#42 誕生日 <祥子視点>

文字数 4,600文字

静かにヒトツ歳をとった。
誕生日は雨だった。私の心を写しているのかもしれない。
窓から眺めてて少し憂鬱(ゆううつ)になっていた。

「エリックに一番最初におめでとうって言って貰いたかったな」

シドに言って貰ったのが不満な訳じゃない。シドからのも嬉しかった。マリー、リリア、アンデルからも言われた。ここでの家族から言われて嬉しかった。さっき、電話があって、お母さんからも「おめでとう」を言われた。お父さんは「元気か?」だったけど。弟はメールを投げてくれた。

この歳でお祝いを期待してたんじゃない。家族から友達から「おめでとう」を掛けられるのは嬉しい。その中でも、彼からの「おめでとう」は違う。数倍も嬉しい。誕生日に一緒に過ごして貰えるのが嬉しいんだ。
あの潤ですら、私の誕生日を覚えてくれていた。その日は私だけの潤だった。そう思える。

「エリックに言えば良かった。「明日、誕生日なの」って。あ、はい。どうぞ」

部屋の戸が叩かれたから返事をすると、戸を開けてマリーが顔を出した。マリーは今日のバイトをキャンセルしてくれていた。シドから聞いているのか、エリックの事には触れてこない。

「祥子、私の部屋に来て。変身させたげる」
「変身?」
「そうよ。早く早く」

マリーの部屋に私を引っ張っていく。

「祥子は座ってて」
「う、うん」

私が椅子に座ると、目の前に大きな鏡が置かれる。
マリーが私の後ろから覗き込んで私を見て笑う。

「さて、腕によりをかけるからね」
「何するの?」
「祥子をどこから見てもオーストリア人にするんだ」
「え? 出来るの?」
「任せてよ」

そう言って、マリーがタオルを私の首にかけ、髪の毛にブラシを当て始める。
手際よくマリーが進めていく。

「髪の毛、染めちゃうの?」
「明るいブラウンに染めるわ。カラーリングだから直ぐ落ちるわよ」
「マリーったら、上手ね。習ってたの?」
「うん。演出の勉強してるけど、こっちの方も好きだから習ったの」

髪の毛に色がついたら、今度はメイクをしてくれた。鏡の私が変わっていく。

「私じゃないみたい」
「仕上げはこれよ。つけれる?」
「初めてよ。ちょっと怖いわ」
「なら、私がつけたげる。動かないで」
「う、うん」

グレーの瞳になってる。

「これ、私…よね?」
「そうよ。オーストリア人で通用するよ」
「そ、そう?」

慣れないコンタクトで眼をパチパチしてる私を見て、マリーが笑う。

「うん。兄さん達に見せよう。絶対驚くよ」

マリーに腕を捕まれて一階に降りて行く。

「兄さん、リリア、見て」

マリーに引き出されて、シドが驚いて私を見つめる。リリアがキッチンから出てきて同じ様に驚いてる。

「あらまぁ。祥子、祥子よね」
「リリア、そんなに見ないで下さい。恥ずかしいです」
「マリー、凄いわ。祥子がここの人みたい。似合うわね」
「でしょ。私の腕も上達してるんだから。あら? 兄さんは見惚(みと)れちゃった?」

シドが何も言わず私を見てるのに気づき、マリーは笑って声を掛けた。シドが慌てて口を開く。

「あ、いや。驚いて」
「恥ずかしいわ」
「似合いますよ。このまま外出しても大丈夫ですよ」

「それじゃ兄さん、出かけよ」
「そうですね。車出しますね」
「え? 私、この姿で?」
「勿論。私の腕を信じて頂戴。外でも大丈夫。ほら、祥子も早く仕度してっ」
「あ、う、うん」

