#12 Break time <祥子視点>

文字数 2,493文字

「祥子、この後時間ある? あったらこの辺案内するわ」
「うん。お願いするわ」

ミリファに誘われて、迷いながらも誘いを受ける事にした。

「征司もエリックも行くでしょ?」
「俺も時間あるから行く。征司も行くよな?」
「行く」

シドが残りの仕事があるからと戻って行った。

夜の一頁。そんな光景だった。のんびりと犬を散歩させてる人。ベンチに腰掛けて話してる人。時間がゆっくり流れている光景だ。
道路には車が走っていて、時折、消防車や救急車の音も聞こえてくるけど。

ミリファが色んなお店を教えてくれる。

「ここは気軽にスナックが食べられるわよ。結構濃い味なの。征司は好きよね」
「安いしな」
「ここは可愛いアクセサリが充実してるわよ。あっちのお店はお酒が豊富」

大きな通りに来た。

「この辺は洋服やら、まぁ、なんでも揃ってるわね。ランジェリーはこのお店が有名よ。サイズが豊富で安いの」
「ランジェリーショップよね。ここ」
「そうよ。日本にもあるでしょ?」
「あるけど。何で男性が」

お店の中に居る。一緒に選んでる。エリックと征司を見る。二人共別に気にならないみたいだ。
ミリファが笑った。

「恥ずかしい事はないのよ。一緒に選んで当たり前よ」
「そうなの?」
「征司は一緒に入ってくれないけどね」

小声で私だけに聞える様にミリファが言った。



あちこち見て回って、ここなら私一人で歩けそうな気がする。ここだけだけど。
初めてリラックスして街を歩いた気がする。

「今度、ウィーンの森を案内するわ。★※×◎・・(私よりも誰かさんが誘いそうだけどね)」
「 ? お願いするね」

ミリファの後半のドイツ語はエリックに向けられてたみたいだ。エリックの視線が誤魔化す様に傍の街灯に走っていった。

小さなバーで軽く飲んで、帰路につく。

「私達は駅に行くわ。祥子は?」

ミリファに聞かれて戸惑ってしまった。来る時はタクシーだった。

「バス停がホテルの前にあったからバス使ってみるわ」
「送ってくよ。俺も祥子の方面だからね。ついでにバスの乗り方も教えとく」
「エリック、ありがとう」
「エリックが一緒なら大丈夫ね。祥子を頼むわよ」
「任せとけ」

バスの路線図を引っ張りだす。エリックの指が紙の上を走る。

「ここからだと、このバス停から乗ればいいんだ。気をつけなきゃならないのは、路線番号と行き先だよ」
「うん」

暫く四人で話しながら歩いて行く。練習所を通り過ぎて行く。

「練習所からは真っ直ぐだからね。地下鉄の駅はここ右に曲がって行くんだ」
「私達はこっちだから、また明日ね」
「ミリファ、征司、今日はありがとう。おやすみなさい」
「祥子、またゴハン行きましょ。おやすみ」
「おやすみ。エリック、ちゃんと送り届けろよ」
「あぁ。おやすみ」

ミリファ達と別れてエリックとバス停に向かっていく。

「あ…」
「何?」
「な、なんでもない」

フルートケースの軽さを思い出した。硝子のフルートが無くなった今、私は今直ぐにでも古いフルートで練習しなくては…しなきゃならない…んだけど。
ミリファ達と楽しい時間を過ごしたから、今は辛い事に戻りたくない。初めてゆっくり出来たんだ。久々に心から笑えた気もする。

あんな事があったのに。
逃げてるのは分かっている。だけど、今はこのまま帰って楽しい気分に浸っていたい。

バス停で時刻表の見方を教わり、二人で待つ。

「祥子、チケットは?」
「大丈夫。1ヶ月チケット(定期券:いつ買っても1日から1ヶ月)貰ってるのよ。ガド爺に打刻だけは忘れるなって念を押されたわ」
「打刻忘れると罰金になっちゃうからなぁ」
「支払い遅れると容赦なく高額になっちゃうんでしょ」
「そうなんだよ。だから今じゃアプリなんだよ」

そう言ってエリックが電子チケットを見せてくれる。

「これだったら打刻の手間いらずさ」
「それ便利ね」
「祥子も使うようになるさ」
「覚える事一杯あるのね」
「分からない事あったらいつでも聞いてくれよ」
「頼りにしてるわ」

バスが来て日本と同じ様に待っているのにドアが開かない。エリックが笑いながらドアのボタンを押したら開いた。知らない事がまだまだある。
初めてのバスなのに、隣にエリックが居るから景色を楽しめている。夜の街並みも綺麗だ。
コーダの散歩で会ったのを思い出した。

「コーダは元気?」
「元気元気。散歩に時間取られちゃってね」
「大型犬だから大変ね」
「大変だけど、コーダが面白い物見つけてくれるんだ。結構楽しいよ」
「一緒に楽しめてるのね」
「祥子」
「何?」
「明日、早目に迎えに行くから」
「練習所?」
「そう。でも、バレエの練習場じゃなくていいのか?」
「うん。そっちは…そっちでは出来ない。今は」
「そっか。あ、ごめんな。嫌な事思い出させちゃったな」
「いいのよ」
「じゃ、明日、着いたら電話入れるから」
「私の番号知ってた?」
「今日、俺にかけてきたじゃないか」
「あ、そうね」

楽屋に行こうとしてエリックにかけてたっけ。
バスが速度を落とした。見慣れた通りを走っているのに気づく。エリックが促す。

「祥子、君はここで降りなきゃ。俺は二つ先なんだ」
「うん。エリック、ありがと。また明日ね」
「また明日。おやすみ」
「おやすみなさい」

バスの中からエリックが軽く手を上げた。バスを見送りながら私は手を振った。



部屋にはとてつもなく大きな花束が届いていた。メッセージカードにはドイツ語で何か書いてある。住所と番号も書いてある。

「カノンからだ。本当に贈ってくれたんだ」

両手で抱えて埋もれてしまう。花瓶が用意されていたから、包みを解いて移しかえる。

「こんな立派な花束…お礼しなきゃ駄目よね」

カノンが英語を話して無かったのを思い出す。日本語は絶対分からないだろう。電話じゃ駄目だ。
受け取ったって連絡しなきゃ、失礼な人間に思われそうだ。
明日、エリックに訳して貰おう。それから考えよう。

サイドテーブルに風邪薬が置いてある。今日のドタバタで風邪なんかすっ飛んで消えていった気がする。

今夜は何も考えずに寝てしまおう。いや、まずは、フルートの手入れをしてからだ。ケースを開けようとして躊躇(ちゅうちょ)している。
シャワーを浴びてからだ。それからでも遅くない。


- #12 F I N -






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