破局

文字数 972文字

 祭りから帰った和歌子は、何気なくパソコンを立ち上げ、ニューストピックスを眺めた。そして、心臓を鷲掴みにされた様な衝撃を受けた。
 それは、保守論客の中でも穏健派として知られる十和田真司が、故郷の護国神社で自爆テロ同然の自死を遂げたとの報せだった。
 和歌子は浴衣姿のまま詳細に齧り付くが、壮絶な死を遂げた以外に分かっている事は、爆発の巻き添えで怪我人が発生した事のみ。しかも、十和田のソーシャルネットワーキングサービスのアカウントは既に停止され、彼が出演していた動画も全て非公開にされていた。ただ、十和田と親しかった論客の、十和田の名前を伏せた上で記された、そんな兆候は無かったとの短い書き込みだけが、その事件の突発性を示唆していた。
 一方、十和田は国境を排する運動に首相が共感の意を示している事を強く憂慮しており、日本の国境を死守する運動を先導していた事から、これは警告ではないのかと、匿名掲示板には考察が書き込まれていた。その掲示板のスレッドにはおそらくは有名な論客とされるユーザーが居るとの噂が有り、和歌子はその考察に妙な説得力が有ると感じる。
「十和田先生……」
 穏やかな語り口で日本とは何かを説いていたまだ若い知識人の壮絶な死に、和歌子は胸騒ぎを覚えた。何かが、今日を境に変わってしまうのではないのか、と。それは、気が付けば傍に居る男が、この国の為なら死んでもいいと考えていると知った事の所為かもしれないが、彼女にはそれが分からない。
 衝撃的な事件に現実感が無いまま、暫くの時間が過ぎた時、彼女の携帯電話が着信を告げる。発信元は、土谷だった。
「もしもし……」
「ニュースを見たか」
「はい……」
「あの中がどうなるかは分からない。ひとまず今週いっぱい休暇と上に伝えておく、週明けに一度顔を出してくれ」
「分かりました……」
 通話は一方的に切られ、和歌子は再び画面を見遣った。十和田が所属していた保守団体の代表者が、言論人の恥と十和田を糾弾する動画が公開されていた。それは他の論客を守り、保守言論への迫害を少しでも抑える為の行動で、代表者はその為に悪役を買って出ているのだと彼女は理解する。だが、十和田が何故死を選んだのか、それを考察しなければ、彼の死は無駄になってしまうのではないか。そんな危機感だけは、拭い去れなかった。
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