#49 真相 <エリック視点>

文字数 3,903文字

征司達が待ってるカフェにシェリルと行った。
俺を見つけてミリファが立ち上がり手を上げて教えてくれる。ミリファが征司の隣に移り、俺達に席を作る。

いつもなら、俺は祥子と一緒にこの席に居るのに…。慌てて隣に座るシェリルを見る。
シェリルは笑顔で挨拶する。俺の隣でそれが当たり前の様だ。

「ミリファと征司、お久しぶりです」
「そうね。シェリル、体調は? 引っ張り出しちゃってごめんね」
「大丈夫ですよ。結構慣れちゃうもんですよ」

ミリファが気遣ってくれている。征司も軽くシェリルに挨拶を返している。
俺達が頼んだ飲み物がテーブルに置かれた時には、当たり障りのない話題が進んでいる。

「ところで、征司、シドからって何だ?」

征司に聞いたら、征司がミリファを見た。ミリファが軽く頷いた。

「ちょっと待っててくれ」
「あぁ。 ? 」

征司が席を離れて直ぐに、征司が一人男を連れて来た。シェリルが俺の腕を掴んで口早に言う。

「エリック。私、気持ち悪くなってきちゃった。直ぐ帰りたい」

俺の腕を引っ張って立ち上がろうとするシェリルにミリファが声を掛ける。

「シェリル、慌てないで。今逃げたら、あなたはずっと後悔するわ」

ビクリとシェリルの動きが止まる。

「な、何を言ってるんですか。逃げるんじゃないわ。気持ち悪いのよ」
「この機会を逃したら、あなたは自分の子供を見る度、後悔する事になるのよ」

シェリルの視線がミリファの顔からジュースの入ったグラスに移る。

「何の…事ですか…」
「あなたは思い違いしてるのよ」
「…思い違い?」
「そうよ。リチャード、座って」

リチャードと呼ばれた男がシェリルの前に座る。シェリルはグラスに視線を留めたままだ。
征司がリチャードをつれてきたほうに戻って座った。そのテーブルにはマリーが居た。
マリーを見たから、俺の知らない所で何かが動いていたのが分かった。征司が俺の視線に気づいて頷いた。

「エリック、彼、リチャードはシェリルが付き合っていた人なのよ」

ミリファの声が耳に入ったから、座った男を見た。

「リチャード・ハマーです。シェリルと同じ大学の4年生です。シェリルと付き合っていました」
「エリック、帰りましょ」

シェリルが俺の腕を掴んだ。ミリファが俺を見て首を振った。だから、ここで帰ってはいけない気がして、シェリルに声を掛ける。

「シェリル、どうして帰るんだ?」
「もう別れてるんだもの。今更、話す事なんかないわ。…酷いわ。こんな事するなんて」

そう言ってシェリルは、キッとミリファを睨みつけた。リチャードが何か言おうとするのをミリファが手で止めて、ミリファがシェリルに言う。

「ごめんなさいね。でも、あなたのお腹の子の為だと思うのよ」
「…」

シェリルが俺の腕を離した。そのままさっきのようにグラスに視線をおとした。
ミリファが俺に言う。

「エリックは怒らないで聞いててね。女ってはっきり言えない時があるのよ。今回もそうだったのよ」
「…分かった」

俺が答えると、ミリファがリチャードに声を掛ける。

「リチャード、あなたが聞きたい事から聞くといいわ」
「はい」

リチャードが顔を上げないシェリルを見て、唾を飲み込んでから口を開く。

「シェリル。お腹の子は俺の子だろ?」
「…」
「ぇっ! …っ!」

俺が驚いて口を開こうとする前に、テーブルの下でミリファが俺の脚を蹴った。ミリファの顔が横に振られる。邪魔しちゃ駄目と顔が言ってたから黙る。
リチャードが答えないシェリルに続けていく。

「別れる前、君は気持ち悪そうにしてた。つわりだったんだろ?」
「ち…違うわ。この子は…エリックとの子よ」

シェリルの両掌がお腹に当てられた。

「俺の子だったら、俺を父親として産んでくれ」

シェリルがリチャードの顔を見る。

「…リチャード、でも…あなたは」
「すまなかった。君が冗談で言ったと思って、軽く冗談で返していた。はっきり言ってくれてれば真面目に考えて答えてた」
「だって…そんな事…言えないじゃない。まだ、大学生で」
「シェリル、君は嬉しくなかったのかい?」
「う、嬉しかったわ。だから、産みたいと思って。リチャード、あなたの子を産みたかったから」
「俺の子なんだね?」
「………うん」
「なら、俺を父親にしてくれないか?」
「う、うん」

テーブルの上にシェリルの涙が落ちた。

「シェリル、良かったわね」

ミリファが静かに声を掛けたら、シェリルが両手で顔を覆って頷く。

「ごめんなさい。……ごめんなさい」

俺は泣いてるシェリルを横で見ながら呆然としていた。

(シェリルのお腹の赤ちゃんは…俺との子じゃなかった…んだ)

ミリファを見たら、ニコリと笑って大きく頷いた。

「シェリル、エリックとリチャードに事の真相を教えてあげて。それはあなたがしてしまった事に対する償いよ。そして、マリーと征司にも聞く権利があるわ。いいわね?」
「…はい」

