である事しか分っていない。そして、この事件との関連性は不明だが、地球市民運動活動集団の中でも特に過激派の団体が、白鳥首相の方針に反対する者を排除すると声明文を公表した。それが正午の事だった。
 言論人に対する弾圧の始まりを告げる様な一連の出来事、土谷は強烈な絶望の後に、恐怖を覚え始めていた。そして、被害の拡散をどうすれば止められるのか、絶望と恐怖と混乱した思考に、彼はただ目を瞠って座っていた。そんな中、彼の端末に緊急ではない連絡が入る。相手は書庫に居る和歌子だった。
 ――持てない荷物が有るんです、暇なら手伝って下さい。
 憎たらしげな口調が、打ちひしがれた土谷を現実へと連れ戻す。
 彼が書庫へ向かうと、和歌子はどことなく落ち着きのない様子で彼を待って居た。
「荷物は」
「こっちです」
 和歌子は稼働書架を操作し、棚の隙間で手招きする。土谷はその様子に何かを察し、静かに彼女の隣に立った。
 和歌子は一冊の簿書を少し引き出し、土谷を見上げる。土谷はそれを手に取り、眉を顰めた。それは福祉部の資金に関する物で、支援物資の購入にかかわる内容が記されていた。そして其処に残されていたのは、福祉部保護課の中でも、特定の班が頻繁に物品の支援を行っていた事実。
「除光液、尿素、過酸化水素系消毒液……おいおい、こりゃあ」
 土谷は和歌子を見遣り、和歌子は静かに俯き、別の簿書を指さした。それもまた支援物品に関する物で、多くは食品や子供用の栄養補助食品で一見して不審な様子は無かったが、手ぬぐいや荷造り用のロープ、粘着テープが含まれていた他、酸素濃度計測器や充電式のライトなども含まれていた。
「去年くらいから、子供が立て続けに居なくなっていますよね。もしかして」
 土谷は吐き気を覚えた。二ヶ月ほど前、エンリケを含む対ゲリラ戦経験者がとある家屋に突入して数人の子供を保護していたが、その中には日本人の、戸籍のある子供も含まれていた。
「協会が、犯罪に加担していたかもしれない……しかし、どうして気付かなかった……」
 土谷は簿書の作成年月日を確認し、印刷物が保管される以前の電子情報を監査で発見出来なかった事に不審感を抱く。だが、警備部の職員の多くが各省庁からの出向者と傭兵である一方、正式に警備職員として採用された人間も居り、電子情報を操作出来る技術を持った人間はどの部署にも居る可能性が有る。
「他に運べない荷物は無いか」
 土谷の問い掛けの真意は和歌子にすぐ伝わり、彼女は首を振る。
「出来るだけ待機になるよう頼んでおく、運べない物が有ったらすぐに呼べよ」
「はい、ありがとうございます……」
 和歌子は取って付けた様な言葉を述べ、二人の他には誰も無い空間で何かを取り繕う。
 事務所に戻った土谷は不審な物品の流れの解明をしようと端末を立ち上げる。和歌子に見せられた簿書の分類と作成年月日を基に情報を探すが、照会結果に当該の簿書は現れない。それだけでなく、個別の電子版情報にもそれらは現れない。検索結果に何らかのマスキングがされているのではないかと疑い、詳細を解析しようとした時だった、端末の電源が落とされた。
 症状から見るに、CPUに過剰な負荷がかかった事が原因と思われたが、不必要なアプリケーションの起動はしておらず、検索システムの負荷に対してCPUは高性能すぎるほどの物が内蔵されている為、明らかに不審だった。土谷は少し思案し、月初付で配属された公安出身の傭兵がこの手の事象には詳しそうであると立ち上がる。
 土谷が件の傭兵を探して警備部の控室に向かっていると、慌ただしく数人が出動しているところで、奇しくも土谷が探していたあの傭兵もその担当の様だった。
「何があった」
 土谷はいつもの椅子に腰掛けて待機するエンリケに問う。
「この近くに在る衣料品販売店に火炎瓶が投げ込まれた。店主はアフリカ系の日本人女性らしい」
「……ところでエンリケ、ニュースを見たか」
「あぁ。言論弾圧が現実味を帯びてきたな。政府は全く対策しないだろう」
「そうだな……」
 土谷は眉を顰めた。そして遠くない将来、此処を離れて戦う日が来るのだろうと考えた。
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