告白

文字数 1,563文字

 少なくとも市松宮襲撃が回避されたならそれでいい。土谷はそう思い、納得しようとしていた。その矢先だった、シュレッダーのモーター音をかき消す通知が鳴り響いたのは。
 それは警察からもたらされた情報で、先日の突入で負傷していた、氏名不明の若い女性二人が、収容先の病院で不審死していたとの事だった。いずれも共通して、国際交流協会から派遣された看護師と通訳が面会し、彼等が持ち込んだ完全菜食者用のビタミン剤を服用した後に死亡、遺体からは筋弛緩剤を含む麻酔成分が検出されたという。また同様に、近隣の警察署に拘留されていた氏名不明の若い男も、協会から派遣された法務担当者と通訳に面会し、差し入れられた完全菜食者用のサプリメントを服用後に死亡したという。
 土谷は名簿を参照し、彼等を死に至らしめた薬物を手渡した人物を探したが、不思議な事にその人物は協会関係者に見つからない。だが、警察は確かに身分証を見たという。そこから導き出されるのは、偽造した身分証を持って警察を訪れ、テロ計画の全貌を知る人間を殺そうとした人物がいるという事。そして、その身分証偽造に協会が関与している可能性。しかも協会内部には、リベルト・グリフォスやマイルズ・マックイーンなど、物証が無くそのままにされている職員も居る。
 土谷は生駒を情報管理課の事務所に呼び、身分証の発行記録を洗いざらい調査させ、有る事実を突き止めた。それは、和歌子が採用される前に働いていた洗濯婦兼簿書係非常勤の女性の身分証をはじめ、この一年ほどに離職した非常勤職員の識別番号が無効にされいない事実。
「IDの発行を請け負っているのは総務部人事課で、今はカナダから来日しているヘンリエッタ・デュポン、日本支部ではアンリエッタ・デュポンと呼ばれている女性職員だ」
「カナダ……だとしたら、セザール・リベルジャンとのつながりがあるかもしれないな」
「あぁ」
「分った。あっちはあっちで調べる様に伝えておく、ありがとな」
 生駒は情報課のオフィスを出て控室に戻る。
 土谷は生駒が集めた情報をまとめたメモを防具の下に忍ばせ、破砕処理の作業に戻った。そうして迎えた正午、土谷の下に現れたのはエンリケだった。
「お前に話しておきたい事がある、外に出ないか」
 珍しい誘いを土谷は訝しみながらも、エンリケの誘いに乗ってオフィスを離れ、庁舎から少し離れた商店街の先にある喫茶店へと向かう。その通りには画廊や貸しスペースとなっている古民家が並び、物々しい防具を身に付けた男達には似つかわしくない場所だった。
「それで……辞めるとか、そういう話か」
「それに近いが、少し違う……実は、帰化申請を出す事にした」
 土谷は目を丸くした。傭兵である内はしないつもりだと聞いていた。
「立て続けにイリーガルステイの無法者の非道な行いを見せられて、気が変わった。俺も同じ外国人として一絡げにはされたくない。このまま同じにされ続けるなら、俺はこの仕事を続ける自信が無くなる」
 土谷は眉根を寄せ、そうか、とだけ呟く。
「おそらく、審査の間には、俺も今の仕事辞める事にはなるだろう。もしかしたら、認められる前に、妻を残す事になるかもしれない。ただ、この国の為に死ぬと覚悟が決まった」
「それで後悔しないなら、そうすればいい。俺も、この制服を着るのは、あと少しの間だ」
 店の窯で焼かれたパンを使ったサンドイッチと、地元で採れた野菜の料理がこの日のランチメニューだった。装備品を身に付けているだけでも消耗する様な男達の昼食には不釣り合いだが、味は悪くない。
「……エンリケ、お前には、必ず守らなきゃならない人が居る。無茶をするのは、俺みたいな独り身の人間のやる事だ」
 熱い紅茶に口を付け、土谷は呟いた。
「あぁ、分かっている」
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