#27 それぞれの夜 <祥子視点>
文字数 4,576文字
私の噂も大物女優の結婚でかき消されていったようだ。
今なら外でエリックとキスしても大丈夫かもしれない。
…そんな大それた事出来ません。
そんな暇すらなかった。私は国内公演で飛び回っていた。エリックだってゲストで呼ばれてイタリアに行っている。
久々に家に戻ってくるとポストに沢山手紙が入っている。最近ダイレクトメールが届くようになった。
たまにお母さんから救援物資が届く。マンガやCDも入っている。
初めて国際郵便を使った時、お母さんは電話口で真剣に「大丈夫なのかしら。ちゃんと届くのかしら」と何度も確認を寄こしてたっけ。
今日のはダイレクトメールだけだ。
「これは洋品店のか。こっちは化粧品だ。健康食品もある」
その中で見慣れない封筒があった。
「園芸店?」
開店記念の広告が入っている。私達は花束とか贈るから花屋さんとは馴染みになっている。そこから紹介されたのだろう。開けて見ると何か入っている。肥料サンプルって書いてある。
「鉢植え無いからエドナにあげよう」
隣に行ったら留守だった。
「ユンナの家に鉢植えは無かったよな。じゃ、エドナに会った時でいいか」
封筒に戻してレターラックに突っ込んだ。
明日は音楽大学での演奏会に呼ばれている。ミリファと一緒だ。
フルートを出していたら、外から壜の擦れる音が響き、コツコツと言う足音の他にもうひとつ足音が響いてきた。隣の扉が開いた音がした。
「飲み友達みたいだから、お邪魔しちゃ駄目だな。捕まったら朝までコースになっちゃうし」
軽く明日の曲を吹いてみる。明日はバラード。クラッシックばかり吹いてる訳じゃない。どんな曲でもフルートで吹ける。…と思う。今回は前もってCDを聞いて覚えた。
吹き終えて、フルートをテーブルに置く。
ダンッ
壁に物が当たる音が響いた。
「エドナ?」
ヤジウマみたいだけど、エドナに何かあったほうが怖いから、扉を開けて顔を廊下に出した。
丁度、エドナが家を飛び出して来て、私の顔と合った。気まずくなって引っ込もうとしたら、エドナが私の家の扉を開ける。
「ごめん。祥子、入れて」
私の答えも聞かずに、エドナが私の家に入り扉を閉めた。そのままエドナは扉を背に立ちつくしてる。
私は気まずくて、ヤジウマ行動の言い訳を始める。
「エドナ、大きな音がしたから、何かあったのかと」
「何でもないの」
エドナは私を見ずに、ドアノブに視線を止めたまま、外の音に耳を凝 らしているように見えた。
暫くして扉が閉まる音がして足音が階段を下りていった。
エドナが扉から離れて窓に走る。カーテンに手を掛けて隙間からアパートの玄関を見てる。
足音の主が出て行ったのか、エドナが振り向いて私に気づく。
「あ、…祥子。ごめんね」
「エドナ、どうしたの? それに、眼鏡」
いつもかけてる眼鏡が無い。エドナの手が慌てて顔に触れる。
「な、何でもないの。ごめんね。おやすみ」
「…おやすみなさい」
エドナが逃げる様に私の家から出ていった。残された私は、扉に鍵を掛け、窓に寄って外を覗いた。外に人影は無い。窓が開いていたのに気づき、窓を閉め、静まった部屋に居る。
テーブルにフルートがそのままになっていた。分解して手入れを始める。
(エドナって眼鏡無いと綺麗なんだ)
エドナのほんのりと赤くなった顔を思い出していた。
そのまま静かに夜が更 けていった。
☆
ミリファと大学の演奏会から練習所に帰ってきてシドに報告をする。
「お疲れ様でした。祥子は来週から、「アイーダ」の公演に呼ばれています」
