#40 再び <祥子視点>

文字数 4,067文字

  ♪♪♪ ♪ ♪ ♪

新しい音が私の耳を滑っている。私の新しい音だ。

「本当にいいんですか?」
「どうぞ。本当の理由はそちらの責任者から聞いています。第三者が壊したと分かれば、私共としましても、さらに良い物を贈らせて頂きますよ」
「音が滑る様に出ていくのが分かります。ありがとうございます」

私の手に真新しい硝子のフルートが握られている。

「このフルートで吹いていいですか?」
「それでお願いします」

受け取ってた楽譜を広げたら問いかけられる。

「この曲、ご存知でしたか?」
「はい。アニメをCG化した劇場版の主題曲ですよね」
「そうです」
「ずっと待ってた「迎えに来てくれる誰か」はお母さんだったって話でした」

持ってきてくれたCDを聞きながら譜面をなぞっていく。
イメージはアニメのままでいいとの事だったからイメージを載せていく。
この曲はハープだったかウクレレだったか、弦がはじく音で流れていた。切なくて悲しい気持ちが、記憶を手繰り寄せて、優しく嬉しい気持ちに変わっていく。
新しいフルートの音を馴染ませる為に、暫く部屋に籠って曲を吹いていく。

小さいスタジオでレコーディングに入る。
2回通しで吹いて終わりになる。
そのまま、食事をご馳走になり仕事が終る。

「久々に日本語の仕事♪ それよりも、嬉しい♪」

硝子のフルートがエリックから貰ったフルートケースに入っている。金属のはタオルに包んでバックの中。

帰って直ぐにエリックに電話。

「エリック、聞いて」
「やけに嬉しそうだね」
「分かる?」
「何があったのかな?」
「今日ね、硝子のフルート頂いたの」
「硝子の? 今日、スポンサーとの仕事だったのかい?」
「そう。CM用の曲をレコーディングしたわ」
「よく新しいのを作ってくれたね」
「私が壊したんじゃなくて、壊されたと聞いたって。きっとシドが伝えたのよ」
「良かったね。じゃ、早速それで吹いたんだ」
「そうよ。前のより音がいいわ。そう感じる」
「これからずっとそれでいくのかい?」
「使い分けるわ。曲にあうほうを使う事にするの。片方に(かたよ)ったら駄目な気がして」
「祥子ならもう大丈夫さ」
「そうかしら」
「あぁ。硝子のフルートを持ったシンデレラに戻れるよ」
「いいのよ。シンデレラは王子様を見つけてるから」
「王子様?」

そう聞えてエリックが笑った。

「笑わないで。言うほうが恥ずかしいんだから」
「言われるほうだって恥ずかしいさ。王子様か」
「もうっ」
「なら、祥子。フルートケースを手元に持ってきて」
「ケースね。…持ってきたよ」
「開けて」
「うん」

ゆっくりとケースを開けた。ガラスのフルートが収まっている。

「留め金の内側を見て」
「内側ね。待って。…見たわ」

ベルベットの内側の二箇所の留め金の所を見る。

「スライドする板が通ってるだろ」
「うん」
「それを上にスライドさせて」
「うん」

力が必要だったけど、なんとか上にスライドさせた。カチッと音がした。

「逆側にも同じのがあるからスライドさせて」
「うん」

同じ様にスライドさせた。

「フルートの収まってる部分がずれるはずだ」
「あら。二段式になってる」

フルートケースにしては奥行きがあるなって思ってたけど、こんな仕掛けになってるとは思わなかった。引っ張りだせるんだ。

「そう。二本入る様になってるんだ。祥子が前に持ってたのは一面に二本だったね。今度のは二段に入れる。ちょっと面倒だけど」
「面倒じゃないよ。良かった。二本持ち歩くとエリックから貰ったケースが使えなくなるから困ってたのよ。こんな仕掛けがあるなんて気づかなかったわ」
「これからも使えるだろ」
「うん。ありがとう」

通話を切ってから、今までのフルートを二段目に収めた。



一階に下りたら、シドがリビングでオペラを聞いていた。

(この人の声が好きなのかな)

透き通ったソプラノの声。先日もこの声だった。
声を掛けていいか迷ったけど、私は嬉しかったからシドの邪魔をしてしまう。

「シド、この声好きなんですか?」

私の声が掛かって、シドが驚いて私を見た。

「あ、祥子ですか。この声、あ、そうですね。ところでどうしました?」
「シド、見てください」

後ろに隠してた硝子のフルートをシドに見せる。

「祥子、これ、どうしました?」
「今日の仕事のギャラです。今回はこれって手渡されたんですよ。現物支給ですね」
「はい? ギャラとして貰ったんですか? そんな話は聞いてないですが」

シドが真面目に考え込もうとしたから、私は大笑いになる。

「冗談です」

初めてシドをはめた。嬉しい時って上手くいく。シドがそれを聞いてつられて笑う。

「祥子にやられました」
「やった!」
「なら、本当は?」
「私が壊した訳じゃないからって、新しく作って下さったんですよ。贈り物です」
「良かったですね」
「はい。理由を伝えてくれたのはシドでしょ?」
「そうだったかな」
「ありがとうございます。これもいい音を出してくれます。だから、シド、来て下さい」
「え?」

シドの腕を引っ張って大部屋に連れて行く。

「シド、このフルート吹いてみて下さい」
「私が?」
「はい。シドが伝えてくれたから、ここに有るんです。だから、どうぞ」
「なら、お借りします。ちょっと緊張しますね」

そう言って、シドが一息入れて音を出し、驚いた表情になった。私も覚えが有る。硝子だからどんな音なんだろうって。その一息目が初めて聴く音で驚いたんだ。
シドが私を見て笑う。

一曲、シドが硝子のフルートを使って吹いてくれる。シドが創り出す音は私と違う。同じ硝子のフルートを使っても違う。愛情が襲い掛かる。

(え?! 愛情?)

