#39 愚痴 <祥子視点>
文字数 4,938文字
今日は小さな会場での公演だけど緊張してる。司会者がいて、質問されたりの公演になる。
舞台の準備を確認して、控え室でフルートの調律をしてたら女の子が入ってきた。
一緒に演奏する子だ。先日行われた国際コンクールで優勝した、シェリル・ランバード。大学2年生だ。打ち合わせの時には顔を出さなかった。具合が悪いという理由で代理の人が来ていた。
シェリルが私を見て、そのまま椅子に座った。
(緊張してるからか。私もそうだったっけ)
そう思ったので、私から声を掛ける。
「こんにちは。今日はよろしくね」
「えぇ」
(無愛想だ)
シェリルはニコリともしないで、ため息をついた。その途端、口に手を当てて部屋を出ていった。
「緊張しすぎて気持ち悪くなったのかしら。初めての公演なのかな」
私は呆然 と部屋に残されている。
暫くして戻ってきたシェリルは、さっきと同じように椅子に座る。私には興味ないようにジッと座ってる。時折、気持ち悪いのか口にハンカチを当てていた。
「大丈夫?」
「えぇ」
返ってくる言葉がそれだけだから、私もコミュニケーションをとる気力が失せる。
またシェリルが部屋を出て行った。
司会者が挨拶に来て雑談をしてる間も、シェリルはニコリともしないで口にハンカチを当てていた。
☆
公演が始まる。司会者がシェリルと私を紹介して、質問を向ける。シェリルは笑顔で答えていく。
(さすがねぇ)
私はシェリルを横で見ながらそう思っていた。
舞台度胸だ。私にもあるって言われたけど、シェリルは大学生で既に舞台度胸を備えているんだ。脱帽だ。
シェリルが先に演奏する。美女と野獣より。
確かに上手だ。イメージも載っている。さすがに優勝とるだけの技術だ。音が滑らかに繋がっていく。
そのまま、白雪姫に入って行く。途中から私も入っていく。
(え?)
シェリルの音と合わせて私は混乱する。
この音に合わせられない。この音を惹きたてる事が出来ない。
シェリルの音に付入る隙が無いんだ。他の音に影響されないし、影響も与えない。合わせようものなら、私の音が壊されてしまう。頑なに自分の音を守っている。
イメージは合っているのに、シェリルは私の音を受け取ってくれない。
(そうくるのなら、オペラと同じよ。ピアノの音は声)
譜面通りに丁寧に、ピアノの音を載せるだけ。
折角のデュオなのに面白くない。
曲が終って司会者が私に質問を向ける。初めはウィーンの印象とか、楽団の演奏会の事だった。それが、よくある話題に流れていく。
「今日のテーマはプリンセスです。物語では王子様が現れますが、お二人の王子様はもう現れてるんでしょうか? まずは苅谷さんに聞いてみましょう」
「ここで言うならフルートが王子様とでもしておきましょうか(恥ずかしい事言わせないでよ)」
「上手くお逃げになりましたね。では、ランバードさんは?」
シェリルは笑わないで不自然な表情だった。泣き出しそうな、怒ったような。どっちなんだろう。
「答えたくないです」
シェリルが冷たく言い放ったから、司会者が焦ってる。
「まだお若いからこれからの楽しみなのかな。で、では、次の曲を苅谷さんにお願いします」
シンデレラを吹いていく。ソロだから自分のイメージでどんどん情景を載せていく。
シェリルがジッと私を見ている。
曲が眠れる森の美女に移る。そして、人魚姫。
シェリルとのデュオになるが、さっきと変わらない。シェリルの音と交 われない。
アラジンに移り、美女と野獣に戻る。
公演が終わったのにスッキリしない。
☆
三日間、シェリルはずっと同じ態度だった。控え室ではハンカチとお友達してるし、司会者や私とも雑談はしなかった。唯一、最終日の別れる時に話しただけだ。
「苅谷さん、三日間ありがとう」
「こちらこそありがとう」
「あなたの王子様ってエリック・ランガーよね」
「え? あ、そうよ」
「私の大学の卒業生よ」
「そうなの」
「えぇ。あ、そうだ。苅谷さんのつけてる香水って何?」
「ありがと。これSAKURAって言う香水なの」