マリーに(うなが)されて急いで部屋に戻って出かける準備をする。
鏡に移る姿を見て驚く。

「うわっ! あ、私か。驚いた」

綺麗な茶色に染まってる。眉毛も同じ色。睫毛だって。それで瞳の色がグレー。

「私じゃないみたい」

この姿で外に行くのは勇気が要るけど、これなら、今日は苅谷祥子じゃなくて良いんだ。



シドの運転する車で植物園に着いた。

「ここなら雨でも大丈夫ですよ」
「そうですね」
「祥子、兄さんも早く!」

マリーが入り口で手を振って急かす。私は皆に見られてる様で恥ずかしい気がしていた。
シドが私の横に来て軽く肩を叩いて先を促す。

「マリーがはしゃいでますね」
「シドと出掛けてるのが楽しいんですよ」
「そ、そうでしょうか」

シドが少し照れた表情を出した。

「えぇ。歳が離れてても兄妹なんですよ。マリーはシドに甘えたいし、心配してるんですよ」
「心配?」

真顔になったシドが私を見る。

「シドの事大切に思っているんですよ。皆」
「…皆」
「皆、シドが変わったって、嬉しそうです」
「嬉しそう」
「はい」

少し間が開いてシドはゆっくり息をはいた。

「…行きましょう」
「はい」

余計な事を言ったかもしれない。だけど、今日迄一緒に過ごしてきて、マリーやリリアやアンデルの会話の隅々で、シドを心配していたのが分かったから。
皆の口に出来ない事を私が伝えていいか迷ったけど言ってみた。

シドがマリーに近づいて声を掛けて笑ってるから…言って良かったのだろう。

「祥子、早く! 置いてっちゃうよ!」
「あ、待って」

三人で温室をゆっくり回って行った。植物園を出たら雨が上がっていた。

「少し寄り道して行きましょう」
「やった! じゃ、兄さん、私、化粧品買いたいんだ」
「マリー、今日は祥子が主役ですよ」
「あ、そうだった。でも、祥子も行きたいよね?」
「いいわよ。私も欲しい物あるから」
「ほぅら、兄さんの負け。行って」
「分かりました」

私も弟をよく使ってたっけ。文句言う弟に理屈つけて言う事()かせてた。



ショッピングモールをマリーに引っ張られて闊歩(かっぽ)する。

「ここよ。ここ。品数が多いの」

店に踏み込んでモアッと独特の香りに包まれた。
シドは男性物のコーナーに向かい、私はマリーと色々見て回る。
私がマニキュアを見てて、取り出そうとした小瓶を横から手が伸びてきて取り出した。

「これですね」

驚いて横を向くとシドが笑って小瓶を振った。透明の紫。

「えぇ。演奏会が続くと減りが早くて欲しかったんです」
「あと、こちらもですね」

先に取り出していた透明のピンク、オレンジ、ラメの入った淡い紫がシドの持っている小さなカゴに入っていった。

「他に必要な物は?」
「え?」
「香水は?」
「香水はいつものを送って貰ってるので大丈夫です」
「そうですか。じゃ、行きましょう」
「え?」
「プレゼントですよ」
「え? あ、ありがとうございます。いいんですか?」
「いいですよ。マリーもそのつもりでしょうから」

「さすが。大当たり」

ヒョコッとシドの後ろから顔を出して、マリーはシドの持ってるカゴにドサッと入れた。

「マリー、程々にして下さい」
「いいじゃない。兄さんが買ってくれるなんて初めてだもん」
「だからといって…」

呆れたようでいて照れた感じでシドが笑った。
カゴの中には男性物の香水も入っていた。

(エリックがつけてるやつだ。覚えておかなきゃ)

レジで包んで貰ってる間に、銘柄を盗み見ている。

お店を出たら、シドがジェラートを私とマリーに買って、他のお店に入っていった。
マリーと二人、ベンチに座って休憩だ。

「祥子の誕生日に便乗しちゃってごめんね。兄さんと出歩けるのが嬉しくて」
「いいのよ。良かったわね」
「うん。とても幸せよ」

通りを行き交う人の流れを見ていて、エリックとシェリルの姿が眼に入った気がした。よく見ようとした時には車の流れが邪魔をした。

暫くしてシドが戻ってきた。

「お待たせしました」
「今度は祥子と兄さんがここで待ってて。欲しい物があるんだ。直ぐ戻るから」

マリーが座ってた場所にシドが座る。

「祥子、疲れましたか?」
「大丈夫です」
「それにしても、変わりますね」

シドが私をマジマジと見て言うから、私は恥ずかしくなってくる。

「そ、そうですか?」
「ここに座ってても違和感無いですよ」
「日本人に見えない?」
「はい。溶け込んでましたよ」
「なら、この後、一人で歩いていいですか? そこの雑貨屋に入りたいんです」

