#61 居候 <祥子視点>

文字数 8,491文字

クリスマスイブの朝にロンドンからシドの家に帰った私は、そこで初めてシドのお父さんとお母さんに会った。シドが私の事を伝えてる、と言っていたけれど、私は恐縮(きょうしゅく)してビクビクしていた。シドのお父さんはちょっと怖そうな感じがしたから。

「この格好ですみません。祥子・苅谷です。お留守の間にお世話になってて申し訳ございません」

シドのお父さんとお母さんを前に、緊張して挨拶した。それも、私は車椅子だから座ったまま。普通だったら無礼な事だ。

「シドから聞いていました。あなたの事は知ってます。ルナ、いらっしゃい。すっかり大きくなって。フランクから連絡貰って大急ぎで帰ってきましたよ」

シドのお父さんが私に無愛想(ぶあいそう)に答えてから、ルナには、にこやかに声を掛ける。
この対応にショックを受けた私の前に、シドのお母さんが近寄って来てしゃがみこむ。

「あなたが祥子ね。体のほうは大丈夫?」
「ありがとうございます。見た目重症ですが、もう大丈夫なんですよ」

そう言ったら、シドのお母さんは笑ってくれた。

「シドがお世話になったわね」
「私のほうこそお世話になってます」
「マリーとリリアから聞いてるわ。あなたがこの家に来てから、シドが変わったって」
「いえ。私は何も」
「あの子のあんな顔、久々に見てるのよ。ルナと幸せそうにして」

シドのお母さんが眼を細めてシドを見る。シドはルナの横で笑ってお父さんと喋っている。
私の手が握られる。その手は暖かくて綺麗に爪が飾られている。

「私と主人は祥子に心から感謝しているのよ。ありがとう」

そう言ってから、私の手を離し、シド達のほうに移動した。
私はシドのお父さんが私に感謝してるとは思えなかった。

「そだ。仕事。準備して行かなきゃ」

夜の部の演奏会が入ってる。車椅子を動かして階段まで行く。そこから松葉杖で二階に上がる。荷物はアンデルが運び込んでくれていた。
すっかり馴染んでるこの家だけど、居候(いそうろう)だったのを思い出す。私の荷物があるから、ここに帰って来たけど、私の住む家はここじゃないんだ。

「ここを出なきゃ。今晩、荷物纏めて明日アパートに帰ろう」

居心地のいいここから離れたくないけど、ここに居る理由はもう無いんだ。

アンデルが演奏会の会場迄、車で送ってくれる事になっている。フルートケースと楽譜をカバンに突っ込んで肩にかける。今日の服はレンタルショップから会場に届けて貰っている。部屋を出て階段を下りる。
一階から楽しそうなお喋りが聞こえてくる。この家のあるべき姿なのかもしれない。
階段を上るより下りるほうが怖い。ゆっくりと下りていく。

リビングからシドのお父さんが出てきて、階段を下りる私を見上げ、その場で立ち止まった。それを眼にして私は(あせ)る。何か言われるのだろうか。それとも、私が何か言わなきゃいけないか。
私があと少しで下りきる時、シドのお父さんが車椅子を私に向けた。

「ありがとうございます。でも、ごめんなさい。これから演奏会なので出かけるんです」
「そう」

しらけた空気になった。折角の親切が無駄になって、シドのお父さんは車椅子に手を掛けたまま立ち尽くしてしまってる。

「あ、あの」
「…」
「お願いしていいですか?」
「何?」
「玄関、開けて頂けると嬉しいです。お願いします」
「そう」

シドのお父さんが私を追い抜いて玄関の扉を開けてくれた。

「ありがとうございます」
「…」

アンデルの運転する車が待っている。シドのお父さんは、車の戸も開けてくれた。

「すみません。ありがとうございます」
「…」
「え?」

シドのお父さんが手で、私に奥に行くように言うから、言われた通りに奥に詰めた。その空いた席にシドのお父さんが乗り込んだ。フワリと煙草の香りがした。そういえば、テーブルの上に灰皿が出てて何本か吸殻(すいがら)が入ってたのを思い出した。

「アンデル、頼んだよ」
「はい。旦那様」

(ちょ、ちょっと。これ何? どうなってんの?)