「SAKURAね。日本の花の名前よね」
「そうよ」
それだけだった。
☆
私のつけてる香りが気にいったから聞かれたのだろうか。体調が悪くても大丈夫だったって事なんだろうか。
「あ、香水の香りが苦手だったのかも。司会者の人も化粧品の香りがプンプンしてたし。それで気持ち悪くなってたのか」
香水つけてて悪い事しちゃった。おまけに私のつけてる香水名までシェリルの嫌なものに位置付けられた気がする。
「あぁ~。嫌われちゃったって事だったのかぁ!」
頭を抱えていたら、クスリと笑い声が耳に入る。
家に帰ってきて、次の練習をしていたんだった。顔を向けたらマリーだ。
「どしたの? 誰に嫌われちゃったの?」
「マリー、聞いて頂戴」
「いいわよ。じゃ、準備しなきゃ」
「え? ここでいいよ」
「ほら、こっちこっち」
マリーにリビングにつれてかれて壜が出される。
「つまみ出すわ」
「いいのに」
「駄目。またシドに迷惑かけちゃうから。マリーだって怒られたくないでしょ」
「そうねぇ」
今回は醜態 を晒 さない為に、つまみになる物を持ち出してくる。
クラッカーとチーズ。そして、エリックから貰ったチョコを少し。
「あら、チョコレートも?」
「ワインとも合うのよ」
「へぇ」
飲みだして直ぐにシドが帰ってきた。呆れた様にマリーと私を見て、テーブルの上の壜に視線を移す。
「また二人で飲んでるんですか。程々にして下さいよ」
「兄さんも仲間に入らない? 今、祥子の愚痴、聞いてたのよ」
「マリーったら、愚痴じゃないわよ。ちょっと気になった事よ」
「なら、聞いといたほうがいいですね」
「あ、シド、夕飯は?」
「食べてきました」
「なら、なら…あ、聞く程いい話じゃないのに」
シドがグラスを持ってきちゃったから諦める。私は愚痴っぽい女に位置づけられたかもしれない。それも大酒飲みになってる。
「もういいです。飲んじゃいます!」
酔いに任せて、シドとマリーに愚痴こぼしてる。本当に愚痴になってる。王子様を聞かれた話になったら、マリーが吹きだした。
「何それ? 王子様なんて言わないよねぇ。で、祥子はどう答えたの? まさか真面目に答えちゃったりして」
「ちゃんと「フルートが王子様です」ってバカみたいな事言ったわよ」
「祥子ったら。今考え中ですって言えばいいのに。あははは。可愛い~」
「あ、そっか。そのほうが大人っぽい答えよね。シェリルは大人の答えだったのよ。「答えたくない」って。もう私がバカみたいな大人になって、恥ずかしかったわよ。司会者も焦った位よ」
「シェリルってランバードよね?」
「そうよ。エリックと同じ大学だって言ってたわよ。マリー、知ってるの?」
「うん。知ってる。同じ大学だもん。兄さんとも一緒になるね」
「そうですね。そう記事に載ってましたしね」
シドが答えたら、マリーが頷いて続ける。
「シェリルって彼氏居るよ。よく腕組んで歩いてるの見てる」
「あらまあ」
それから、シェリルの演奏についての話になったら、シドが口を挟んだ。
「今日、さっきの話になりますが、シェリルのほうから今度の定期演奏会で一緒にやらせて欲しいと依頼が来たんですよ」
「どうして? そんな事出来るんですか?」
「異例ですが、祥子の時がありますから」
「あ。私、私ね」
思い出した。私は突然呼び出されて演奏するはめになったんだ。
マリーがワインの壜を持って立ち上がる。
「兄さんが仕事の話にしちゃうのなら、私はお邪魔か。残念だけど今日はここまでで退散するね。じゃ、祥子、おやすみ」
「マリーごめんね。おやすみなさい」
「兄さんも、おやすみ」
「あぁ。悪かったね。おやすみ」
マリーがリビングから出て行ったのを見て、シドが話し出す。
「祥子の時は直前でしたが、今度はまだ日がありますからね。それで、今日はガド爺のトコに行ってたんですよ」
「今度の指揮はガド爺なんですね。久々で嬉しいです」
「ガド爺も同じ事言ってましたよ。祥子の音が楽しみだと」
「嬉しいわ」
