#15 カード <エリック視点>
文字数 1,870文字
祥子を迎えに行って直ぐにカードを見せられた。
「カノンからとんでもなく大きい花束が届いたの。このメッセージカードが付いていたのよ。何て書いてあるか教えて」
「いいよ。ちょっと待って」
祥子からカードを受け取り、文面を読んで英語にする。
「バレエの追加公演を楽しみにしています。今度は花束を手渡しするわ。 カノン・ミューラー。…ミューラー?」
「エリック?」
「待って。ミューラーだろ。ミューラー…ミューラー…」
祥子が俺を見て不思議そうな顔をしている。俺はカノンの苗字に覚えがある。それを思い出そうとしている。地下鉄の駅に着いた。新聞を買う。
「あ、思い出した。出版社だ。この新聞発行してるとこだ。経済界を牛耳 ってる一族だ」
「えっ? カノンってそんな凄い人…な、なの?」
「そう。ばかでかい花束贈ってくる位だ。その一族の人間だな。そうすると祥子は目を付けて貰えたんだ。いいチャンスだ」
「いいチャンス?」
「祥子のスポンサーに名乗りを挙げてきてるんだよ」
「スポンサー?」
「そう。俺や征司もスポンサーはついてる」
「それが私に?」
「そう。祥子に」
祥子は驚いた顔でメッセージカードに視線を止めたままだったが、我に返ったように俺の顔を見た。
「な、なら、尚更お礼をしなきゃ。エリック、こういう場合お礼はどうしたらいいの?」
「えっ? お礼?」
「受け取りましたとか、ありがとうとか、一言伝えなきゃいけないんじゃないの?」
「まだスポンサーに決まった訳じゃないから」
「でも、あんな大きな花束を貰いっぱなしじゃ…」
日本人ってヤツは律儀すぎる。心を重んじる民族って読んだっけ。女性だからかもしれないけど。
「分かった。じゃぁ、カード送っておけばいい。お昼一緒に食べよう。その時にカードを買いに行こう」
「ありがとう。頼むわ」
「任せて」
電車に乗り込んで祥子に新聞の記事を読んで聞かせる。見出しの文は読まなかった。読んではいけない気がしてた。
なのに、祥子の眼はその見出しに止まっていた。
「エリック。ここ、何て書いてあるの?」
祥子が見出しを指さすから、伝えることになった。
「シンデレラはガラスのフルートを持っている」
「そ、そう」
祥子の視線がフルートケースに落ちた。その中に硝子のフルートは入って無い。昨日、壊された。
俺は祥子に掛ける言葉が見当たらなくて、練習場まで祥子と話す事が出来なかった。
☆
練習場の建物の中を案内しているうちに、祥子の表情も和らいだ感じがした。
フルートパートの部屋に行く。
祥子の小部屋を開ける。トップ奏者に与えられてる部屋だ。トップ以外の個人練習用に使える小部屋は共同使用になるがフロアにいくつかある。
祥子を残して俺は自分の部屋に向かう。
シンデレラはガラスのフルートを持っている
祥子はこれから現実と向き合わなくちゃならない。硝子のフルートが無くなった今、絶賛された硝子のイメージをどう乗り越えていくのか。
「これは俺じゃ手伝えないか」
でも、祥子の為に何か出来る事が無いか探している。
☆
昼に祥子を呼びに行くと、祥子はどう見ても悩んでいた。なのに、それを話そうとしない。
食事の前にカードを買いに行った。
食事をしながら祥子が紙を出して書き始める。日本語だ。意味は分からないが漢字が入ってるのは分かる。
花束ありがとうございました。次会えるのを楽しみにしています。
「エリック、ちょっと待ってね。英語にするから」
そう言って、英語で呟きながら、日本語の下に英語を書いていった。
書いた文を見直してから、俺に紙を向ける。
「ドイツ語でこの下に書いて」
「分かった」
英語を読んでドイツ語にする。俺が書く文字を祥子が見ているから、ゆっくり丁寧に書いた。
「これで大丈夫」
「ありがとう。上手く写せるかなぁ」
そう言って、俺の書いた文をカードに写していった。
「間違ってる?」
カードを渡されて確認する。
「大丈夫だよ。ちゃんと通じる」
「ありがとう」
住所の書き方を教えて、カードが出来上がった。
「エリック。ありがとう。後は出してくるだけね」
「俺もつきあうよ」
祥子はカードから視線を俺に移して、コーダと会った時の事を思いだしたのかもしれない。
「…うん。ありがとう」
祥子が素直に承諾して、俺を見て笑った。
一緒に郵便局に行ってカードが祥子の手から離れた。
「ここの郵便って直ぐ届くのよね?」
「そりゃ」
「紛失したり…しないよね?」
「大丈夫」
真顔で聞く祥子に笑ってしまった。
「やだ。エリックったらそんなに笑わないでよ」
そう照れながらも一緒に笑う祥子だったが、練習所の建物に入った瞬間、笑顔が消えた。
