#23 月 <祥子視点>
文字数 3,913文字
エドナに教えて貰って定期演奏会の録音CDを借りてきた。
小部屋でランスの音に集中して聴いた。
「技術はこんなに素晴らしいのに」
私の音とは正反対の音だった。主張は激しいがコンマスの征司の音は壊していなかった。ただ、アガシやリサ、シャンドリーの音を伴奏の様に従えていた。
☆
マーラー 第9交響曲 の合同練習だ。
カルシーニのおじさんも指揮者としての腕は一流だと思った。癖は酷 いものだったが。
この人が音に感動して体全体で指揮をするって事は無さそうだ。
小さいミスで中断される。
私のソロの箇所はそのまま流された感じがした。そんなものだろう。私は普通に吹いていたんだ。きっと鼻で笑いたいに違いない。
リハーサルは午後。通しである。
その時には、いじめられた仕返ししてやる。
(待ってなさいよ。一泡吹かしてやるんだから)
こんな歳になって子供みたいな事してる。
パートの部屋に戻って、最後のチェックだ。
「アガシ、音の切れが悪い時がある。ここの部分。タ、タタータがタータタータになる。気をつけて。リサ、後半急ぐわね。注意して。音を耳で聴くのよ」
録音していたのを再生する。
「この音を聞いて自分の音を探してみて。自分のミスは誰もカバー出来ないのが分かるから」
それで午前は終わり、私はリハーサルまで小部屋に籠 る。
私は小部屋の中で情景の刷 り込みに入る。ミリファに言われた事、シャンドリーに言われた事、そしてヘンリーが言った事。
私の譜面は真っ赤に書き込みが入っている。何度も手直しが入ってて見づらい。
「新しいの貰ってこなきゃ」
廊下に出たらエリックが先を歩いていた。
声を掛けようと思いながら掛けられなかった。
建物の中でカメラを構えてる人は居ないのに…。
☆
リハーサルの時間になり、移動する前にアガシとリサを呼ぶ。
「今日から、私の音と合わせて貰います。自分の音に責任を持ってください。自分の音を
「「 はい 」」
いつもは「聞いて貰う」と言う所だけれど、あえて「聴かせる」と言った。ランスの枷 が無くなった今、各自の音は自由に、且 つ、責任を持って欲しかったからだ。アガシとリサが楽器を握りしめたのが分かった。
☆
皆で移動する。本番と同じ場所で同じスタッフで始まる。
「祥子は征司の前に入って来て。定位置では無く指揮台の横」
「はい」
晒し者の位置だ。椅子があるけど、立って吹けと言っている。
硝子のフルートを吹いたのが遠い昔に感じられる。ここで吹いたんだ。この場所で。
本番通りに団員が座っていき、調律が始まる。暫くして静かになり、私が入り、椅子に腰を下ろす。征司が入って来る。そしてカルシーニ。
この人の隣で吹くのか…。
トンと音が響いた。カルシーニが私を見て指揮棒で促したんだ。
準備も何もない。私が吹き出せばそこからが開演。観客もさぞかし驚くことだろう。
バッハ 無伴奏フルート パルティータ
私の音が響き出す。劇場の中一杯に響いている。
♪♪♪ ♪♪♪
指揮を見なくて済むのは楽 だが、視線の置き場に困る。音に陶酔 して眼を閉じるなんてまだ出来ない。譜面でも追いかけていよう。
最後の楽章を吹いていたら、カルシーニの指が静かに上に動いているのが眼に入った。
(早くしろ?)