息の詰まる車内になってる。困った。この状態は何を意味するんだろう。シドのお父さんは喋らない。私を見る事もしない。でも手が動いたから、私はギクリとその動作を凝視する。手は胸ポケットから煙草の箱を少し出して止まり、箱を元の様に押し込んだ。

「あ、あの」

私が喋ったら、私を見てくれた。

「何?」
「私がお世話になってる理由、ご存知だと思いますが」
「ランスの件であなたはウチに居る」
「そうです。で、わ、私、明日、自分のアパートに戻ります」
「どうして?」

こう答えが返ってくるとは思わなかった。

「え? だ、だって、ランスが捕まったから」
「…」
「だから、これ以上ご迷惑掛けられません」
「そう」

話が続かない。シドのお父さんは有名な演出家。なのに不思議な人だ。私に興味を示してる風もなく、それでも一緒に車に乗ってるのは何故?
演奏会の会場に着いてホッとしている。裏口に車を着けてくれたが、シドのお父さんが動かなかったから、乗ったドアとは反対のドアから車を降りた。
車に乗るのより、下りるほうが容易(たやす)く出来る。
アンデルがカバンを出してくれる。

「大丈夫かい」
「はい。ありがとうございました。帰りは友人と食事して来ますので、タクシー使います」
「何かあったら連絡よこせばいい」
「ありがとうございます」

アンデルが手を上げて車は走っていった。
私は大きなため息をついてから建物に入り、着替えをして貴重品をロッカーに預け、楽屋に向かう。

「祥子!」
「え? わぁっ!」

楽屋に入ったらミリファが一番に気づき、駆け寄って私に抱きついた。

「ミリファ。ただいま」

違う。ミリファに会ったら一番最初にこう言いたいんだ。

「ミリファ。ありがとう。本当にありがとう。私、ミリファと知り合えて、友達になれたのが、最高の財産に思うわ」
「うん。うん。うん」

ミリファが動いてくれたのを聞いて、私の為にここまでしてくれる友達が居た事に嬉しくなった。大切にしたいと思った。だから、それを伝えたかった。
征司が近づいてきて、私に笑いかけてからミリファに声を掛ける。

「ほら、ミリファ、感動の再会もそこまでだ」
「そ、そうね。祥子、直ぐ合わせましょ。本番迄時間が無いのよ」

私から離れたミリファは眼を(こす)る。征司が私のカバンを持ってくれる。

「祥子なら大丈夫だと思うが」
「そんな征司だって、祥子と合わせたいんでしょ?」
「勿論だ」
「私も祥子の音と早く合わせたいのよ」
「ロンドン公演でのエリックとのデュオが最高の評価を受けてたからな」

それは知らなかった。そんな私の顔を見てミリファが言う。

「祥子は新聞読まなきゃダメよ」
「そうね」
「って、私も読んでないけどさ」
「一緒ね」

すれ違う楽団員から声を掛けられて「戻ってきた」って実感してる。私の居場所だ。
そして、もうひとつ私の居場所がある。

練習部屋に入る。その姿を眼にして嬉しくなる。

「祥子、遅いぞ。早く合わせよう」
「うん」

朝、一緒に飛行機に乗って帰ってきたのに、今、会えて嬉しく思う。

「エリック。最高の音を」
「祥子も」

静かに四つの音がひとつになった。



演奏会を終えて、四人で食事をしに入る。

「今日の祥子の音、明日の新聞に載るな」

征司が私を見る。ミリファが頷いて口を開く。

「そりゃそうよ。あ? あら? あらら。祥子、エリック、左手開いて見せて」
「何?」
「ん?」

エリックと私は、ミリファに左手を見せる。

「征司、見て。この二人、指輪はめてるわよ」
「おっ。そうだな。エリック、やったな」
「「 あっ 」」

征司とミリファに言われて、エリックと私は同時に拳を作った。
エリックにプロポーズされたのは昨夜。指輪をはめたのも昨夜。
私がエリックを見たら照れながら笑ってくれた。

