#47 氷上の音楽 <祥子視点>

文字数 7,649文字

スケートリンクは初めてだ。

「このガラスの向こうがリンクなんだ」

見下ろす感じでリンクを覗き込む。

「結構広い」
「ミス苅谷?」
「はいっ」

振り向くとスタイルのいい女性が手を差し出した。

「おはよう。私はジュリア・カンザス。ケリーのコーチをしてるのよ。今日は宜しく頼みます」
「おはようございます。祥子・苅谷です。こちらこそ宜しくお願いします」
「あなたはスケートするの?」
「一度も滑った事ないです」
「あら、そう。楽しいのに」
「細い刃で氷の上って思っちゃうと足が(すく)んじゃって」
「きちんと教わると大丈夫なんですよ。あ、ケリーっ! こっちよ」

カチャカチャとスケート靴を肩に掛けて、女の子が走ってきた。

「ケリー、こちらがあなたの音楽を担当してくれる祥子よ」

ジュリアが私をケリーに紹介してくれた。

「ケリー・ギリアムです。宜しく」
「初めまして。祥子・苅谷です」

軽く握手をしたのを見て、ジュリアが私達をリンクに急かす。

「まずは祥子に見て貰いましょう。ケリー、準備して。私は音の準備してくるから」
「はぁ~い」

気乗りのしない返事をしてケリーが私の耳元に顔を寄せる。

「コーチったら無理矢理あなたを指名したみたいね。あなたの事はこの界隈(かいわい)でも有名よ。いつかはあなたのフルートの音でってね」
「それは光栄だわ」
「でも、ごめんね。私じゃ、あなたの音も無駄になりそうよ。…音を変えても変わらないのよ」

ケリーはため息をついて、リンクへの戸を開けて私を先に通してくれた。ひやっとした空気が体に当たる。

「寒いのね」
「リンクの氷が溶けないようにね。あなたは滑らないの?」
「えぇ。一度も滑った事がないわ」
「そうよね。スケートは趣味のスポーツなのよ」

ケリーが「趣味のスポーツ」を強調して言った。
私はケリーが仕方なく滑ってる様に感じていた。

スケート靴に履き替えたケリーがリンクに下りる。その姿を見て羨ましくなる。

「さすがにスタイルいいなぁ。全身筋肉なのかな」

長い脚に腕だって長い。リンクに体を慣らす様にケリーが滑り始める。
ジュリアが私の隣に座った。

「スケート選手のトレーニングは滑ってるだけじゃないのよ。走ったり泳いだり投げたり跳んだり、バレエのレッスンもしてるのよ」
「色々するんですね。あ、今、何回転でした?」
「トリプル・トウループよ。回転方向の足を体の後ろへ回して、そのトウ(つま先)で補助したループよ(踏み切りと着氷は同じエッジで、輪を描くような感じになるのでこう呼ばれる)」
「凄いですね」

私には一瞬だから回転数すら分からなかった。ジャンプの種類が沢山あったっけ。説明して貰っても見分けがつかない。技が何かを意識するより、素直に見てるのは綺麗(きれい)で楽しい。

「ケリーの事はご存知?」
「はい。公表されている事は」

前もって調べてきました。

「氷上の銀の女王ね」
「はい。そう載ってました」

大学生のケリーは中学生の時にジュリアに()いだされてスケート競技の世界に入った。大会に出て好成績を出すものの、いつも銀メダル。ついたあだ名が「氷上の銀の女王」。

「どうしてか見て貰うわ。あなたは音楽を聞いて、ケリーの演技を見てて」
「はい」
「ケリー、SP(ショートプログラム)をやって頂戴」
「はい」

ケリーがリンクの中央に移動して止まる。
ジュリアが手を上げて合図すると、音楽が始まる。

「祥子。あなたはオーケストラの中で吹いているから分かるはずよ」

(そ、それって、脅しですか? 分からなかったらどうなるのよ)

音に集中してケリーにも集中する。プレッシャーがかかってる。

(ん?)