「オペラですか?」
「そう。初めてですね。いい経験になりますよ。スケジュールはこれです」
一枚の紙が手渡された。シドはミリファに向かって言う。
「ミリファにはいい話がきています」
「何でしょうか?」
「化粧品のCM依頼がきています」
「えっ?」
「上手く出来たら、あなたのスポンサーになると打診してきていますよ」
呆然 としてるミリファに紙が渡される。
「ミリファ、凄いじゃない。チャンスよ」
ミリファが紙に眼を留めたままだ。手が震えてる。口が開いて出た声だって震えてる。
「チャンスよね」
シドの部屋からミリファと出る。
「ねぇ、祥子。これ本当よね」
ミリファが持ってた紙を私に見せる。
「本当よ。ジュピターって新作化粧品のシリーズね」
「そ、そうよね。う、嘘みたい」
「ミリファ、今、一番伝えなきゃいけない人に電話しなきゃ」
「あっ。う、うん! 祥子、ちょっと待ってて」
「うん」
ミリファが携帯を引っ張り出して征司に掛けてる。
嬉しそうなミリファの声が廊下に響いてるのを聞いて、私も嬉しくなっていた。
ミリファは私達が定期演奏会以外の演奏会の話をすると、居ずらいようだった。私と二人の時はそんな感じは無いけれど、征司とエリックを含めて四人の時は別だった。自分だけスポンサーもなく楽団専属のまま。それをひけ目に感じていたみたいだった。多分、三人だった時は男共は、って切り分けていたのだろうけど。今は私が入ったから。
今、ミリファは運を掴もうとしている。
シドの口調からだと、ほぼ確実に取れそうだ。本番で大きなミスさえしなければ。
「祥子、今から付き合って。征司がお祝いしようって」
通話を切ったミリファが私に声を掛ける。
「私居たらお邪魔じゃないの?」
「邪魔じゃないわ。お祝いだもの」
「なら、喜んで参加するわ」
「ありがとう!」
征司と直ぐに合流して近くのバーに入った。
「「 ミリファ、おめでとう 」」
「ありがとう。頑張って掴むわ」
「いつ?」
「来週末になってるのよ。BGM用の楽譜を明日貰うの」
「凄いな。それ用の曲を作ったって事か」
征司が嬉しそうにミリファに視線を投げる。
二人を見てて羨ましくなった。エリックがここに居たらいいのに。
お祝いの嬉しさを引きずって家に着いた。
「来週の準備しなきゃ。「アイーダ」ってあったっけ」
バレエの演奏もそうだけど、お話のあるモノを演奏する時には情景の参考に読むようにしている。確かアイーダは悲恋物だった。
「好きだから一緒に死んでいくって話だったっけ。その前に裏切ったり逃げたりがあって」
アパートの玄関を開けて二階への階段を登る。あれっ? 二階に人が居る。エドナの家の扉を背に座ってる男性が。エドナの家の窓は電気が点いてたはず。
「ヘンリー?」
声を掛けたら、男性の顔が私を向いた。やっぱりヘンリーだ。少しバツの悪そうな表情を出してから、笑顔を作った。
「やあ、祥子。夜遊びかい?」
「私の事は言えないでしょ。どうしたの? エドナ居るんでしょ?」
「あぁ。居るさ。ちょっとね。入れて貰えなくてね」
「入れて貰えない? ならどうやってここに入って?」
ここに居るという事は誰かに下の扉を開けて貰ってるからだけど。
「丁度ユンナが出かけるトコロだったから」
「そう。あ」
それで入れて貰えないとすると…昨日、エドナの家に居たのはヘンリーだったんだ。
直感が走った。一緒に飲んでて何か、あった?
(こういうのは知らない振りのほうがいい!)
私は自分の家の鍵を開ける。
(余計なお節介はしないほうが!)