指がそう言っていた。テンポは合っているのに、早くして盛り上げろと指示が出てる。左手は握られてる。音を止めるとカルシーニが「席に」と指示を出す。静かに私は自分の席に移動する。
リサが隣で囁く。
「良かったわよ。カルシーニも満足してるわよ」
「満足した、ってどうして分かるの?」
「これよ」
と、リサが左手を握って見せた。
マーラー 第9交響曲
カルシーニの棒が伝えてくる。皆ヒトツに。静かに…静かに…恐れを込めて。
今回はミスがあるとカルシーニの睨 みが飛んできていた。
ソロの部分もこなしていく。カルシーニがソロの終わりに左手を握った。
隣のリサに視線を飛ばしたら、ニコリと笑って頷いた。
この仕草が満足のサインなんだ。
曲が終わり、少しの休憩が入る。何故かカルシーニが大急ぎで引っ込んでいった。
その間に、また指揮台の傍に移動する。今度は征司とエリック、ヘンリーも一緒だ。
カルシーニが戻ってくる。
モーツアルト フルート四重奏曲ニ長調
私の情景はバッチリ固まっている。堂々と私のイメージした情景で吹いていく。弦楽器の3人の音色を壊さないように、それでも主役は譲れない。ここで私は主張しなくちゃならない。
カルシーニの視線がいつにも増して私に向けられるのを怖く感じていた。
「君達4人は練習室でモーツアルトを合わせる事。残りの者に注意があるのでそのまま。君達は早く戻りたまえ」
追い立てられる様に征司、エリック、ヘンリーと私の4人は練習所に戻る。
「何か変だよな」
「あぁ。そうだな」
エリックが言うと征司が答えた。
「噂の娼婦がいい出来だったんじゃないか」
「ヘンリー」
エリックがヘンリーをたしなめた。征司が私を見て言う。
「音が良くなったな」
「征司、ありがとう」
「このフルート一本でいくのか?」
「これが壊れるまでね」
「予備は必要だと思うが」
「確かにそうだけど」
「物が変わってもその一番いい音を引き出す位もう大丈夫だろ」
「きっとね」
予備なんて考えてなかった。確かに何かあった時には必要だ。
4人で音を合わせながらチェックをしていく。
皆が戻ってきてカルシーニが部屋に入ってくる。
「本番もさっきのイメージでいって下さい」
そう私達に言うと、カルシーニが私に近づいてくる。
(鼻で笑うつもりか?)
身構えちゃってる。
「祥子。正直、今の出来は驚きました。今迄、騙してましたね」
「そんな事はないのですが (やった! 一泡吹かせた!)」
「明日は黄色でお願いします」
「は、はい。黄色のほうですね」
カルシーニが部屋から出て行ってから、ヘンリーが近づいてくる。
「なぁ、祥子」
「何?」
「リハの音、全然違うじゃないか。征司とエリックも気づいただろ?」
「あぁ。練習からどんどん良くなってる。エリックも気づいてるよな?」
「勿論だ。娼婦から女を出してきた」
「そう? じゃぁ、もう一息だわ」
「本番が楽しみだ。ところでさっきの黄色って何?」
「黄色? あぁ。あれはドレスの色よ」
「あれ? 楽団員は黒基調でいいんじゃなかったかな」
「カルシーニに言われたのよ。赤と黄色の単色のドレスを用意しとけって」
「赤と黄色。随分目立つ色だね」
「で、黄色になったって事よ」
「ヘンリー、俺等はシャツとか他も黒だ」
「え? そうだっけ? エリック聞いてたか?」
「最初に言われてたじゃないか。全身黒って」
「まずいっ。急いで帰ってシャツ用意しなきゃ。じゃ、明日な」
バタバタとヘンリーが出て行って、私達もパートの部屋に戻る。
レンタルショップに黄色のドレスになったと連絡を入れて、家に帰った。
☆
そこからが緊張との戦いになる。本番迄のカウントダウンだ。
夕食も少ししか入らない。何度も譜面を見直して、音を出して…眠れない。
観客の中にカノンが居る。それも緊張の種になる。
失敗したら、全てが水に流れてしまう。
