破壊者との戦い

文字数 1,507文字

「生駒、此処は、法治国家の、日本なのか」
 まだ燻る炎、運び出される死体、壊された家屋。紛争地帯に足を踏み入れた事の有るエンリケにとって、その光景は決して珍しい物ではないはずだった。ただ、彼が見た景色の住宅は簡素な作りで家財道具も無いに等しく、道路は古びた舗装が砂埃を上げ、人々の身なりはその日暮らしを反映していた。よく手入れされた庭先に死体が転がり、まだ新しいアスファルトに血痕が広がり、綺麗な服を着た人々が怯えている光景は、エンリケの目に異様な物として映っていた。
「残念ながら、法治国家の国家が終わってる。法律の有効性は、もはや分からん」
 近隣の住宅に押し込み、在宅していた主婦に暴行を加えていた暴徒二人を、生駒は考えるよりも先に射殺した。だが、襲われた主婦は最後の抵抗に握りしめた包丁を血に染めて、既に事切れていた。
「その癖に、暴徒を殺してしまったあの女の子は、殺人の罪に問われるんだな」
 エンリケが駆け付けた住宅にも暴徒が押し掛けていたが、在宅していた少女は、おそらく自分でも理解出来ないほどの力を出したのだろう。階段の下には一人の死体が転がり、二階の廊下には、殺虫剤のスプレー缶と血まみれの体重計が転がっていた。エンリケは暴徒の死体を蹴り飛ばし、立ち竦む少女を連れて傭兵部隊の確保した安全地帯へと向かったが、程無くして警察官が現れ、その少女を連れて行った。
「警察を辞めた事、一度は後悔もしたが……此処まで来たら、傭兵やってる方がましかもしれねぇな」
 法の運営が歪になりゆく中、生駒は深い溜息を吐いた。
「ん?」
 後始末を警察に委ね、傭兵部隊が引き揚げるのを待って居た生駒の端末が、妙な着信を告げる。
「エンリケ、別件に付き合え。グリフォスが動き出した」
 生駒は公用車の運転席に座り、エンリケを乗せて惨劇の舞台となった住宅地から反対の方向へと向かう。
 彼等が追いかけるリベルト・グリフォスは刺青の男が暮らす一軒家へと向かっていた。二人は住宅から少し離れた場所で通話を強制的に有効化し、リベルトの言葉を傍受する。だが、リベルトは形式的な挨拶をしただけで何ら不審な発言をせず、相手になっている人物からも疑わしい言葉は出てこない。
 程なくしてリベルトはその一軒家を去り、イリーガルシェルターとなっているマンションへと向かい始める。特に不審物を手にしている様子は見受けられないが、二人は発せられる言葉に神経を尖らせた。
 初めの内は形式的な挨拶だったが、ドアが閉まったところで様子が一変する。リベルトはBinzあるいはVinceと呼ぶ男に対し、BoあるいはJoeの車椅子を見せろと言った。
「……車椅子のバッテリーに細工をして、爆発させるつもりか」
 通話を無効化し、目立たない場所へと車を移した生駒はエンリケの言葉に吐き気を催す。
「子供に爆弾括り付けた外道テロリストの話は有るが……知恵も体も不自由な人間を使うとは……左派ってのは福祉重視の優しい人達だって思いたかったもんだよ」
「あぁ。だが、彼等はもはや左派ではない。彼等は革新や改革ではなく、人類の退化と壊滅を目論んでいる様にしか見えない。国境を無くし、まともな政府を排する事が、どうして幸せにつながるのか……俺の生まれた国も、貧富の格差は酷かった、治安も悪かった。しかし、一部の富裕層と知識層が大勢の国民に目を向ける事が出来たなら、変われるはずだ。その為の政府や政治を、彼等は否定している」
「あぁ、もう最悪だ……グリフォスは後からとっちめてやるとして、まずは警察署だ。この期に及んでもまだ役に立つのが、公安の連中かもしれないからな」
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