「ヘンリー、エドナが落ち着くまで待ったほうがいいよ」
そう言ってしまって後悔してる。余計な事だ。首は突っ込まないほうがいい。
ヘンリーが私を見て口を開く。
「ありがとう。でも、そこまで待てないんだ。俺は今ここに入りたいんだ。今、エドナに会いたいんだ。エドナに言いたいんだ。愛してるって」
「えっ? ヘンリー、あなたって?」
ヘンリーが笑う。
「彼女なんか居ないさ。彼女が居るって思わせておいたほうが邪魔が入らないだろ。エドナもそう思ってたけど」
「そうね」
「昨夜は…祥子、君のフルートの音が…」
「私の音?」
「バラードだった」
「うん」
「俺を焦 らせたんだ」
「焦らせた?」
「そうだ。ゆっくり進めたかったのに、君の音が俺を急 かした」
「…ごめんなさい」
「いや。祥子を責める気はない。俺はエドナを愛してる。それは本当だからね。だから、今ここに入りたいんだ」
ヘンリーがエドナの家の扉を叩いた。
「ここに入りたいんだ」
「ごめんなさい」
私はヘンリーに謝らないといけないような気がしたから、謝って自分の家に入った。
私の家の扉が閉まった音と同時に、エドナの家の扉が開いた気がした。
静かになってから、そっと廊下を覗いてみた。
ヘンリーが居ない。階段を下りて行った足音はしてないから、エドナの家に入れて貰えたんだ。
「あぁ。昨夜、窓開けっ放しで練習してたんだった」
申し訳なさで一杯になった。どうなんだろう。エドナはヘンリーの事…。
「イエスかノーなんだから」
答えはひとつ。
エリックとの事を思い出した。私はあの時、スパッとイエスをエリックに伝えた。外国に行ったら中途半端な返事はしちゃ駄目と思っていたからだ。日本語だと言い訳めいて仄 めかしたり出来るけど、英語でそれが言えなかった。エリックに惹かれてるとカノンに言い切って、エリックの音に応 えていた私が、「分からない」とは言えなかった。答えがひとつなら、イエスを伝えたかったんだ。
後悔はしてない。私はエリックと付き合えて嬉しく思ってる。あの時のイエスは間違ってなかった。もし間違っていたら、今からでもノーを言えばいいのだから。
窓を閉めて、フルートケースをテーブルに置いたけど、練習するのに躊躇 している。
吹いたらヘンリーの言ったように、また邪魔しちゃうのだろうか。
「困るなぁ。私のせいじゃ無いのに」
フルートケースに封筒が収まっている。エリックとの約束。「星に願いを」を一緒に奏でようって約束だ。いつでも出来る筈なのに、お互いの時間が上手く合わない。今なんかは、イタリアの夜空の下に居るんだから。
「エリックに会いたい」
フルートの手入れをして今日は本を読む事にした。
☆
翌朝、家を出たら、ヘンリーとエドナが一緒に出てきた。
「「 祥子、おはよう 」」
「え? あ。お、おはよう」
ドキリとした。一緒に朝迎えて、ご機嫌で…あれれっ?
「二人共、酒臭い」
「あら、そう?」
「ずっと、飲んでたの?」
「そうよ。ちょっと頭が揺れてる感じだけど」
エドナがそう言って頭を押さえた。横のヘンリーが両手を見せてお手上げと言っていた。
「祥子のお陰さ。ありがとう」
そう言ってヘンリーが私の頬にキスをする。
「ちょっ、ちょっと!」
そこにエドナが居るじゃない!
「そうね。祥子のお陰ね。私からもありがとう」
「ひゃぁ!」
エドナも私の頬にキスをした。
二人、上手くいったみたいだ。それで飲み明かしてたってのも、エドナだからって事だろう。
酒臭い二人と一緒にいて、私まで酒臭くなりそうだ。
練習所についてエドナと別れ、ヘンリーと一緒に廊下を歩いていたら言われる。
「昨夜、ムードのある曲を吹いてくれれば良かったんだけど」
「それはすみませんね。お二人に音挟んじゃいけないと思ったのでね」
そんな事ならガンガン練習してやれば良かった!