意外にも直ぐ気づけた。ケリーの滑りは綺麗なんだけど無機質に映る。音が譜面通りで、情景が薄い。
マネキンが滑って跳んでるみたいだ。

「ケリーの耳が良すぎるのよ。音楽に釣られちゃう。表現力は持っているのに」

ジュリアのぼやきが耳に入り、私はスケートも難しいんだな、なんて思ってる。
演技を終えてケリーが戻ってくる。3分もかかってないのに息が上がってる。

「ケリーは休んでて。私は祥子と話してるから」
「はい」

ケリーがタオルを持って椅子に座る。ジュリアが私に向き直って話し出す。

「音楽との関係を簡単に教えるわ」
「はい」
「演技にはもちろん技術も必要だけど、芸術的要素も必要なの」
「はい。構成点ってほうですよね」
「そうよ。音楽に合わせるのは勿論だけど、あなた達が言う音の情景ってのかしら、それも表現するのよ。音楽とスケーターが一心同体になって同じ表現をするのよ」
「バレエと同じですね」
「そうね。でも、最初から最後迄、一対一よ」
「はい」
「楽譜を出して」
「はい」

私が譜面を広げると、ジュリアがペンで印をつけていった。

「ここがジャンプに当たるわ。スピンはこの部分」

譜面に違う色で印がつけられた。

「祥子、あなたの技術で音楽を生かしてやって」
「そんな事していいんですか?」
「演奏者が曲に細かな変化をつけるのはいいのよ。今だと歌詞もつけれるし」
「そうですか」
「ケリーの音楽はプロの奏者に頼んでいるけど、うちは弱小だから予算が無いのよ。だからプロでも、ケリーとつりあう音には足りないのよ」
「…」

お金の話はちょっと困る。私が何も言えないでいたら、ジュリアは気にしないように続けていく。

「ケリーは金メダルが取れる子なのよ。だから、今回は」

ジュリアが私をジッと見据えた。

「ダメもとであなたに依頼を掛けたの。あなたは期待通りの音を創れると聞いていたから」
「…」
「タイミングが良かったのかしら。承諾されたのには私も驚いたのよ。今日一日という契約なのは、予算の都合なんだけど。ごめんなさいね。今日中に音を創って貰う事になるわ」

(私の音でよければいくらでも。この音を買って頂けるなら喜んで)

「期待に沿える音を創ります」
「なら、イメージ合わせを始めるわ。ケリー、こっちに」
「はい」

ケリーが私の傍に来て座る。

「このイメージは「誕生」なのよ」

そう言われてドキリとした。「誕生」…赤ちゃん。
ジュリアがタブレットで演技中の映像を流しながら、イメージを伝えてくる。
私は動揺を隠しながら、譜面をなぞっていく。ジュリアが伝えてくるイメージを譜面に書き込んでいく。

(人間じゃない。ここでは鳥、鳥よ。鳥…)

「これを2分50秒に(まと)めているのよ」
「分かりました。1時間下さい」
「頼みますよ」

ケリーにレコーディングの出来る部屋まで案内されて入る。フルートを組み立てる。
ケリーの演技を再生しながら、譜面を前にイメージを頭の中で組み立てていく。

シェリルの胎内で育ってる赤ちゃんが浮かんでくる。

(だめだ…吹けない)

フルートに息を入れられない。口から離してため息となる。

「曲が分かってれば、吹けるんじゃないの?」
「え?」

部屋から出て行ったと思ってたケリーが居た。私に近づいてきて譜面を指す。

「音の強弱だけでいいんでしょ?」
「そんな簡単な話じゃないのよ」
「どうして? さっきのイメージを音で出せるの?」
「ケリーは演奏会って行った事ないの?」
「ないわ。演技用の曲を聞く位よ」
「そう」
「ちゃちゃっと吹いちゃうかと思った」
「どうして?」
「あなたには一桁多く支払ってるから。一日だけなのにいつもの人達の数日分よりも高い」
「そう。なら、尚更なのよ。下手な音は創れない」
「へぇ。それってプライドってやつ?」

ケリーが音楽を軽視してる様だ。

「そうよ。私はこれで生きてるから」

こう言ったらケリーが眉を寄せる。

「私なんかとは次元が違うってヤツね」
「スポーツの事は知らないわ。でも、フルートを吹かなくなったら、私には何も残らないのよ」
「違う事すればいいじゃない」
「既にひとつ捨ててきてるのよ」
「何を?」
「普通に暮らす事。フルートは単なる趣味でいいって思える位、普通の生活よ」
「…」