ガド爺の指揮は、私がこの楽団で最初に吹いた(吹かされた)時以来だ。あれから色々あって、それでも私はここで吹いている。今の私の音をガド爺はどう引き出していくのだろう。楽しみだ。
「上のほうとも話し合って、シェリルの依頼を受けてみようとなりました。ピアノ協奏曲を含めて三曲をガド爺が選曲してますよ」
「あ”~」
「祥子はシェリルの音が苦手みたいですね」
「だって、音なのにヒトツに出来ないんですよ。シェリルに合わせると、私の音が壊されちゃう感じなのよ。お陰でデュオになる曲は無表情な音にしなきゃならなくて、つまらなかった」
酔いに任せて言っちゃった。
「今日の最後は何でした?」
「美女と野獣でした。三日間、この曲のデュオで終わってました。三日間共、私はコンピューターの音みたいに吹いていましたよ」
「おやおや。それは面白くないですね」
「そうなんですよ。分かります? シェリルの音はソロのままなんですよ。私の音なんか要らないって」
愚痴だ。愚痴こぼしてる。
「そんな音と定期演奏会で合わせるなんて出来ないわ」
愚痴からワガママになってる。
「それは困りましたね。祥子には出て貰わないと困りますしね。じゃ、ちょっと祥子の気分を紛らわせてあげましょうか。フルートは、ありますね。じゃ、大部屋に行きましょう」
「え? はいっ!」
シドが暖炉の上のフルートケースを持って、私を大部屋に促 す。私は驚きながらも嬉しくなってシドの後に続く。
大部屋に入ると、シドはゆっくりとフルートケースを開けた。ケースの中のフルートは綺麗なまま収まっている。
「綺麗なフルートですね」
そう私の口から出て行った。
「えぇ。吹くのを辞めてから手入れもしていなかったんですが」
ゆっくりとシドが組み立てていった。
「祥子、Aをお願いします」
「はい」
私がAの音を吹くと、シドのフルートから同じAの音が出る。
私とシドの音がヒトツになった。この感じ、これをシェリルのピアノと感じたかった。
シドが唇を離して私に声を掛ける。
「美女と野獣でいいですか?」
「楽譜は」
「要りませんよ。昔よく吹いてました」
一緒に吹き始める。同じフルートだけど、楽器によって、奏者によって音が異なる。それをヒトツにする。シドは優しく吹いてくる。誰にも邪魔されずに踊る二人。この大部屋で踊ってるのが眼に浮かぶようだ。シドと女の人がゆっくりとステップを踏んで行く。
夢が覚めるように曲が終る。
「シド、ありがとうございます」
「気が紛れたかな?」
「はい」
「祥子にはどんな音にでも合わせられる奏者になって欲しいです。もし、シェリルの音と反発するのなら、自分の音を無表情でも壊さない様にして下さい」
「はい」
「シェリルはまだコンクールの調子で弾いているんでしょう。自分の音を誇示したい時期なのかもしれませんね」
「そんな気がします。自分の音を守ってる印象を受けました」
シドがフルートをケースにしまうのを見ながら、尋ねている。
「シドはこの部屋で踊った事があるんですね」
カチリとケースのしまった音がして、シドの動作が止まったように見えた。直ぐにシドの視線が部屋の中央に向けられた。
「音を流して踊りましたよ。分かりましたか?」
「そんなイメージを受け取ったから」
「祥子の耳には驚かされますね。祥子は踊った事がありますか?」
「無いです。日本で舞踏会って無いと思います」
「このへんでは、まだありますよ。学生だって、何かのパーティで踊りますよ。最近じゃディスコになってるようですけどね」
「伝統なんでしょうか」
「そうでしょうね。おや、もうこんな時間ですね」
私も時計を見る。0時を過ぎていた。
「シンデレラが帰る時間ですね」
「祥子はガラスのシンデレラって言われてましたね。明日はその硝子との仕事ですよ」
「はい。久々に日本語三昧してきます」
自分の部屋に戻ると携帯に着信してるのが眼に入った。
「エリックからだ」
メッセージが入っていたから聞く。
「祥子、今日はどんな調子だった? 落ち込んだらチョコ食べてくれよ」
本当だったら、愚痴がエリックに向けられてた筈だけど、マリーとシドに愚痴を吐き出したから、大丈夫。
