18-6.焦点

文字数 4,423文字

〈まずい!〉ガードナー少佐に緊張。〈〝オーベルト〟の制御を獲られたら……!〉
〈くそ!〉キースに舌打ち。〈そういうことか! ――〝キャス〟、艦隊加速! 最優先!!
〈あーもう、〉〝キャス〟の渋い声。〈人使いが荒いったら!〉
〈あ、畜生!〉ロジャーがヘルメットへ打ち付けて掌。〈時間が要るか!!
 〝キャス〟が視界へ戦術マップ。中央に『最優先命令』『加速11G』のロゴが躍り出る。
〈あとは、〉キースに歯噛み。〈〝ミーサ〟が頼りだな……!〉

〈余裕たっぷりじゃない〉〝オーベルト〟総合戦闘指揮所へ〝ミーサ〟の声。〈これで無駄足は確定でしょうに、〝キャサリン〟?〉
〈さあ、〉〝キャサリン〟に余裕の色。〈どうかしらね?〉
〈鼻っ柱は、〉〝ミーサ〟から挑発。〈無駄に高いと損を見るわよ?〉
〈そっくりお返しするわ〉楽しげに〝キャサリン〟。〈そういうの、嫌いじゃないけど〉
 と。
 視界に赤転。視覚に警告。『データ・リンク切断』、その一語。
 ――同じ手を。
 瞬転。復調。〝キャサリン〟が再び手を晒す――そこへ。
 スウィーパ。重ねる。不意を討つ。
 ――甘い。
 穿つ。穴。データ・リンクに〝キャサリン〟が意のまま空隙を刻む。スウィーパの動きが止められる。
 ――かかった!
 〝ミーサ〟に快哉。直後、データ・リンクが弾けるように暗転する。
 降りる、闇――を払ったのは非常灯。
〈終わった……のか?〉オペレータが希望を声に出す。
〈……各部チェック〉ハルトマン中佐が艦長席から指示を下す。
〈データ・リンク切断……いや、〉オペレータが眉をひそめた。〈中継プロセッサが飛んでます。遅効性のクラッシャでしょう。再起動を?〉
〈急ぐな〉艦隊司令席からラズロ少将が釘を刺す。〈むしろ時間を稼ぐ方が得策だろう〉
〈では、〉ハルトマン中佐が振り返る。〈〝キャサリン〟は、まだ?〉
〈だろうな〉ラズロ少将の声に影。〈恐らく――データ・リンクを分断して動きを止めただけだ〉
 と、視覚へ赤くウィンドウ。中央に大書き、『That’s Right(ご明察)』。
〈な……!?
 ラズロ少将――のみならず、その場の総員が等しく息を呑む。
〈やるじゃない〉骨振動スピーカ越しにその声――〝キャサリン〟。
「……データ・リンクは……!?」オペレータに呆然、通常言語。
 視覚へ『答え合わせはこちら――〝キャサリン〟』の文字表示――が上へスクロール。
〈何のつもりだ!?〉ハルトマン中佐から鋭く問い。
 が、スクロールは止まらない。
『頭を使ったようだけど、まだまだ思考が硬いわね』
 メッセージが無機質に流れていく。
〈――生命維持系は!?〉思い当たったハルトマン中佐が問いを放つ。
〈停止中!〉即答。
『やるんなら徹底しなきゃ』
 視覚に〝キャサリン〟の嘲弄が跡を刻む。
〈予備動力系!〉〈反応ありません!〉
『今回は特別、教えてあげる』
〈相変わらずの趣味だ〉ラズロ少将が歯を軋らせた。
『あなた達、見落としてるわよ』
〈くそ、どこだ!?〉ハルトマン中佐がしびれを切らす。
『――携帯端末』
〈まさか――!〉その場の全員――懐へ眼。
 各自のナヴィゲータを内包する携帯端末は、狭いながらも無線データ・リンクの手を常に伸ばしている。それを伝って行ったなら――、
 そこへ、さらに文字表示がスクロール。
『それから、最後に置き土産』
 ラズロ少将とハルトマン中佐――眼が合った。
 そこで表示が反転、新たな文字列。
『アクティヴ・サーチ』
 同時、〝オーベルト〟から――あらゆる電磁波が最大出力で放たれた。

〈アクティヴ・サーチ検知!〉宇宙港〝クライトン〟、ノース軍曹の声に緊張。
〈発信源は!?〉ニールセン大尉が打ち返す。
 戦術マップ、球状に広がる波紋が物体の形状を洗い出す。その中心――、
〈発信源――〝オーベルト〟!!