ケリーが私を見て黙る。

「プライドかもしれないけど、今更、捨ててきた生活に戻れないのよ」
「…そう」
「こっちに来てまだわずかだけど、毎日演奏するのは楽しいわ」
「楽しい? 趣味じゃないのに?」
「趣味じゃなくても楽しいわよ。私の音を聴いて貰うのは緊張するけど楽しい」
「楽しい…か」
「その反面怖いわよ。皆の期待が掛かるから下手な音は出せない。ひとつでも出したら記事になっちゃうわ。特にウィーンでは」
「でも…あなたは楽しんでる」
「そうよ。強がってるけどね。ケリー、あなただってそうなんじゃない?」
「え、あ…わ、私は」

ケリーの視線が泳いでる。大きなため息が漏れた。

「私、楽しむなんて忘れてる。いつも点ばかり、いつもタイミングばかり気にしてる。趣味で滑ってた時は楽しかったのに」
「音楽が耳に入るからなの?」
「そ、そうね。多分、そう。音に合わせなきゃって思っちゃって」
「なら、私があなたの演技に音を合わせてあげるわ」
「え? そんな事…」
「やってみるわ。私が」



自分を追い詰めてどうする。
だけど、私のプライドが「やれ」と言っている。自分の力で「やれる」と言っている。
余計な事を頭の中から全て…全て追い出す。頭の中をケリーのスケーティングで一杯にする。曲のイメージを載せる。

「ヒヨコの誕生でいくわよ」

フルートに息を吹き込む。

 ♪、♪♪♪、♪、♪~♪、♪

(卵からヒヨコ。ピヨピヨ・・・フカフカ・・・ピヨピヨ・・・コテン・・・)
(黄色のフカフカの毛玉・・・毛玉の大群・・・ワラワラ・・・ワラワラ・・・)
(ぎゅうぎゅう詰めの毛玉・・・毛玉がぎゅうぎゅう・・ポンポンポポポン・・)

「やだ…あははは。あ、ごめんなさいね」

ケリーが驚いて私を見てる。でも、その驚きは私が突然笑い出した事にじゃなかったようだ。ケリーが口を開く。

「今、ヒヨコに襲われた?」
「そうよ。ヒヨコの大群よ」

ぎゅう詰めのヒヨコが、一斉にピヨピヨ鳴きながら湧き出てくるのを想像して笑ってる私だ。ケリーが釣られる様に笑顔を出した。ジュリアが入って来たから、時計を見て時間が無いのに気づく。