ドキリとした。今、一瞬だったけど、私はシドから「愛してる」を受け取った気がした。

(曲のイメージよ。私がエリックと付き合ってるの知ってるし。楽団員としてよ)

私がシドを見たら、シドは、ゆっくりと視線を外していった。

「初めての音でした。いい音が出せますね」
「えぇ。シドの音、とても良かったです。この一本から沢山の音が創れるんですね」
「そうですよ。奏者の数創れますね」
「でも、私の一本ですから私だけの最高の音を創ります」
「頼もしいですね」

リビングに移動してから、シドが思い出したように二階に上がっていった。戻って来た時には手に何か持っていた。

「祥子に来た手紙です。エドナから預かってきました」
「ありがとうございます」

ダイレクトメールにまじってエアメールが一通届いてる。
まず、ダイレクトメールを開けていく。

「良かった。普通のダイレクトメールだ」
「変な物は入って無かったですか?」
「はい」

エアメールのほうは…あ。
結婚式の招待状だ。あの格式ばった封筒に切手が沢山貼られている。
差出人を見る。私に招待状だから女性側の名前を見る。

「えっと、山岸、山岸っと。あ、職場の同期だ」

すっかり忘れてました。一緒にお昼食べて合コン行ってたのに。忘れててゴメンネと心の中で謝罪しながら、相手方の名前を見る。職場結婚かもしれないしね。

「え…まさか…」

ペリッと開けて中を出す。本文の書いてあるヤツ。

「…潤」

便箋が入ってたから開く。手書きの文字を読んでいく。

 祥子、元気? ウィーンで活躍してるのを耳にしてるよ。ところで、突然で驚いたでしょ。昔、合コンで会った潤の事覚えてる? 実はあれからずっと付き合ってて、なんと今、潤との赤ちゃんがお腹にいるのよ。今、五ヶ月目なの。で、急なんだけど、式あげとこうって事になってね。祥子には是非出席してもらいたいの。何か吹いて欲しいんだ。お願いね。

「え? 合コンから? 赤ちゃん?」

私が潤と別れた原因の女性は山岸さんじゃ無かったんだ。
と、すると、潤のヤツは三股掛けてたのか。そして、私とヨリを戻そうって時には赤ちゃんが居たって事になる。断って良かった。また痛い別れになるとこだった。
これは悪いけど欠席のほうがいい。

「全く男って、勝手なんだから」
「どうしました?」
「あ、シド」

シドが居たって忘れてた。シドが新聞を置いて私を見てた。
私の呟きは日本語だったから意味は通じてないだろうけど。
封筒から出した、色んな紙を見てシドが不思議そうに尋ねてくる。

「綺麗なカードですね」
「これ、結婚式の招待状なんですよ。会社に勤めてた時の友達からなんです」
「へぇ。紙が沢山入ってくるんですね」
「会場迄の地図とか、余興してくれの紙とか、一杯入ってくるんです」

一枚ずつシドに見せて説明していく。シドは面白そうに見ている。

「いつですか?」
「来月の第三日曜日になってます」
「定期演奏会の後ですね。どのくらい行ってます?」
「どのくらいとは?」
「折角日本に帰るなら少しお休みつけてあげますよ」
「やった。あ。でも、これ欠席しようと思って」
「何故?」

何故と聞かれても、理由が。

「この新郎と私、付き合ってたんですよ」
「別にいいじゃないですか。お友達のほうを祝ってあげれば」
「そうなんですけど。式の最中に何かしちゃいそうで」
「辛い別れをしたんですね」
「はい」

蓋をあけたら三股でした。なんて情けなくて言えない。

「でも、招待状が来ると言う事は、どちらも祥子に祝って欲しいんですよ」
「そうでしょうか?」
「困るようなら彼のほうから招待状は出すなって言いますよ」
「その理由は?」
「祥子はウィーンで忙しい人だからって」

余興をしてくれって事は、潤も了解してるって事になる。

「そうですね。なら、出席する事にします。日本で休みを三日間貰えますか?」
「三日でいいんですか?」
「はい。長く居たら戻りたくなくなっちゃいます」
「それは困ります。移動日も入れて一週間ってとこですね」
「ありがとうございます」

封筒に戻しながらシドに聞いてみる。

「シドは同時に何人と付き合えます?」
「え? それはどういう意味で?」

シドが驚いて聞き返した。

「恋人として複数と付き合う事って出来るのかなと思いまして」
「友達としてなら沢山出来ますけどね。恋人は一人でいいですよ」
「そうですよね」
「そんな器用な事出来ませんよ」

潤が特別器用だったんだな。その本命が私じゃ無かったって事か。
美女と野獣でも吹いてやるか。


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