服を出す。と言っても移動用の服だ。演奏中の服はレンタルショップから劇場に送っている。
髪型を決める。何かしてないと緊張に押し潰されそうだ。本番前の緊張だけは慣れない。
夜が短いようでいて長く感じられる。ベッドに体を預けながら眠れないでいた。
♪~
突然響き渡った着信音に飛び上がった。エリックからだ。
「ごめん。寝てた?」
「ううん。寝れないから」
「そうだと思った。なら、外、見てごらん」
「外?」
起き上がってカーテンを開けた。月明かりが明るく部屋に降り注いでくる。
「月、出てるだろ」
「うん。明るい位よ」
「日本で見るのと違う?」
「同じ月よ。月だもの」
「俺には今日の月はいつもと違う」
「何故?」
「明日が楽しみだからかな」
「エリックは興奮するほうだったね」
「そうだよ」
エリックの低いトーンが心地よかった。この声で子守唄を歌ってくれたら静かに眠れそうな気がした。
月明かりが暖かい気がする。
「祥子?」
「何?」
「音が新しくなったね」
「分かる?」
「勿論さ。明日、その音に合わせるのが勿体無い気がする。俺の音が祥子の音を壊してしまいそうで…そんな気がする」
「大丈夫よ。エリックの音、好きだもの」
「それは嬉しいな」
月明かりが魔法を掛けてる気がする。胸の奥がドキドキしている。
「エリック」
「何?」
「久々にゆっくり話してるね。凄く嬉しい」
「そうだね」
「私が早く自由に動けるようにならなくちゃね」
「大丈夫さ。明日終れば上手くいくさ」
「頑張らなくちゃ」
「綺麗な月だな」
「そうね」
「何でも叶えてくれそうだ」
「星よりも大きく見えるもんね。一杯叶いそう。やだ、笑わないで」
笑い声の横でコーダの甘えた声が聞こえてくる。
「あら、コーダも一緒?」
「そう。今日は俺の部屋に入ってきてる。いつもは階段下で寝てるけどね。演奏会前は必ずここに居るな。あっ、こらこら」
コーダの鼻息が聞こえてきた。
「コーダも夜更かしさんね。飼い主と一緒ね」
「祥子、そりゃないよ」
「コーダにエリックを返してあげなきゃ怒られちゃうわね」
クーンとコーダの声が耳に入った。
「コーダが祥子を寝させてあげろって。そうだな。残念だけど、おやすみだね」
「うん。エリック、ありがとう。少し緊張から開放された。おやすみなさい」
携帯をサイドテーブルに置いて、ベッドに横になる。窓から月が見えている。
エリックの言う通り、何でも叶えてくれそうな、そんな気がする。
- #23 F I N -
「ミリファー、カルシーニのおじさんに一泡吹かせたよ! やったやったぁ~」
「もう、祥子ったら」
小部屋でランスの音に集中して聴いた。
「技術はこんなに素晴らしいのに」
私の音とは正反対の音だった。主張は激しいがコンマスの征司の音は壊していなかった。ただ、アガシやリサ、シャンドリーの音を伴奏の様に従えていた。
☆
マーラー 第9交響曲 の合同練習だ。
カルシーニのおじさんも指揮者としての腕は一流だと思った。癖は
この人が音に感動して体全体で指揮をするって事は無さそうだ。
小さいミスで中断される。
私のソロの箇所はそのまま流された感じがした。そんなものだろう。私は普通に吹いていたんだ。きっと鼻で笑いたいに違いない。
リハーサルは午後。通しである。
その時には、いじめられた仕返ししてやる。
(待ってなさいよ。一泡吹かしてやるんだから)
こんな歳になって子供みたいな事してる。
パートの部屋に戻って、最後のチェックだ。
「アガシ、音の切れが悪い時がある。ここの部分。タ、タタータがタータタータになる。気をつけて。リサ、後半急ぐわね。注意して。音を耳で聴くのよ」
録音していたのを再生する。
「この音を聞いて自分の音を探してみて。自分のミスは誰もカバー出来ないのが分かるから」
それで午前は終わり、私はリハーサルまで小部屋に
私は小部屋の中で情景の