「もう気遣い無用さ。祥子、ありがとう。君のお陰だ」
ヘンリーと私が廊下でかわした会話を、エドナが扉を挟んで聞いていたそうだ。それをエドナが受け入れたと。そんな夜だったそうだ。
「良かったわね」
「あぁ」
ヘンリーが私の肩を叩いて部屋に入って行った。
- #27 F I N -
やばい。アイーダ無い! 本屋行かなきゃ。
あっ。ダメだ。日本語の本売ってない。
そだ。電子書籍があるっ! おおっ。日本の書籍サイト凄い!
うっ、ダウンロードが……
今なら外でエリックとキスしても大丈夫かもしれない。
…そんな大それた事出来ません。
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久々に家に戻ってくるとポストに沢山手紙が入っている。最近ダイレクトメールが届くようになった。
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初めて国際郵便を使った時、お母さんは電話口で真剣に「大丈夫なのかしら。ちゃんと届くのかしら」と何度も確認を寄こしてたっけ。
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「鉢植え無いからエドナにあげよう」
隣に行ったら留守だった。
「ユンナの家に鉢植えは無かったよな。じゃ、エドナに会った時でいいか」
封筒に戻してレターラックに突っ込んだ。
明日は音楽大学での演奏会に呼ばれている。ミリファと一緒だ。
フルートを出していたら、外から壜の擦れる音が響き、コツコツと言う足音の他にもうひとつ足音が響いてきた。隣の扉が開いた音がした。
「飲み友達みたいだから、お邪魔しちゃ駄目だな。捕まったら朝までコースになっちゃうし」
軽く明日の曲を吹いてみる。明日はバラード。クラッシックばかり吹いてる訳じゃない。どんな曲でもフルートで吹ける。…と思う。今回は前もってCDを聞いて覚えた。
吹き終えて、フルートをテーブルに置く。
ダンッ
壁に物が当たる音が響いた。
「エドナ?」
ヤジウマみたいだけど、エドナに何かあったほうが怖いから、扉を開けて顔を廊下に出した。
丁度、エドナが家を飛び出して来て、私の顔と合った。気まずくなって引っ込もうとしたら、エドナが私の家の扉を開ける。
「ごめん。祥子、入れて」
私の答えも聞かずに、エドナが私の家に入り扉を閉めた。そのままエドナは扉を背に立ちつくしてる。
私は気まずくて、ヤジウマ行動の言い訳を始める。
「エドナ、大きな音がしたから、何かあったのかと」
「何でもないの」
エドナは私を見ずに、ドアノブに視線を止めたまま、外の音に耳を
暫くして扉が閉まる音がして足音が階段を下りていった。
エドナが扉から離れて窓に走る。カーテンに手を掛けて隙間からアパートの玄関を見てる。
足音の主が出て行ったのか、エドナが振り向いて私に気づく。
「あ、…祥子。ごめんね」
「エドナ、どうしたの? それに、眼鏡」
いつもかけてる眼鏡が無い。エドナの手が慌てて顔に触れる。
「な、何でもないの。ごめんね。おやすみ」
「…おやすみなさい」
エドナが逃げる様に私の家から出ていった。残された私は、扉に鍵を掛け、窓に寄って外を覗いた。外に人影は無い。窓が開いていたのに気づき、窓を閉め、静まった部屋に居る。
テーブルにフルートがそのままになっていた。分解して手入れを始める。
(エドナって眼鏡無いと綺麗なんだ)
エドナのほんのりと赤くなった顔を思い出していた。
そのまま静かに夜が
☆
ミリファと大学の演奏会から練習所に帰ってきてシドに報告をする。
