再会

文字数 1,919文字

 爆発事件には居合わせていなかった和歌子の父親は、事件を知るなりすぐに知り合いの大工に連絡をした。駆けつけた大工は底の抜けたベランダに足場を組み、壊れた硝子戸の冊子を外して、焦げた壁の補修が終わるまでの応急処置にベニヤ板を打ち付けた。その作業中、警察から爆発物の残骸と思しき不審な電子機器の残骸が発見されたと一家に説明がなされ、和歌子の濡れ衣は晴らされた。
 だが、焦げ臭さと気まずさの残る自宅に居る事が居た堪れなくなり、和歌子は県庁方面へと向かう最後のバスに飛び乗った。何処で夜を明かすかは考えていなかったが、彼女の暮らす街には夜半に逃げ込める場所が無い。
 駅前でバスを降りた彼女は、出来るだけ人通りの多い大通りに面した店を探し、深夜まで営業しているファストフードショップに入る。そして、繋がる事は期待せず、ある番号に電話を掛けた。
 ――何か有ったのか。
 想像に反してつながった土谷に、和歌子はただ、今から会えますかとだけ尋ね、駅前のハンバーガーショップに居るとだけ言った。
 そんな和歌子の前に土谷が現れたのは、夜も更けた頃の事だった。
「何が有ったんだ」
 開口一番の問いに、和歌子ははっきりと答えられなかった。
「……何処か、二人で話の出来る場所に、行きたいです」
 土谷は眉を顰めながら付いて来いと言い、和歌子を店から連れ出した。向かった先は、駅に近い貸し駐車場だった。
 二人は車に乗り、土谷は室内灯を点けて和歌子を見遣った。
「何が有った」
「家に……爆弾を、放り込まれました」
 土谷は絶句し、和歌子を凝視する。
「爆竹に毛が生えたくらいで、ベランダが燃えて、硝子戸が壊れましたけど、放り込まれる所を見た私は、無事でした」
「放り込まれる所を見たって、それは」
「硝子戸一枚でベランダの向かいに居たんです、だから放り込まれる所が見えました。下は見えていないので誰が犯人かは、見えてませんけど」
 目を伏せたまま淡々と語る和歌子に、土谷の表情は歪む。
「そんな時に、どうしてこんな所へ」
「仕事を」
 和歌子は声を張り上げ、土谷の口を塞ぐ。
「次の仕事を、あと三日で見つけないと、家から追い出すとか言われた挙句、爆発したすぐ後には、私が何かしたんじゃないかって散々に責められたんです、母から」
「え……」
「警察の人が、発火装置の付いた爆発物の残骸みたいな電子機器の残骸を見つけて、やっと納得してもらえましたけど……家族は私が何をしていたかなんて知りませんし、私が出版社の公募で賞を貰った事も知らないんです……家に居られるわけ、無いじゃないですか……」
「ちょっと待て……君は、誰にも言わずに執筆活動を?」
「ウェブライター業やりたいと言ったら、烈火の如く罵倒されて反対されて……その時は役所とかそういう仕事があったからいいですけど、執筆とか言論活動は邪魔されたくなくて、黙っていました。多分、執筆している間は、オンラインゲームでもやってるものと思ってたんじゃないでしょうか……」
 土谷には、そんな和歌子がある意味では羨ましく見えた。良心に反対されて国防部への志願を諦め、警察官への志願を諦め、百貨店の案内係を兼ねた警備員の正社員という無難な選択をした彼にしてみれば、親に反対されてもなお自分のやりたい事を貫こうとし、それを現実のものにした和歌子は、自分よりもずっと逞しく見えた。
「……ただ。ただ、もし、私が……協会の中に潜り込んでいたスパイだったとして……それを両親が知っていたとしても、きっと責められたと思います。そんな事をするから、こんな危ない目に遭わされるんだ、と」
 土谷は目を伏せた。全ては自分の責任だ、と。
「……君を巻き込んだのは俺だ。こんな事になると分かっていれば……君を選びはしなかった」
「でも……国際機関のアルバイトと言った時、両親はそのまま正職員になれないのかっていうくらい喜んでいました。正職員になるには、英語が喋れなきゃいけないですし、無理だとは言いましたが……それでも、国際機関に勤めているっていうのは、あんなクソみたいなテロリストの巣窟だとしても、表向きには御目出度い事だったんです」
 和歌子は目を伏せる。
「自分でも反吐が出ますよ……分って居たら、あんなテロリストの巣窟だなんて分って居たら、あんな仕事、しませんでしたから」
「……俺の部屋でよかったら、来るか」
 和歌子の顔を上げさせた土谷の答えは、それだった。
「え?」
「家に帰るのも嫌だろうが、下宿は引き払っちまってるし……一人で夜明けを待つのもしんどいだろ?」
「それは、そうですけど……」
「それじゃあ、車出すぞ」
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