私の譜面は真っ赤に書き込みが入っている。何度も手直しが入ってて見づらい。
「新しいの貰ってこなきゃ」
廊下に出たらエリックが先を歩いていた。
声を掛けようと思いながら掛けられなかった。
建物の中でカメラを構えてる人は居ないのに…。
☆
リハーサルの時間になり、移動する前にアガシとリサを呼ぶ。
「今日から、私の音と合わせて貰います。自分の音に責任を持ってください。自分の音を
聴かせる
為に、観客を招待するのだから、自分の今出来る最高の音を聴かせ
ましょう」「「 はい 」」
いつもは「聞いて貰う」と言う所だけれど、あえて「聴かせる」と言った。ランスの
☆
皆で移動する。本番と同じ場所で同じスタッフで始まる。
「祥子は征司の前に入って来て。定位置では無く指揮台の横」
「はい」
晒し者の位置だ。椅子があるけど、立って吹けと言っている。
硝子のフルートを吹いたのが遠い昔に感じられる。ここで吹いたんだ。この場所で。
本番通りに団員が座っていき、調律が始まる。暫くして静かになり、私が入り、椅子に腰を下ろす。征司が入って来る。そしてカルシーニ。
この人の隣で吹くのか…。
トンと音が響いた。カルシーニが私を見て指揮棒で促したんだ。
準備も何もない。私が吹き出せばそこからが開演。観客もさぞかし驚くことだろう。
バッハ 無伴奏フルート パルティータ
私の音が響き出す。劇場の中一杯に響いている。
♪♪♪ ♪♪♪
指揮を見なくて済むのは
最後の楽章を吹いていたら、カルシーニの指が静かに上に動いているのが眼に入った。
(早くしろ?)
指がそう言っていた。テンポは合っているのに、早くして盛り上げろと指示が出てる。左手は握られてる。音を止めるとカルシーニが「席に」と指示を出す。静かに私は自分の席に移動する。
リサが隣で囁く。
「良かったわよ。カルシーニも満足してるわよ」
「満足した、ってどうして分かるの?」
「これよ」
と、リサが左手を握って見せた。
マーラー 第9交響曲
カルシーニの棒が伝えてくる。皆ヒトツに。静かに…静かに…恐れを込めて。
今回はミスがあるとカルシーニの
ソロの部分もこなしていく。カルシーニがソロの終わりに左手を握った。
隣のリサに視線を飛ばしたら、ニコリと笑って頷いた。
この仕草が満足のサインなんだ。
曲が終わり、少しの休憩が入る。何故かカルシーニが大急ぎで引っ込んでいった。
その間に、また指揮台の傍に移動する。今度は征司とエリック、ヘンリーも一緒だ。
カルシーニが戻ってくる。
モーツアルト フルート四重奏曲ニ長調
私の情景はバッチリ固まっている。堂々と私のイメージした情景で吹いていく。弦楽器の3人の音色を壊さないように、それでも主役は譲れない。ここで私は主張しなくちゃならない。
カルシーニの視線がいつにも増して私に向けられるのを怖く感じていた。
「君達4人は練習室でモーツアルトを合わせる事。残りの者に注意があるのでそのまま。君達は早く戻りたまえ」
追い立てられる様に征司、エリック、ヘンリーと私の4人は練習所に戻る。
「何か変だよな」
「あぁ。そうだな」
エリックが言うと征司が答えた。
「噂の娼婦がいい出来だったんじゃないか」
「ヘンリー」
エリックがヘンリーをたしなめた。征司が私を見て言う。
「音が良くなったな」
「征司、ありがとう」
「このフルート一本でいくのか?」
「これが壊れるまでね」
「予備は必要だと思うが」
「確かにそうだけど」
「物が変わってもその一番いい音を引き出す位もう大丈夫だろ」
「きっとね」
予備なんて考えてなかった。確かに何かあった時には必要だ。
4人で音を合わせながらチェックをしていく。
皆が戻ってきてカルシーニが部屋に入ってくる。
「本番もさっきのイメージでいって下さい」
そう私達に言うと、カルシーニが私に近づいてくる。
(鼻で笑うつもりか?)