「それにエリックのチョコもあるから」
一粒口に入れた。エリックとの甘いキスを思い出した。
- #39 F I N -
舞台の準備を確認して、控え室でフルートの調律をしてたら女の子が入ってきた。
一緒に演奏する子だ。先日行われた国際コンクールで優勝した、シェリル・ランバード。大学2年生だ。打ち合わせの時には顔を出さなかった。具合が悪いという理由で代理の人が来ていた。
シェリルが私を見て、そのまま椅子に座った。
(緊張してるからか。私もそうだったっけ)
そう思ったので、私から声を掛ける。
「こんにちは。今日はよろしくね」
「えぇ」
(無愛想だ)
シェリルはニコリともしないで、ため息をついた。その途端、口に手を当てて部屋を出ていった。
「緊張しすぎて気持ち悪くなったのかしら。初めての公演なのかな」
私は
暫くして戻ってきたシェリルは、さっきと同じように椅子に座る。私には興味ないようにジッと座ってる。時折、気持ち悪いのか口にハンカチを当てていた。
「大丈夫?」
「えぇ」
返ってくる言葉がそれだけだから、私もコミュニケーションをとる気力が失せる。
またシェリルが部屋を出て行った。
司会者が挨拶に来て雑談をしてる間も、シェリルはニコリともしないで口にハンカチを当てていた。
☆
公演が始まる。司会者がシェリルと私を紹介して、質問を向ける。シェリルは笑顔で答えていく。
(さすがねぇ)
私はシェリルを横で見ながらそう思っていた。
舞台度胸だ。私にもあるって言われたけど、シェリルは大学生で既に舞台度胸を備えているんだ。脱帽だ。
シェリルが先に演奏する。美女と野獣より。
確かに上手だ。イメージも載っている。さすがに優勝とるだけの技術だ。音が滑らかに繋がっていく。
そのまま、白雪姫に入って行く。途中から私も入っていく。
(え?)
シェリルの音と合わせて私は混乱する。
この音に合わせられない。この音を惹きたてる事が出来ない。
シェリルの音に付入る隙が無いんだ。他の音に影響されないし、影響も与えない。合わせようものなら、私の音が壊されてしまう。頑なに自分の音を守っている。
イメージは合っているのに、シェリルは私の音を受け取ってくれない。
(そうくるのなら、オペラと同じよ。ピアノの音は声)
譜面通りに丁寧に、ピアノの音を載せるだけ。
折角のデュオなのに面白くない。
曲が終って司会者が私に質問を向ける。初めはウィーンの印象とか、楽団の演奏会の事だった。それが、よくある話題に流れていく。
「今日のテーマはプリンセスです。物語では王子様が現れますが、お二人の王子様はもう現れてるんでしょうか? まずは苅谷さんに聞いてみましょう」
「ここで言うならフルートが王子様とでもしておきましょうか(恥ずかしい事言わせないでよ)」
「上手くお逃げになりましたね。では、ランバードさんは?」
シェリルは笑わないで不自然な表情だった。泣き出しそうな、怒ったような。どっちなんだろう。
「答えたくないです」
シェリルが冷たく言い放ったから、司会者が焦ってる。
「まだお若いからこれからの楽しみなのかな。で、では、次の曲を苅谷さんにお願いします」
シンデレラを吹いていく。ソロだから自分のイメージでどんどん情景を載せていく。
シェリルがジッと私を見ている。
曲が眠れる森の美女に移る。そして、人魚姫。
シェリルとのデュオになるが、さっきと変わらない。シェリルの音と
アラジンに移り、美女と野獣に戻る。
公演が終わったのにスッキリしない。
☆
三日間、シェリルはずっと同じ態度だった。控え室ではハンカチとお友達してるし、司会者や私とも雑談はしなかった。唯一、最終日の別れる時に話しただけだ。
「苅谷さん、三日間ありがとう」
「こちらこそありがとう」
「あなたの王子様ってエリック・ランガーよね」
「え? あ、そうよ」
「私の大学の卒業生よ」
「そうなの」
「えぇ。あ、そうだ。苅谷さんのつけてる香水って何?」
「ありがと。これSAKURAって言う香水なの」
「SAKURAね。日本の花の名前よね」
「そうよ」
それだけだった。
☆