「ごめんなさい。真面目に吹くわ」

ケリーの演技を無音で再生し、録音を始めて貰う。

 ♪、♪♪♪、♪、♪~♪、♪

愛の成就、命の眼栄え、自分を守る殻、鼓動、感じる温かさ、準備万端、外界との接触、陽の光、空気の香り、風、不安、安心、親子の成立、見守る愛 …産まれる喜び

フルートを下ろしてケリーを見ると、驚いた顔のまま、慌てて私から視線を外した。
録音が終ったのを確認して、ケリーに声を掛ける。

「これでどう?」
「どうって?」
「これで滑ってみたい?」
「えぇ」
「なら、これで滑ってみて。演技と合わないところは直していくから」

今、録音した音をリンクに流してもらう。
ケリーの演技を見て、ジュリアが指摘する箇所をチェックしていく。

「ジャンプの準備がもう少し欲しいわ。ここはゆっくりに」
「はい」

戻ってきたケリーに確認をとる。音が合ってるか、ケリーはどうしたいのか。
時間が無いから一気に音を創る。忘れないうちにレコーディングに入る。

「後はFS(フリー・スケーティング)のほうですね」
「え? あ、そう。そうです」

ジュリアが大急ぎで準備に入る。
さっきと同じ様にケリーの演技を見て、イメージを貰い、その演技と睨めっこしながら音を創っていく。今度はケリーも希望を伝えてくる。

今はケリーの為に音を創るんだ。余計な事は考えない。
ケリーに音の情景を渡して、同じ情景を演技して貰うんだ。

FSはSPの続きとして「命」のイメージになる。

 ♪♪♪~、♪♪、♪~

親の保護、挑戦、落胆、繰り返し、空、翔、未知の世界、可能性、偶然、出会い、すれ違い、恋、愛、一緒、安らぎ、営み、新しい命 …命の連鎖

「直ぐ合わせて下さい」

余計な想いがこみ上げてきそうだから、()かした。
昼食の時間も無視してチェックしていく。そのままレコーディングに入る。



お昼は建物内の小さなカフェに入る。一人で食べながら想う。気にしないでいても、忘れようとしても、残されてる。

「こんなに未練がましい女になって…」

次の恋にって無理に割り切ればいいんだけど、そう出来ない。そうしたくない。分かっているんだ。どうしてか。まだ、先が長いんだ。
罪悪感を伴う希望がある。

「えっと…ミス…苅谷?」

呼ばれて顔を向けると、私の座ってる顔と同じ位置に小さい顔があった。
私の視線がその小さい顔に向けられたのを、嬉しそうにニッコリと返してくる。小さい女の子。

「あなたは?」
「私、バーバラ。ここのスクールに通ってるの」
「凄いね。滑れちゃうんだ」
「そうよ。目指せケリーお姉ちゃんなのよ」
「どの位通ってるの?」
「まだ3ヶ月なの。でも、昨日、スピン出来たの。5回だけなんだけどね」
「クルクル回るやつね。眼が回らなかった?」
「大丈夫よ」

得意気に言うバーバラが小さい手を差し出した。

「ねぇ、ミス苅谷、私と握手して」
「え? あ、いいわよ」

小さい手に合わせた。ギュッと握られる。

「私、ケリーお姉ちゃんみたいに大会に出れるように頑張るわ。その時には私の音楽をお願いね」
「あら」
「口約束だけど、約束ね」

ニッコリと笑うバーバラの顔に頷いちゃってる私だ。

「そうね。約束ね」
「やったぁ! 今日、祥子お姉ちゃんが…あっ」
「いいわよ」
「うんっ。祥子お姉ちゃんが来るって聞いてたから、学校終わって直ぐに来たの。前に私の学校で吹いてくれたでしょ。それから祥子お姉ちゃんのフルートの音が好きになったの」
「ありがとう」
「ねっ。お昼食べたんでしょ。一緒滑ろっ!」
「えっ?! わ、私、滑れないのよ!」
「大丈夫、大丈夫。誰だって最初は滑れないのっ」
「で、でもっ!」

バーバラがグイグイ私の腕を引っ張って行く。リンクにはスクールが始まる前の子供達が散らばってる。成り行きで靴を借りちゃって、私ったら何してるんだろ。まだケリーとの仕事が残っているのに。
靴の履き方を教わって歩く。

「あ、歩ける。普通の床は歩けるんだ」
「ここはね」

悪戯っぽくバーバラが笑ってリンクに下りて、私を手招く。ポコポコと歩いて行って、リンクへの段差を下りる。

「う、うわっ!」

氷の上に細い刃じゃ。見事に転んだ私を見てバーバラが手を貸して立たせてくれた。
壁とお友達状態だ。

ケリーを見てたから簡単に思えてた。交互に足を出すなんてトンデモナイ! 両足着けて、なんとかリンクに貼り付いて立ってます。

「大人のくせに滑れねぇんだ。情けねぇ」

男の子がスイ~ッと近づいて来て笑った。バーバラが両手を腰に当ててその男の子に向かう。

「何よ。ギルだって、ついこないだまでそうだったじゃない」
「へ~んだ。もう滑れるもんね~。ほらほら。ここまでおいで~」

悔しいけど。滑れません。簡単そうでも簡単じゃない。よく、こんな靴で滑れるなぁ。グラグラして怖い。
バーバラが私の前に立って言う。

「あんなの気にしないで。あいつなんか、初めての時、泣いたんだから」
「そう(こんな状況じゃ、大人は泣くに泣けないのよ…)」
「私の肩に捕まって」
「うん」

恐る恐るバーバラの肩に捕まる。身長差があって下手に転んだら押し潰しそうだ。
バーバラがゆっくり滑って行く。私は両足動かせないまま、引き()られていく。氷の上だからスーっと運ばれていく。冷たい風が顔に当たる。1周させて貰った。脚がガクガクだ。