「お疲れ様でした。祥子は来週から、「アイーダ」の公演に呼ばれています」
「オペラですか?」
「そう。初めてですね。いい経験になりますよ。スケジュールはこれです」
一枚の紙が手渡された。シドはミリファに向かって言う。
「ミリファにはいい話がきています」
「何でしょうか?」
「化粧品のCM依頼がきています」
「えっ?」
「上手く出来たら、あなたのスポンサーになると打診してきていますよ」
「ミリファ、凄いじゃない。チャンスよ」
ミリファが紙に眼を留めたままだ。手が震えてる。口が開いて出た声だって震えてる。
「チャンスよね」
シドの部屋からミリファと出る。
「ねぇ、祥子。これ本当よね」
ミリファが持ってた紙を私に見せる。
「本当よ。ジュピターって新作化粧品のシリーズね」
「そ、そうよね。う、嘘みたい」
「ミリファ、今、一番伝えなきゃいけない人に電話しなきゃ」
「あっ。う、うん! 祥子、ちょっと待ってて」
「うん」
ミリファが携帯を引っ張り出して征司に掛けてる。
嬉しそうなミリファの声が廊下に響いてるのを聞いて、私も嬉しくなっていた。
ミリファは私達が定期演奏会以外の演奏会の話をすると、居ずらいようだった。私と二人の時はそんな感じは無いけれど、征司とエリックを含めて四人の時は別だった。自分だけスポンサーもなく楽団専属のまま。それをひけ目に感じていたみたいだった。多分、三人だった時は男共は、って切り分けていたのだろうけど。今は私が入ったから。
今、ミリファは運を掴もうとしている。
シドの口調からだと、ほぼ確実に取れそうだ。本番で大きなミスさえしなければ。
「祥子、今から付き合って。征司がお祝いしようって」
通話を切ったミリファが私に声を掛ける。
「私居たらお邪魔じゃないの?」
「邪魔じゃないわ。お祝いだもの」
「なら、喜んで参加するわ」
「ありがとう!」
征司と直ぐに合流して近くのバーに入った。
「「 ミリファ、おめでとう 」」
「ありがとう。頑張って掴むわ」
「いつ?」
「来週末になってるのよ。BGM用の楽譜を明日貰うの」
「凄いな。それ用の曲を作ったって事か」
征司が嬉しそうにミリファに視線を投げる。
二人を見てて羨ましくなった。エリックがここに居たらいいのに。
お祝いの嬉しさを引きずって家に着いた。
「来週の準備しなきゃ。「アイーダ」ってあったっけ」
バレエの演奏もそうだけど、お話のあるモノを演奏する時には情景の参考に読むようにしている。確かアイーダは悲恋物だった。
「好きだから一緒に死んでいくって話だったっけ。その前に裏切ったり逃げたりがあって」
アパートの玄関を開けて二階への階段を登る。あれっ? 二階に人が居る。エドナの家の扉を背に座ってる男性が。エドナの家の窓は電気が点いてたはず。
「ヘンリー?」
声を掛けたら、男性の顔が私を向いた。やっぱりヘンリーだ。少しバツの悪そうな表情を出してから、笑顔を作った。
「やあ、祥子。夜遊びかい?」
「私の事は言えないでしょ。どうしたの? エドナ居るんでしょ?」
「あぁ。居るさ。ちょっとね。入れて貰えなくてね」
「入れて貰えない? ならどうやってここに入って?」
ここに居るという事は誰かに下の扉を開けて貰ってるからだけど。
「丁度ユンナが出かけるトコロだったから」
「そう。あ」
それで入れて貰えないとすると…昨日、エドナの家に居たのはヘンリーだったんだ。
直感が走った。一緒に飲んでて何か、あった?
(こういうのは知らない振りのほうがいい!)
私は自分の家の鍵を開ける。
(余計なお節介はしないほうが!)