私のつけてる香りが気にいったから聞かれたのだろうか。体調が悪くても大丈夫だったって事なんだろうか。
「あ、香水の香りが苦手だったのかも。司会者の人も化粧品の香りがプンプンしてたし。それで気持ち悪くなってたのか」
香水つけてて悪い事しちゃった。おまけに私のつけてる香水名までシェリルの嫌なものに位置付けられた気がする。
「あぁ~。嫌われちゃったって事だったのかぁ!」
頭を抱えていたら、クスリと笑い声が耳に入る。
家に帰ってきて、次の練習をしていたんだった。顔を向けたらマリーだ。
「どしたの? 誰に嫌われちゃったの?」
「マリー、聞いて頂戴」
「いいわよ。じゃ、準備しなきゃ」
「え? ここでいいよ」
「ほら、こっちこっち」
マリーにリビングにつれてかれて壜が出される。
「つまみ出すわ」
「いいのに」
「駄目。またシドに迷惑かけちゃうから。マリーだって怒られたくないでしょ」
「そうねぇ」
今回は
クラッカーとチーズ。そして、エリックから貰ったチョコを少し。
「あら、チョコレートも?」
「ワインとも合うのよ」
「へぇ」
飲みだして直ぐにシドが帰ってきた。呆れた様にマリーと私を見て、テーブルの上の壜に視線を移す。
「また二人で飲んでるんですか。程々にして下さいよ」
「兄さんも仲間に入らない? 今、祥子の愚痴、聞いてたのよ」
「マリーったら、愚痴じゃないわよ。ちょっと気になった事よ」
「なら、聞いといたほうがいいですね」
「あ、シド、夕飯は?」
「食べてきました」
「なら、なら…あ、聞く程いい話じゃないのに」
シドがグラスを持ってきちゃったから諦める。私は愚痴っぽい女に位置づけられたかもしれない。それも大酒飲みになってる。
「もういいです。飲んじゃいます!」
酔いに任せて、シドとマリーに愚痴こぼしてる。本当に愚痴になってる。王子様を聞かれた話になったら、マリーが吹きだした。
「何それ? 王子様なんて言わないよねぇ。で、祥子はどう答えたの? まさか真面目に答えちゃったりして」
「ちゃんと「フルートが王子様です」ってバカみたいな事言ったわよ」
「祥子ったら。今考え中ですって言えばいいのに。あははは。可愛い~」
「あ、そっか。そのほうが大人っぽい答えよね。シェリルは大人の答えだったのよ。「答えたくない」って。もう私がバカみたいな大人になって、恥ずかしかったわよ。司会者も焦った位よ」
「シェリルってランバードよね?」
「そうよ。エリックと同じ大学だって言ってたわよ。マリー、知ってるの?」
「うん。知ってる。同じ大学だもん。兄さんとも一緒になるね」
「そうですね。そう記事に載ってましたしね」
シドが答えたら、マリーが頷いて続ける。
「シェリルって彼氏居るよ。よく腕組んで歩いてるの見てる」
「あらまあ」
それから、シェリルの演奏についての話になったら、シドが口を挟んだ。
「今日、さっきの話になりますが、シェリルのほうから今度の定期演奏会で一緒にやらせて欲しいと依頼が来たんですよ」
「どうして? そんな事出来るんですか?」
「異例ですが、祥子の時がありますから」
「あ。私、私ね」
思い出した。私は突然呼び出されて演奏するはめになったんだ。
マリーがワインの壜を持って立ち上がる。
「兄さんが仕事の話にしちゃうのなら、私はお邪魔か。残念だけど今日はここまでで退散するね。じゃ、祥子、おやすみ」
「マリーごめんね。おやすみなさい」
「兄さんも、おやすみ」
「あぁ。悪かったね。おやすみ」
マリーがリビングから出て行ったのを見て、シドが話し出す。
「祥子の時は直前でしたが、今度はまだ日がありますからね。それで、今日はガド爺のトコに行ってたんですよ」
「今度の指揮はガド爺なんですね。久々で嬉しいです」
「ガド爺も同じ事言ってましたよ。祥子の音が楽しみだと」
「嬉しいわ」
ガド爺の指揮は、私がこの楽団で最初に吹いた(吹かされた)時以来だ。あれから色々あって、それでも私はここで吹いている。今の私の音をガド爺はどう引き出していくのだろう。楽しみだ。