マリーと征司がテーブルについた。
シェリルが涙を拭って俺を見る。

「エリック、ごめんなさい。あなたを巻き込んでました」

それからリチャードに向かって言う。

「リチャード、ごめんなさい。あなたに「子供はまだ早いから堕ろせ」と言われたのに、産みたかった。だけど、お腹に赤ちゃんが居るなんて知れたら、堕ろさせられると思って」
「シェリル、そんな事しないさ」

リチャードが言うと、シェリルはまた涙を落とした。

「その時、祥子との公演があって、祥子がエリックと付き合ってるのを思い出した。今のうちにエリックと関係を持ってしまえば、エリックの子として産める。父親は私だけが知っていればいいと思った」
「どうしてエリックなの?」

ミリファが聞いた。

「エリックは経済的に…大丈夫だし。名前も有名。血液型もリチャードと同じ。それに、私達の事を知らない人じゃないといけなかった。祥子はエリックと別れたショックが大きかったら日本に帰ればいいと思って」
「祥子が日本に帰れる訳ないじゃないか。ガド爺に泥を塗る事は出来ないし」

征司が静かにだったが怒って言った。ミリファが征司の腕に触れたから、続けようとした言葉をそこで止めた。シェリルが恥じる様に征司に謝る。

「ごめんなさい。…それで、演奏会の時に祥子のつけてる香水の香りが、嗅いだ事の無い香りだったから、銘柄を聞いて日本から取り寄せたんです」
「それで、俺を…間違わせたのか。酔っ払わせて」

思わず口に出ていた。シェリルは俺を見てから顔を伏せた。

「ごめんなさい。酔っていれば祥子と間違えると思って」
「それで…俺は……君を抱いたのか?」

曖昧な記憶を聞いた。

「…いえ。エリックは酔ってたからそのまま寝てしまって」
「だけど…俺」
「お腹の赤ちゃんのほうが心配でそんな事はしてないです。赤ちゃんのほうが大事だから。…刺激を与えただけです。それは本当です」

聞いてた皆が察知したように赤くなった。

「…それは…情けない気もするけど…良かった」
「ごめんなさい。雑誌に出たのは私が漏らしたからなんです」
「なら、俺はもう用済みでいいんだ」
「ごめんなさい」
「あぁ。もう、いいさ。皆もいいだろ?」

皆が頷いた。

「シェリル、リチャードと幸せにな」
「エリック、ごめんなさい」
「あぁ」

リチャードがシェリルを立たせてカフェを出て行った。
俺は呆然としてた。
突然、シェリルに俺との子供が出来て、結婚する事になって…それがまた突然、無くなったんだ。ポッカリ穴が開いたみたいだ。怒るよりも「俺は何してたんだろう」って不思議な感じがしていた。

「エリックが抜け殻になっちゃった」

マリーの声と皆の笑い声が耳に入り、我に返る。

「え? 俺?」

ぐるりと皆の顔を見て嬉しくなった。そして、祥子の事が頭に戻ってきた。

「マリー、ミリファ、征司、ありがとう。俺、俺、祥子に会わなくちゃ」

席を立とうとしたら、征司が俺の腕を掴んだ。

「エリック、祥子は今ドイツだ」
「そうよ」
「そうだよ」

ミリファとマリーの声がした。

「え? そうだったっけ? 祥子…あ、そうか。いつ戻ってくるんだ?」
「それがね…」

ミリファがノートを開いた。

「エドナに聞いてきたのよ。残念だけど、そのままスイスに行って、それからイギリスよ」
「えっ?」
「イギリスに行く前に戻ってくるけど、その時はエリック、あなたがチェコよ。でも、12月はモーツアルト公演が始まるから嫌でも皆こっちよ」

「あ~あ。折角、元に戻れるのに。祥子ったら仕事だらけにしちゃってるんだ。あ、私が伝えておこうか?」

マリーが心配そうに言った。

「マリー、ありがとう。でも、これは俺が直接、祥子に言うんだ」
「うん。分かった。祥子には「男についてっちゃダメだよ」って言っといてあげる」
「あらやだ、マリーったら」

ミリファと征司が笑った。俺も笑えた。

「あ、そうだ。兄さんに言っちゃっていいかしら? 随分心配しちゃってるから。祥子には言わない様に口止めしとくから」
「あぁ。構わないよ」
「祥子はまだエリックの事好きでいるよ」

マリーがそう言ったら、ミリファと征司も言う。

「私もそう思う」
「俺も」
「…皆、ありがとう」



暫くして、雑誌にシェリルの事が載った。
同時にシェリルから手紙が届く。

 あの後、リチャードと話し合って雑誌に話しました。お父さん、お母さんには、怒られたけど認めて貰えました。ご迷惑をおかけしました。祥子と元に戻れるのを祈ってます。
P.S. 祥子の使ってる香水はもう使いません。あれは祥子だから似合う香りでした。



俺は家への帰り道、寄り道をする。祥子を意識した場所だ。コーダは居ないけど。

 「祥子はまだエリックの事好きでいるよ」

12月迄そうであって欲しい。
祥子に会ったら、祥子が俺を許してくれたら、俺はもう祥子を離さない。



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