「そうさ。もう祥子と離れたくないんだ。式はまだ先だけど」

そう言って私を見るから頷いて返す。

「今は恋人の時間が欲しいんだ。だから、これは祥子と俺の約束の指輪なんだ」

昨夜、「もう少し、恋人の時間が欲しいね」って、エリックと話した。だから「約束の指輪」。

「祥子、良かったわね」
「うん」

ミリファが征司に視線を向ける。

「征司、私も欲しいなぁ」
「ミリファ、俺も恋人の時間が欲しいんだ」
「もう充分ではありませんかぁ?」
「エリック達に影響されるんじゃない」
「征司はもうっ!」

プッとむくれたミリファを見て、笑ってしまった。

「大丈夫よ。ミリファもうんと素敵な指輪、征司から貰えるわよ」
「そうよね。ワクワクして待ってよっと」
「祥子! ミリファに吹き込まないでくれっ」

大慌ての征司を見て笑いが起こった。



エリックがタクシーを拾ってくれた。エリックの家を通るから一緒に帰れる。

「この近くで開いてるお店ってあるかしら。皆にはロンドンのお土産をクリスマスプレゼントにしたんだけど、シドのご両親が帰っているとは思わなくて何も用意してないのよ。家に居候してるのに」
「何を贈るんだい?」
「決まってないのよ。今日会ったばかりだから、何が好きなんて分からなくて」
「近くのショッピングモールで降ろして貰おう。今日は夜遅くまで開いてるから」
「うん」

タクシーを降りて、エリックは私をバーに連れ込んで椅子に座らせる。

「これ、ワインだけど熱いから気をつけて。体が温まるよ。飲んで待ってて」
「うん。 ? 」

エリックが私を置いて店を飛び出して行った。置かれたカップには赤ワインが入ってる。でも湯気が出てる。口にする。

「あ、美味しい。こんな飲みかたも美味しいんだ」

体の中から温まる。
5分程して戻ってきたエリックは走って来たように汗をかいていた。紙を私に差し出す。

「祥子。こんな感じだ。店はまだ開いてるって」

紙には、このバーの周りのお店で何が売られてるかが書かれていた。
私が松葉杖だから、出来るだけ動かないようにしてくれたんだ。

「エリック、ありがとう。私が考えてる間、休んでて。冷たいの頼むわね」
「あぁ。ありがとう」

エリックの為にビールを頼んで、私は紙を見て考えていく。
花屋、ジュエリー、薬、化粧品、雑貨、本、ファッション、靴、お菓子・・・

「下手に高いのは駄目よね」
「会って気づいた事は?」
「シドのお父さんは不思議な人よ。無愛想なの。会話にならないのよ」
「へぇ。とにかく喋ってるって雑誌に出てたけどなぁ。私生活は無口なのかな」
「違うの。私にだけなのよ。ルナには愛想良く話すのに、私には「そう」って会話が終っちゃうのよ。嫌われてるのかしら」
「まさか。祥子が嫌われるなんて無いだろ」
「人の好みは分からないのよ。その人にクリスマスプレゼントなんて、困ったわ」
「身につけてた物とか、何か飲んでたとか、気づかなかったかい?」
「そうねぇ…あ、こんなのなら思い出せるけど」
「何?」

エリックに話す。それしか思い浮かばなかったから買いに行った。買ってお店を出てタクシーを拾いに歩く。

「子供のお使いみたいだわ。呆れられても明日、シドの家を出るからいいけど」
「アパートに戻るのかい?」
「えぇ。もう居る理由が無くなったもの」
「でも、まだ脚が。一人だと不便になるよ」
「もうこの脚に慣れたわ」
「練習所や演奏会に行くのが大変だろ」
「大丈夫よ」
「だけど…」

エリックが心配してるのが分かる。

「大丈夫だってば。あ、そうだ。エリックにもクリスマスプレゼント。ロンドンのお土産じゃなくて何か」

立ち止まってぐるりとお店を見回すと、エリックの声が掛かる。

「祥子、俺は貰ってる」
「え?」
「これ、をね」

エリックが左手を私の前に上げる。

「これ、と、祥子と恋人に戻れた。俺には最高のクリスマスプレゼントだよ」

嬉しそうにエリックが言ってくれた。私の胸にはエリックからのエンゲージリングが光っている。

「私も貰ってたんだわ。ありがとう」
「祥子、こっち、こっち」
「なぁに?」

エリックがツリーの影に私を引きこんだ。
辺りを見回したエリックがゆっくり私にキスをする。腕を回してきて私を抱き締める。

「祥子を抱き締めるのは、もう出来ないと思ってた」
「エリック、外よ」
「今夜は同じ人達が沢山居るさ」

松葉杖があるから私はエリックに腕を回せない。残念な気がしたが、エリックに抱き締められていて、離れていた間、この感触を恋しく思っていたのに気づく。エリックの香りが懐かしく、抱き締められて私にその香りが移るのが嬉しい。一人でいても傍にエリックが居るようで嬉しくなる。