「祥子お姉ちゃん、どうだった?」
「こ、怖いよ。気持ちいいんだけど、怖い」
「そう? なら、サンドイッチしてあげる」
「あっ、ケリーお姉ちゃん!」

ケリーが私の後ろに付いて、私の腰に手を掛けた。背筋が伸びた感じになった。
バーバラに引っ張られ、ケリーに後ろから支えられて、転ばない安心感があった。両足は氷にくっついてるけど。

支えられているから周りを見る余裕が出来た。バーバラの頭の上から前を見て、横も見れた。
私が…リンクの上で滑ってる。さっきとは違い、顔に当たる冷たい風が気持ちいい。風を切って滑ってる。

「ね、バーバラ、もう一周して」
「うんっ」

滑るってこんな感じなんだ。
ケリーはこんな空気を感じているんだ。この中で音と一緒に滑っているんだ。私の音と一緒に。

(ケリーを滑りやすくしてあげたい)

「バーバラ、ありがとう。もういいわよ」
「そう?」
「うん。楽しかった。レッスン頑張ってね」
「ありがと。祥子お姉ちゃんも頑張ってね。あの約束忘れないでね」
「え? あ、あれね。私が忘れないうちに来てね」
「勿論よ。じゃね。いつでも遊びに来てね」
「えぇ。ありがとう」

ケリーと一緒にリンクから上がる。

「ケリーもありがとう。初めて滑ったわ。ちょっと脚が痛いかも」
「初めてだとそうなっちゃうわ」
「ねぇ、ケリー。私、もう一度、録り直しするわ」
「え? 今から?」
「えぇ。ケリーは機械の操作出来る?」
「何とか出来るけど」

大急ぎでスケート靴を脱ぐ私を、驚いて見てるケリーに声を掛ける。

「頼むわ。直ぐ」
「あ、うん」

レコーディングの部屋に入って、ケリーが機械操作の確認をしてる間に、譜面に修正を加えていく。ケリーを滑りやすくする為に、音を繋げる箇所と切る箇所を直していく。

「準備いいわよ」

ケリーの声が聞えてきて、手で合図する。

 ♪、♪♪♪、♪、♪~♪、♪

ケリーと一緒に。冷たい風も一緒に。

 ♪♪♪~、♪♪、♪~

静かにフルートを離す。2曲で10分もかからないのに、交響曲を吹いた気がしてる。
新しくした曲をコピーしてジュリアに持っていく。

「あら、新しくしたの?」
「はい。少し替えてみました。さっきのと比べて良いほうを使って下さい」
「断然、こっちのほうがいいわよ」

ケリーが指をさして言い切った。それを見てジュリアが笑った。

「そう。じゃケリーは練習してて」
「はい」

ケリーがスクールで使われてない場所で練習を始める。
ジュリアは今渡した曲をイヤホンをつけて聴き始める。
私は緊張してそれを見ている。ケリーは満足してくれたけど、ジュリアはどうなんだろう。
ジュリアの指が動いた。もう一度聴きなおしてる。
イヤホンが外されジュリアの口が開く時、私は息を呑んでたりする。

「ケリーはこれで上にいけるわ。祥子、あなたに頼んで正解だったわ」
「ありがとうございます」

スクールが終って、ケリーが曲に合わせていく。ジュリアが私の隣で呟く。

「ケリーが楽しそうに滑るのは久々に見るわ」

リンクから上がってきたケリーが私の手をとる。

「あなたに曲を創って貰って良かったわ。これならきっと」
「ケリー、絶対よ。ってプレッシャーになっちゃうかしら」
「ううん。絶対、今度の大会は絶対、金を取るから」
「結果を楽しみにしてるわ」

固い握手をしながらケリーが私に聞く。

「ねぇ。バーバラと何、約束したの?」
「大会に出る時に音楽をお願いって」
「あら、じゃぁ、私がうんと頑張らなくちゃ。あなたはギャラ以上の事をしてくれるからね。バーバラの頃にはもっと上がっちゃうわ」
「そんな事無いわよ」
「ううん。それは本当よ。…祥子、今日は本当にありがとう」
「私こそ。初めて滑れて楽しかったわ。ありがとう」

ケリーが初めて私の名を口にした。音と私を認めて貰えた。そんな気がして嬉しくなった。


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