宣戦布告
文字数 1,614文字
過激派地球市民運動活動家との関係が浮かび上がったリベルト・グリフォスことモハメド・アッザーム、マイルズ・マックイーンことマイケル・ブラウソン、そして、掲揚されていた国旗を棄損した可能性が高いセザール・リベルジャン。いずれも今の内に身柄を確保しなければ、取り返しのつかないテロ行為に至る可能性のある人物であるが、捜査当局もそこに至るまでの十分な準備が整っていない。だが、仮にマイルズ・マックイーンが関与していると思しきテロ計画が実行されるとしたら、あまり時間は残されていない。
手の出せない問題を抱え込んだまま、土谷は再び朝を迎えていた。
洗濯室の仕事と簿書整理の仕事が山積みになっている為、やむを得ず和歌子に出勤を命じ、土谷は情報収集をエンリケと生駒に託して洗濯室に居た。
「あの、土谷さん」
「どうした?」
放り出された洗濯物のネームタグを確かめていた土谷は顔を上げる。
「衛生洗いの漂白剤って、警備課の保管でしたよね」
「切れてるか?」
「そろそろ補充しないといけません」
「そうか……」
土谷は歯噛みする様に呟き、少し待ってくれと言う。そして、出された洗濯物を洗濯機に放り込んだ。
「取りに行く、付いて来い」
「は、はい……」
外部に持ち出せない洗浄剤は原則として警備課が保管しているが、本来であれば和歌子が一人で取りに行ってよい物である。だが、今の土谷は彼女を一人にする事が出来ず、彼女もまた、それを理解して居た。
「悪い、此処で待っててくれ、用を足してくる」
洗浄剤のタンクやボトルを台車にまとめて洗濯室に戻る前、土谷は和歌子を警備課の控室に残して便所へと向かった。
入り組んだ構造の奥に進み、男子便所に踏み入った時、土谷の目の前に広がっていたのは有り得ないはずの光景だった。
それは十分ほど前の事。待機していた石川は用を足すべく、その便所へと向かった。その間に何ら不審な点は無かったが、唯一、天井の通気口のカバーが外されていた。だが、彼は不幸にもそれに気づく事は出来なかった。
石川は何の疑いも無く、いつも通りに行動をした。だが、その次の瞬間、それは天井から彼のすぐそばに降り立った。彼は慌ててその方向を見たが、上げられたのは悲鳴だけ。しかもそれは、細長い腕が彼の首を捉えた瞬間の悲鳴だった。
石川は確かにその男の顔を見ていた。だが、その事実が外部に明かされる事は無い。
なぜなら、石川はその男の顔を見た次の瞬間には、全ての感覚を失っていたからである。
不自然に捻られた首、光を失った眼球、それが意味するものを、土谷は短い間に理解した。だが、既に周囲に気配は無い。すれ違った人間も居ない。そして、その兆候が有ったなら、彼は気付いていたはずだと不審に思う。
――まさか。
土谷は天井を仰ぎ見る。よくよく見れば、隙間なく填まるはずの通気口のカバーが不自然に装着されていた。
「そんな、そんな事が……」
土谷は力なく頽れる様にしゃがみ、静かに手を合わせた。そして立ち上がり、僅かに後ろへと下がって声を出した。
「緊急連絡、緊急連絡、情報管理課土谷、一階バックヤード男子便所、警察の臨場を、願います」
連絡を受けた警備課職員は詳細を求めたが、土谷はただ、今すぐ警察の臨場を求める旨だけを繰り返す。
それから程無くして、土谷と担当者のやり取りを不審に思ったエンリケが現場に到着し、土谷が指さす天井を仰ぎ見る。
エンリケは首を振った。そんな事が、本当に有り得るのか、と。
「エンリケ、御田川さんを家に帰らせろ。タクシーに乗るまで、絶対に目を離さないでくれ」
「あぁ、分かった」
エンリケは情報を伝達するとともに、和歌子には土谷に急用が生じたと伝え、帰り支度へと向かわせる。
サイレンを殺した警察車両が到着したのは、和歌子がエンリケに伴われ、警備課の控室に向かっている頃の事だった。
手の出せない問題を抱え込んだまま、土谷は再び朝を迎えていた。
洗濯室の仕事と簿書整理の仕事が山積みになっている為、やむを得ず和歌子に出勤を命じ、土谷は情報収集をエンリケと生駒に託して洗濯室に居た。
「あの、土谷さん」
「どうした?」
放り出された洗濯物のネームタグを確かめていた土谷は顔を上げる。
「衛生洗いの漂白剤って、警備課の保管でしたよね」
「切れてるか?」
「そろそろ補充しないといけません」
「そうか……」
土谷は歯噛みする様に呟き、少し待ってくれと言う。そして、出された洗濯物を洗濯機に放り込んだ。
「取りに行く、付いて来い」
「は、はい……」
外部に持ち出せない洗浄剤は原則として警備課が保管しているが、本来であれば和歌子が一人で取りに行ってよい物である。だが、今の土谷は彼女を一人にする事が出来ず、彼女もまた、それを理解して居た。
「悪い、此処で待っててくれ、用を足してくる」
洗浄剤のタンクやボトルを台車にまとめて洗濯室に戻る前、土谷は和歌子を警備課の控室に残して便所へと向かった。
入り組んだ構造の奥に進み、男子便所に踏み入った時、土谷の目の前に広がっていたのは有り得ないはずの光景だった。
それは十分ほど前の事。待機していた石川は用を足すべく、その便所へと向かった。その間に何ら不審な点は無かったが、唯一、天井の通気口のカバーが外されていた。だが、彼は不幸にもそれに気づく事は出来なかった。
石川は何の疑いも無く、いつも通りに行動をした。だが、その次の瞬間、それは天井から彼のすぐそばに降り立った。彼は慌ててその方向を見たが、上げられたのは悲鳴だけ。しかもそれは、細長い腕が彼の首を捉えた瞬間の悲鳴だった。
石川は確かにその男の顔を見ていた。だが、その事実が外部に明かされる事は無い。
なぜなら、石川はその男の顔を見た次の瞬間には、全ての感覚を失っていたからである。
不自然に捻られた首、光を失った眼球、それが意味するものを、土谷は短い間に理解した。だが、既に周囲に気配は無い。すれ違った人間も居ない。そして、その兆候が有ったなら、彼は気付いていたはずだと不審に思う。
――まさか。
土谷は天井を仰ぎ見る。よくよく見れば、隙間なく填まるはずの通気口のカバーが不自然に装着されていた。
「そんな、そんな事が……」
土谷は力なく頽れる様にしゃがみ、静かに手を合わせた。そして立ち上がり、僅かに後ろへと下がって声を出した。
「緊急連絡、緊急連絡、情報管理課土谷、一階バックヤード男子便所、警察の臨場を、願います」
連絡を受けた警備課職員は詳細を求めたが、土谷はただ、今すぐ警察の臨場を求める旨だけを繰り返す。
それから程無くして、土谷と担当者のやり取りを不審に思ったエンリケが現場に到着し、土谷が指さす天井を仰ぎ見る。
エンリケは首を振った。そんな事が、本当に有り得るのか、と。
「エンリケ、御田川さんを家に帰らせろ。タクシーに乗るまで、絶対に目を離さないでくれ」
「あぁ、分かった」
エンリケは情報を伝達するとともに、和歌子には土谷に急用が生じたと伝え、帰り支度へと向かわせる。
サイレンを殺した警察車両が到着したのは、和歌子がエンリケに伴われ、警備課の控室に向かっている頃の事だった。