「エリック」
「何?」
「私、今、幸せよ。メリークリスマス」
「これから色々あるかもしれないけど」

エリックの顔がずれてきて私の顔に触れる。

「ずっと一緒に続けていこう。メリークリスマス」



遅くならないようにシドの家に帰った。玄関を開けると、大部屋から賑やかな音が漏れてきていた。家族の団欒(だんらん)だ。シドとルナが踊っている。

私は自分の部屋に戻り、カバンを置いて、シドのご両親へのプレゼントを持って一階に下りる。今は邪魔しちゃいけない気がして、リビングのテーブルに置いておこうと思った。
階段の下に車椅子がある。座ろうとして、ツリーが眼に入る。そこに大きな箱があった。リボンが掛かってる。プレゼントの箱だ。私が持って来たプレゼントを車椅子に置いて、大きな箱に近づく。

「凄い。こんなに大きなプレゼントなんて」

丁度私の肩の高さ程で綺麗に包装されてる。カードがついている。

「え? 私宛?」

カードには私の名前が書かれてる。箱からカードを取る。車椅子に座ってカードを開く。

 親愛なる祥子・苅谷
 心からの感謝を込めて メリークリスマス
            トム・ガーディナー

 P.S. これからも家族同様にあなたを歓迎しますよ

「…シドのお父さんから」

何度もカードを読み返す。手書きのサインだから本人からだ。
あんなに私に対して不思議な態度をしてた人が…。何故?
カードを閉じて松葉杖を手にする。箱に近づく。
リボンを苦労しながら解く。包装をビリビリ破く訳にいかないから、これも丁寧に外していく。外しながら中が見える。箱じゃなくショーケースになっている。

「あ。凄い。これ、私が貰っていいのかしら」

パサリと包装紙が床に落ちた。ケースの中でマネキンが淡い紫色のドレスを着てる。ケースを開けてドレスに触れる。柔らかくて気持ちいい。
ケースの下に箱が入っている。取り出して車椅子に座り、箱に付いてたカードを開く。

 ミス 祥子・苅谷
 あなたにも沢山の幸せを メリークリスマス
             タニア・ガーディナー

シドのお母さんからだ。箱を開けると、ドレスに合う靴が入っている。

「凄い。これ…いいんだろうか」

演奏会用のドレスと靴。それがどの位の値段かは知っている。
靴を履いてみる。片方だけだけど、ピッタリだ。そうすると、ドレスのサイズも合っているのだろう。

「祥子、気に入って頂けましたかな?」

声が掛かり、驚いて顔を向けると、シドのお父さん達がいつの間にか集まっていた。
シドのお父さんが楽しそうに私を見て話すのも驚きだ。

「は、はい。ですが…こんな素晴らしいドレスを頂いていいんでしょうか」
「祥子のサイズだから、貰ってくれないとサンタは着れないから困ってしまうんだが」

そう言って指を額に当てて困った顔をするから、集まってた皆が笑う。私はそのシドのお父さんの態度の変わりように面食らってたんだと思う。シドのお母さんがそんな私を見て言う。

「あなた。あなたの態度が急変してるから、祥子が面食らってますわよ」
「そうよ。あんな変な行動したんだもの」

マリーがそう言ったら、シドのお父さんが頭をかいて笑った。

「そりゃすまなかった。私はこういう隠し事をするのが苦手でね。楽しい事は言いたい性分だから、口を滑らさないように誤魔化すのが大変だったんだよ。すまなかったね」
「い、いえ」

あの変な態度と行動はこれを隠す為だった。気が抜けた。
シドが私に近づいてきて教えてくれる。

「父は演出家だから、気づいた事は直ぐに口にして行動を起こすんですよ。だから、父はこれを隠そうとして、祥子の前であんな変な行動を起こしたんですよ」
「そうだったんですか」
「祥子が演奏会に出て行ってから大急ぎでここに置いたんですよ。父なんか、はしゃいじゃって大変だったんですから」

シドのお父さんがシドの肩を叩く。

「そりゃぁ、息子が幸せになったのは祥子のお陰だからだよ」
「父さん」
「ほら、シド。ルナの傍に行ってあげなさい。祥子は私に任せて」
「はい」

シドのお父さんがアンデルにドレスを私の部屋に持って行く様に指示して、皆に大部屋に行く様に勧めた。皆が階段下から居なくなってから、私の車椅子を大部屋ではなくリビングに押して行く。

「ドレスは気に入ってもらえたかな?」
「はい。ありがとうございます」

テーブルの前に車椅子を止めて、私にワインを勧める。いただきながら、テーブルの上にコピーされた紙が積んであるのに気づく。私の視線を読んでシドのお父さんが、一番上の紙を持ち上げて私の前に差し出した。受け取って見ると、紙にはロンドンでエリックとデュオした事が書かれていた。