身構えちゃってる。
「祥子。正直、今の出来は驚きました。今迄、騙してましたね」
「そんな事はないのですが (やった! 一泡吹かせた!)」
「明日は黄色でお願いします」
「は、はい。黄色のほうですね」
カルシーニが部屋から出て行ってから、ヘンリーが近づいてくる。
「なぁ、祥子」
「何?」
「リハの音、全然違うじゃないか。征司とエリックも気づいただろ?」
「あぁ。練習からどんどん良くなってる。エリックも気づいてるよな?」
「勿論だ。娼婦から女を出してきた」
「そう? じゃぁ、もう一息だわ」
「本番が楽しみだ。ところでさっきの黄色って何?」
「黄色? あぁ。あれはドレスの色よ」
「あれ? 楽団員は黒基調でいいんじゃなかったかな」
「カルシーニに言われたのよ。赤と黄色の単色のドレスを用意しとけって」
「赤と黄色。随分目立つ色だね」
「で、黄色になったって事よ」
「ヘンリー、俺等はシャツとか他も黒だ」
「え? そうだっけ? エリック聞いてたか?」
「最初に言われてたじゃないか。全身黒って」
「まずいっ。急いで帰ってシャツ用意しなきゃ。じゃ、明日な」
バタバタとヘンリーが出て行って、私達もパートの部屋に戻る。
レンタルショップに黄色のドレスになったと連絡を入れて、家に帰った。
☆
そこからが緊張との戦いになる。本番迄のカウントダウンだ。
夕食も少ししか入らない。何度も譜面を見直して、音を出して…眠れない。
観客の中にカノンが居る。それも緊張の種になる。
失敗したら、全てが水に流れてしまう。
服を出す。と言っても移動用の服だ。演奏中の服はレンタルショップから劇場に送っている。
髪型を決める。何かしてないと緊張に押し潰されそうだ。本番前の緊張だけは慣れない。
夜が短いようでいて長く感じられる。ベッドに体を預けながら眠れないでいた。
♪~
突然響き渡った着信音に飛び上がった。エリックからだ。
「ごめん。寝てた?」
「ううん。寝れないから」
「そうだと思った。なら、外、見てごらん」
「外?」
起き上がってカーテンを開けた。月明かりが明るく部屋に降り注いでくる。
「月、出てるだろ」
「うん。明るい位よ」
「日本で見るのと違う?」
「同じ月よ。月だもの」
「俺には今日の月はいつもと違う」
「何故?」
「明日が楽しみだからかな」
「エリックは興奮するほうだったね」
「そうだよ」
エリックの低いトーンが心地よかった。この声で子守唄を歌ってくれたら静かに眠れそうな気がした。
月明かりが暖かい気がする。
「祥子?」
「何?」
「音が新しくなったね」
「分かる?」
「勿論さ。明日、その音に合わせるのが勿体無い気がする。俺の音が祥子の音を壊してしまいそうで…そんな気がする」
「大丈夫よ。エリックの音、好きだもの」
「それは嬉しいな」
月明かりが魔法を掛けてる気がする。胸の奥がドキドキしている。
「エリック」
「何?」
「久々にゆっくり話してるね。凄く嬉しい」
「そうだね」
「私が早く自由に動けるようにならなくちゃね」
「大丈夫さ。明日終れば上手くいくさ」
「頑張らなくちゃ」
「綺麗な月だな」
「そうね」
「何でも叶えてくれそうだ」
「星よりも大きく見えるもんね。一杯叶いそう。やだ、笑わないで」
笑い声の横でコーダの甘えた声が聞こえてくる。
「あら、コーダも一緒?」
「そう。今日は俺の部屋に入ってきてる。いつもは階段下で寝てるけどね。演奏会前は必ずここに居るな。あっ、こらこら」
コーダの鼻息が聞こえてきた。
「コーダも夜更かしさんね。飼い主と一緒ね」
「祥子、そりゃないよ」
「コーダにエリックを返してあげなきゃ怒られちゃうわね」
クーンとコーダの声が耳に入った。
「コーダが祥子を寝させてあげろって。そうだな。残念だけど、おやすみだね」
「うん。エリック、ありがとう。少し緊張から開放された。おやすみなさい」
携帯をサイドテーブルに置いて、ベッドに横になる。窓から月が見えている。
エリックの言う通り、何でも叶えてくれそうな、そんな気がする。
- #23 F I N -
「ミリファー、カルシーニのおじさんに一泡吹かせたよ! やったやったぁ~」
「もう、祥子ったら」
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