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「カノンからとんでもなく大きい花束が届いたの。このメッセージカードが付いていたのよ。何て書いてあるか教えて」
「いいよ。ちょっと待って」
祥子からカードを受け取り、文面を読んで英語にする。
「バレエの追加公演を楽しみにしています。今度は花束を手渡しするわ。 カノン・ミューラー。…ミューラー?」
「エリック?」
「待って。ミューラーだろ。ミューラー…ミューラー…」
祥子が俺を見て不思議そうな顔をしている。俺はカノンの苗字に覚えがある。それを思い出そうとしている。地下鉄の駅に着いた。新聞を買う。
「あ、思い出した。出版社だ。この新聞発行してるとこだ。経済界を
「えっ? カノンってそんな凄い人…な、なの?」
「そう。ばかでかい花束贈ってくる位だ。その一族の人間だな。そうすると祥子は目を付けて貰えたんだ。いいチャンスだ」
「いいチャンス?」
「祥子のスポンサーに名乗りを挙げてきてるんだよ」
「スポンサー?」
「そう。俺や征司もスポンサーはついてる」
「それが私に?」
「そう。祥子に」
祥子は驚いた顔でメッセージカードに視線を止めたままだったが、我に返ったように俺の顔を見た。
「な、なら、尚更お礼をしなきゃ。エリック、こういう場合お礼はどうしたらいいの?」
「えっ? お礼?」
「受け取りましたとか、ありがとうとか、一言伝えなきゃいけないんじゃないの?」
「まだスポンサーに決まった訳じゃないから」
「でも、あんな大きな花束を貰いっぱなしじゃ…」
日本人ってヤツは律儀すぎる。心を重んじる民族って読んだっけ。女性だからかもしれないけど。
「分かった。じゃぁ、カード送っておけばいい。お昼一緒に食べよう。その時にカードを買いに行こう」
「ありがとう。頼むわ」
「任せて」
電車に乗り込んで祥子に新聞の記事を読んで聞かせる。見出しの文は読まなかった。読んではいけない気がしてた。
なのに、祥子の眼はその見出しに止まっていた。
「エリック。ここ、何て書いてあるの?」
祥子が見出しを指さすから、伝えることになった。
「シンデレラはガラスのフルートを持っている」
「そ、そう」
祥子の視線がフルートケースに落ちた。その中に硝子のフルートは入って無い。昨日、壊された。
俺は祥子に掛ける言葉が見当たらなくて、練習場まで祥子と話す事が出来なかった。
☆
練習場の建物の中を案内しているうちに、祥子の表情も和らいだ感じがした。
フルートパートの部屋に行く。
祥子の小部屋を開ける。トップ奏者に与えられてる部屋だ。トップ以外の個人練習用に使える小部屋は共同使用になるがフロアにいくつかある。
祥子を残して俺は自分の部屋に向かう。
シンデレラはガラスのフルートを持っている
祥子はこれから現実と向き合わなくちゃならない。硝子のフルートが無くなった今、絶賛された硝子のイメージをどう乗り越えていくのか。
「これは俺じゃ手伝えないか」
でも、祥子の為に何か出来る事が無いか探している。
☆
昼に祥子を呼びに行くと、祥子はどう見ても悩んでいた。なのに、それを話そうとしない。
食事の前にカードを買いに行った。
食事をしながら祥子が紙を出して書き始める。日本語だ。意味は分からないが漢字が入ってるのは分かる。
花束ありがとうございました。次会えるのを楽しみにしています。
「エリック、ちょっと待ってね。英語にするから」
そう言って、英語で呟きながら、日本語の下に英語を書いていった。
書いた文を見直してから、俺に紙を向ける。
「ドイツ語でこの下に書いて」
「分かった」
英語を読んでドイツ語にする。俺が書く文字を祥子が見ているから、ゆっくり丁寧に書いた。
「これで大丈夫」
「ありがとう。上手く写せるかなぁ」
そう言って、俺の書いた文をカードに写していった。
「間違ってる?」
カードを渡されて確認する。
「大丈夫だよ。ちゃんと通じる」
「ありがとう」
住所の書き方を教えて、カードが出来上がった。
「エリック。ありがとう。後は出してくるだけね」
「俺もつきあうよ」
祥子はカードから視線を俺に移して、コーダと会った時の事を思いだしたのかもしれない。
「…うん。ありがとう」
祥子が素直に承諾して、俺を見て笑った。
一緒に郵便局に行ってカードが祥子の手から離れた。
「ここの郵便って直ぐ届くのよね?」
「そりゃ」
「紛失したり…しないよね?」
「大丈夫」
真顔で聞く祥子に笑ってしまった。
「やだ。エリックったらそんなに笑わないでよ」
そう照れながらも一緒に笑う祥子だったが、練習所の建物に入った瞬間、笑顔が消えた。
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