「私の記事ですね」
「そう。祥子がウィーンに来てからの記事が全てここにあるんだ」

シドのお父さんが、手を差し出したから、私が持ってた紙を返す。

「な、何故?」
「私と家内が居候の祥子を知りたかったんだよ」
「変な記事ばかりの人間が居候してしまってすみません」
「謝らなくていい。シドが祥子を守る為に行った処置だから。息子の判断は正しかったんだよ。ハミルトン警部からも詳細を聞いています」
「そう言っていただけるとありがたいです」
「そして、祥子がここに居て、シドが一歩前に踏み出せたんだ。分かるかね?」
「シドもそう言っていました」
「シドも?」
「はい」

シドのお父さんが驚いた表情をだしたが、直ぐに眼を細めて私を見る。

「…それは、祥子、君のお陰だよ」
「私は愚痴を聞いて貰って、迷惑ばかりかけていたのに」
「君が居たから、シドが変われたんだ。私はシドの今の姿をとても嬉しく思うんだよ」
「…」

それでも、シドとルナが元の様に戻り、婚約までいきつけたのはシドの力だと思う。シドが動こうと思ったから。それだけだと思う。
大部屋のほうに視線を投げてからシドのお父さんが私に言う。

「その祥子が困ってたら見捨てておくわけにはいかない」
「私が困ってる?」
「そうだ。祥子が自分の脚で歩けるようになるまで、ここに居てくれないか? それくらいで私達の感謝の気持ちにするのも申し訳ないが」
「申し訳無いなんて…。こんな見ず知らずの外国人なのに」
「祥子。音に国境は無いんだ。その音を見事に奏でる人間なら外国人だろうが私は認める。私は仕事柄、色んな人間と仕事をしている。確かに人の好き嫌いはある。だが、何事にも妥協しない姿勢を感じられる人間。私はそういう人を尊敬する。歳なんか関係ない。勿論、男女の差も、人種の差も」
「ありがとうございます」
「祥子が完治するまでここに居てくれないか?」
「こんな状態の私が居たら、ご迷惑を掛けてしまいます」
「この家が居づらいのかな?」
「いえ。居心地はいいです」
「なら。私達からのお礼として居て欲しい」
「…はい」

親切で言ってくれているのだから無下(むげ)に断れない。
私の返事を聞いて嬉しそうにワインを()いでくれる姿を見てたら、受けて良かったんだと思った。

「あなた。祥子の一人占め時間は過ぎましたよ」
「タニア、もう時間が過ぎたのかい」
「とっくによ。それで、祥子はどう?」
「祥子はOKしてくれたさ」
「それは嬉しいわ。なら、祥子、あちらに行きましょう。皆待っているのよ」

シドのお母さんが私の車椅子に手を掛ける。私は、車椅子の隅に挟まっているプレゼントの箱を思い出した。

「ちょっとだけ待って下さい。あ、潰れちゃったかしら」

プレゼントの箱をふたつ出して潰れてないのを確認する。子供じみたプレゼントを後悔してた。

「急だったので、これしか思いつかなくて。お二人にクリスマスプレゼントです。素敵なドレスと靴を頂いて、これじゃ見劣りしちゃいますけど」
「あら、私達に?」
「これから宜しくお願いしますの意味もつけなきゃいけないですが、私からの気持ちです。受け取って下さい」
「ありがとう。ほら、あなたも」
「ありがとう」

小さい箱が手渡った。その場で開けられていくのを見て、身が縮む思いだった。真剣に探すんだった。

「おや。良く私の好みの煙草が分かったね」
「車の中で箱を出そうとしてたのを思い出したんです」
「私のほうはネイルのケアセットだわ。ありがとう」
「爪を綺麗に飾られてたから。これしか思いつかなくてすみません」
「プレゼントは気持ちですよ。私もトムも嬉しいですよ。今日初めてお会いしたあなたにプレゼントを貰えるなんて予想外の驚きで嬉しいわ。クリスマスは子供だけの日じゃないのね」

そう言って楽しそうにプレゼントを出してるシドのお母さんを見て嬉しくなった。プレゼントは気持ち。値段じゃなくて気持ち。


- #61 FIN -


ミリファ: 征司、私も指輪欲しいな~
征司  : ミリファは祥子よりも若いんだからまだいいだろ
祥子  : ちょっと!
ミリファ: 付き合い歴は祥子達より長いじゃないの
征司  : あ。そうだな。先超されたか
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