「上のほうとも話し合って、シェリルの依頼を受けてみようとなりました。ピアノ協奏曲を含めて三曲をガド爺が選曲してますよ」
「あ”~」
「祥子はシェリルの音が苦手みたいですね」
「だって、音なのにヒトツに出来ないんですよ。シェリルに合わせると、私の音が壊されちゃう感じなのよ。お陰でデュオになる曲は無表情な音にしなきゃならなくて、つまらなかった」
酔いに任せて言っちゃった。
「今日の最後は何でした?」
「美女と野獣でした。三日間、この曲のデュオで終わってました。三日間共、私はコンピューターの音みたいに吹いていましたよ」
「おやおや。それは面白くないですね」
「そうなんですよ。分かります? シェリルの音はソロのままなんですよ。私の音なんか要らないって」
愚痴だ。愚痴こぼしてる。
「そんな音と定期演奏会で合わせるなんて出来ないわ」
愚痴からワガママになってる。
「それは困りましたね。祥子には出て貰わないと困りますしね。じゃ、ちょっと祥子の気分を紛らわせてあげましょうか。フルートは、ありますね。じゃ、大部屋に行きましょう」
「え? はいっ!」
シドが暖炉の上のフルートケースを持って、私を大部屋に
大部屋に入ると、シドはゆっくりとフルートケースを開けた。ケースの中のフルートは綺麗なまま収まっている。
「綺麗なフルートですね」
そう私の口から出て行った。
「えぇ。吹くのを辞めてから手入れもしていなかったんですが」
ゆっくりとシドが組み立てていった。
「祥子、Aをお願いします」
「はい」
私がAの音を吹くと、シドのフルートから同じAの音が出る。
私とシドの音がヒトツになった。この感じ、これをシェリルのピアノと感じたかった。
シドが唇を離して私に声を掛ける。
「美女と野獣でいいですか?」
「楽譜は」
「要りませんよ。昔よく吹いてました」
一緒に吹き始める。同じフルートだけど、楽器によって、奏者によって音が異なる。それをヒトツにする。シドは優しく吹いてくる。誰にも邪魔されずに踊る二人。この大部屋で踊ってるのが眼に浮かぶようだ。シドと女の人がゆっくりとステップを踏んで行く。
夢が覚めるように曲が終る。
「シド、ありがとうございます」
「気が紛れたかな?」
「はい」
「祥子にはどんな音にでも合わせられる奏者になって欲しいです。もし、シェリルの音と反発するのなら、自分の音を無表情でも壊さない様にして下さい」
「はい」
「シェリルはまだコンクールの調子で弾いているんでしょう。自分の音を誇示したい時期なのかもしれませんね」
「そんな気がします。自分の音を守ってる印象を受けました」
シドがフルートをケースにしまうのを見ながら、尋ねている。
「シドはこの部屋で踊った事があるんですね」
カチリとケースのしまった音がして、シドの動作が止まったように見えた。直ぐにシドの視線が部屋の中央に向けられた。
「音を流して踊りましたよ。分かりましたか?」
「そんなイメージを受け取ったから」
「祥子の耳には驚かされますね。祥子は踊った事がありますか?」
「無いです。日本で舞踏会って無いと思います」
「このへんでは、まだありますよ。学生だって、何かのパーティで踊りますよ。最近じゃディスコになってるようですけどね」
「伝統なんでしょうか」
「そうでしょうね。おや、もうこんな時間ですね」
私も時計を見る。0時を過ぎていた。
「シンデレラが帰る時間ですね」
「祥子はガラスのシンデレラって言われてましたね。明日はその硝子との仕事ですよ」
「はい。久々に日本語三昧してきます」
自分の部屋に戻ると携帯に着信してるのが眼に入った。
「エリックからだ」
メッセージが入っていたから聞く。
「祥子、今日はどんな調子だった? 落ち込んだらチョコ食べてくれよ」
本当だったら、愚痴がエリックに向けられてた筈だけど、マリーとシドに愚痴を吐き出したから、大丈夫。
「それにエリックのチョコもあるから」
一粒口に入れた。エリックとの甘いキスを思い出した。
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