目の前のお店を指すとシドが頷く。

「いいですよ」

マリーが戻ってきて、今度は私が歩いて行く。
振り向いたら、マリーが嬉しそうにシドと話している。

雑貨屋に入って大急ぎで探す。買う物を決めていたから時間は掛からなかった。
全部包んで貰って戻ると、相変わらずマリーはシドを捕まえて嬉しそうに喋っている。

「遠くから見ると恋人みたいよ。お待たせしました」
「あら。そうだった?」

マリーが嬉しそうに答える横で、シドは戸惑った表情を出している。

「シド、別に変じゃないですよ。私だって弟とそう見られた事、何度もありましたから」
「そうですか」

安心したようにシドが笑った。



私達が家に戻ると、テーブルに大きなケーキとご馳走が並んでいた。

「早く下りてきて。バースデイパーティよ」

リリアとアンデルに急かされて大急ぎで手を洗ってうがいして、買って来た物を持って一階に下りた。

「祥子、誕生日おめでとう」

ポンとシャンパンが開けられ、皆のグラスが合わさった。

和やかにお喋りが弾み、笑いが起こる。
本当の家族じゃないけど、暖かい。今日がとても嬉しく感じる。

「祥子、これ、私からプレゼントです」

シドが包みを私に差し出す。

「シド。私、さっきマニキュアを頂いて」
「いいんですよ。あっちはマリーの世話も頼んでしまってるお礼のプレゼントです」
「なら、ありがたく頂きます。ありがとうございます。私からもプレゼントがあります」
「私に?」
「はい。今日楽しかったです。ありがとうございました」

シドに箱を手渡した。

「ありがとう。開けていいですか?」
「はい。私も開けちゃいます」

シドから楽譜を入れておくファイルケースだ。

「シド、ありがとうございます。前のがボロボロになってたから…あ、知ってたんですね」
「はい。あっちで吹いてた時にね。私にはペーパーナイフですか。ありがとうございます。もう使えなくなっていたので助かります」
「祥子、次は私からよ。はい。おめでとう」
「マリー、ありがとう。マリーにもあるのよ。今日は変身させてくれてありがとう」
「私にもいいの? ありがとう!」

マリーからは、レターセットと万年筆だ。

「日本から手紙来てるでしょ。返事書くのに使ってね」
「ありがとう。凄く綺麗な柄ね。万年筆も早速使わせて貰うね」
「あ、私のはメイク用のブラシとか。わぁ! 一式揃ってる。ありがとう!」

リリアは、料理の本をくれた。

「私の愛用してるのと同じ本よ」
「これ一冊で何でも作れる気になるわ。ありがとう。だけど、まだまだ教えて下さいね」
「もちろんよ。伝授するわよ」

アンデルが来て小物入れをくれた。

「使ってくれ」
「ありがとうございます。イヤリングとか入れとく箱が欲しかったんです。これ使わせて貰います」

私はリリアにエプロン、アンデルには庭仕事用の手袋をプレゼントした。



パーティが終り、部屋に入ってプレゼントに囲まれて嬉しくなっている。

だから、今日の最後には。

「エリックったらどうしたのかしら」

 メッセージをお願いします
「エリック。祥子です。あのね、今日、私ひとつ歳をとったの」

本人が出ると思っていたから、焦ってしまった。どの位録音出来るんだろう。どうメッセージに残せばいいんだろう。言いたい事が分からなくなった。

「黙っててごめんなさい。おやすみなさい」

何言えばいいか分からなくなった結果、変なメッセージになってしまった。

「あぁ。私ったらバカなメッセージ残しちゃって。切っちゃえば良かった」

それでも今日はまだ終わらない。メッセージを聞いてエリックから「おめでとう」を貰えるかもしれない。


「疲れちゃったのかな」


今日が昨日に切り替わった。



- #42 F I N -
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み