「ヘンリー、エドナが落ち着くまで待ったほうがいいよ」
そう言ってしまって後悔してる。余計な事だ。首は突っ込まないほうがいい。
ヘンリーが私を見て口を開く。
「ありがとう。でも、そこまで待てないんだ。俺は今ここに入りたいんだ。今、エドナに会いたいんだ。エドナに言いたいんだ。愛してるって」
「えっ? ヘンリー、あなたって?」
ヘンリーが笑う。
「彼女なんか居ないさ。彼女が居るって思わせておいたほうが邪魔が入らないだろ。エドナもそう思ってたけど」
「そうね」
「昨夜は…祥子、君のフルートの音が…」
「私の音?」
「バラードだった」
「うん」
「俺を
「焦らせた?」
「そうだ。ゆっくり進めたかったのに、君の音が俺を
「…ごめんなさい」
「いや。祥子を責める気はない。俺はエドナを愛してる。それは本当だからね。だから、今ここに入りたいんだ」
ヘンリーがエドナの家の扉を叩いた。
「ここに入りたいんだ」
「ごめんなさい」
私はヘンリーに謝らないといけないような気がしたから、謝って自分の家に入った。
私の家の扉が閉まった音と同時に、エドナの家の扉が開いた気がした。
静かになってから、そっと廊下を覗いてみた。
ヘンリーが居ない。階段を下りて行った足音はしてないから、エドナの家に入れて貰えたんだ。
「あぁ。昨夜、窓開けっ放しで練習してたんだった」
申し訳なさで一杯になった。どうなんだろう。エドナはヘンリーの事…。
「イエスかノーなんだから」
答えはひとつ。
エリックとの事を思い出した。私はあの時、スパッとイエスをエリックに伝えた。外国に行ったら中途半端な返事はしちゃ駄目と思っていたからだ。日本語だと言い訳めいて
後悔はしてない。私はエリックと付き合えて嬉しく思ってる。あの時のイエスは間違ってなかった。もし間違っていたら、今からでもノーを言えばいいのだから。
窓を閉めて、フルートケースをテーブルに置いたけど、練習するのに
吹いたらヘンリーの言ったように、また邪魔しちゃうのだろうか。
「困るなぁ。私のせいじゃ無いのに」
フルートケースに封筒が収まっている。エリックとの約束。「星に願いを」を一緒に奏でようって約束だ。いつでも出来る筈なのに、お互いの時間が上手く合わない。今なんかは、イタリアの夜空の下に居るんだから。
「エリックに会いたい」
フルートの手入れをして今日は本を読む事にした。
☆
翌朝、家を出たら、ヘンリーとエドナが一緒に出てきた。
「「 祥子、おはよう 」」
「え? あ。お、おはよう」
ドキリとした。一緒に朝迎えて、ご機嫌で…あれれっ?
「二人共、酒臭い」
「あら、そう?」
「ずっと、飲んでたの?」
「そうよ。ちょっと頭が揺れてる感じだけど」
エドナがそう言って頭を押さえた。横のヘンリーが両手を見せてお手上げと言っていた。
「祥子のお陰さ。ありがとう」
そう言ってヘンリーが私の頬にキスをする。
「ちょっ、ちょっと!」
そこにエドナが居るじゃない!
「そうね。祥子のお陰ね。私からもありがとう」
「ひゃぁ!」
エドナも私の頬にキスをした。
二人、上手くいったみたいだ。それで飲み明かしてたってのも、エドナだからって事だろう。
酒臭い二人と一緒にいて、私まで酒臭くなりそうだ。
練習所についてエドナと別れ、ヘンリーと一緒に廊下を歩いていたら言われる。
「昨夜、ムードのある曲を吹いてくれれば良かったんだけど」
「それはすみませんね。お二人に音挟んじゃいけないと思ったのでね」
そんな事ならガンガン練習してやれば良かった!
「もう気遣い無用さ。祥子、ありがとう。君のお陰だ」
ヘンリーと私が廊下でかわした会話を、エドナが扉を挟んで聞いていたそうだ。それをエドナが受け入れたと。そんな夜だったそうだ。
「良かったわね」
「あぁ」
ヘンリーが私の肩を叩いて部屋に入って行った。
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