 マリィの全身に悪い脈。
 第6艦隊旗艦〝ゴダード〟、通信スタジオ。
 視覚に中継、戦術マップ。球状に拡がる波紋が示してアクティヴ・サーチ、その中心にタグが示して――〝オーベルト〟。
「キースに何をしたの!?」マリィの喉を衝いて問い。
 〝オーベルト〟――キースが〝放送〟を発したはずの、第3艦隊旗艦。それが自ら位置を明かした、となると――。
「話す義務が?」大佐の相貌に昏い虚無。
 アクティヴ・ステルスの内部からアクティヴ・サーチを放ったなら、それは打ち消し切れようはずはない。
「何をしたの!?」問うマリィの声が青ざめる。
「何か非でも?」大佐は小首を一つ傾げて、「彼は私の敵に回った。対応したとして問題が?」
「キースは……!」マリィが口を開きかけたところへ――、
〈ヘンダーソン大佐!〉艦長からの声が割り込む。
「艦長、」ヘンダーソン大佐が声を転じた。「構わん、通常言語で」
『第3艦隊……』視覚へ艦長席、唇を噛むマッケイ大佐の姿が映る。『……反応ありません!!

〈アクティヴ・サーチ検知!〉
 〝キャス〟が視覚、戦術マップに三次元の波紋を描く。発信源は宇宙空母〝オーベルト〟――の影が背後に遠い。
〈間に……合ったか……〉苦しげにキース。
 戦術マップ中央、第3艦隊のタグに『加速中:11G』。
 〝オーベルト〟を背後へ引き離し、ゴースト編隊の外へ追いやればアクティヴ・サーチも脅威にならない。ただし艦隊が放出・反射する電磁波を厳密に打ち消す関係上、その動きは厳密な管制下に置く必要に迫られる。〝ネクロマンサ000〟はかろうじて間に合いはしたものの、それとてわずかな差でしかない。
〈加速終了!〉
 〝キャス〟の合図とともに、過酷なGが霧消する。視覚に警告、これ以上の加速は第二宇宙速度を超えて、艦隊を衛星軌道から放り出す。
〈第6艦隊は!?〉キースが戦術マップを睨む。
 応じて静止衛星軌道上、宇宙港〝サイモン〟――から下にタグ。それが眼に見えて高度を落としつつある。
〈低軌道側?〉ロジャーに怪訝の色。
〈減速してる!〉〝キャス〟から補足。
 衛星軌道上で減速して位置エネルギィを削れば、当然の帰結として高度は失われる。
〈何考えてやがる!?〉ロジャーが眉をしかめて、〈〝サイモン〟のアクティヴ・サーチから逃げるつもりか?〉
〈ゴーストの表面は灼いた〉ガードナー少佐が指摘を挟む。〈予備編隊を展開するにも時間が足りん〉
〈もしかして、〉〝ネイ〟が衝く。〈こっちの接近を邪魔する気なら?〉
〈連中に策が?〉キースが問う。
〈まさかね〉〝キャス〟が戦術マップ、第6艦隊にタグを足す――推定減速G。
 さらに現在までの第6艦隊、その観測データから弾き出した予測軌道の帯――が〝テセウス〟そのものにかかっている。
〈〝テセウス〟に?〉ガードナー少佐が浮かべて疑問。
〈じゃなきゃフライ・バイとか?〉ロジャーが指先、〝テセウス〟をかすめて再び上昇する軌道を描く。
〈あり得なくはないけど〉〝ネイ〟が第6艦隊の推定軌道範囲内、ピック・アップしたのは大気圏直上をかすめる軌道。〈減速を続けたらフライ・バイどころじゃないわよ〉
〈〝テセウス〟の陰に隠れる意図は?〉ガードナー少佐が仮定を置く。
〈確かに、高度を削った方が第3艦隊からは隠れやすい〉キースに思案声。〈その意義は?〉
〈この際、時間は宝の山だ〉ガードナー少佐が声を低める。〈ミス・マリィの集中力も無限じゃない〉
〈制圧するってのか?〉ロジャーから疑問。
〈彼女に引き鉄さえ引かせなければ、〉ガードナー少佐が打ち返す。〈言い訳は後から何とでもなる。それに――〉
〈それに、〝テセウス〟の陰で加速に転じたら?〉〝キャス〟が軌道を描いてみせる。〈ガードナー少佐の航宙隊だって〝クライトン〟へアプローチしたわけだし〉
 第6艦隊から伸びる軌道線が再び上昇、宇宙港〝クライトン〟へ。
〈〝フィッシャー〟が狙いだってのか?〉苦くロジャーが思い当たる。〈ヒューイの遠隔手術中は、確かにおいそれと動けねェが〉
〈ああくそ――いや待てよ、〉思い当たったキースの指が、戦術マップの一点へ。〈大気圏直上?〉
 〝ネイ〟の描いた軌道が〝テセウス〟へ最接近する、その一点――大気圏の最上層。
〈何かあるのか?〉ロジャーが低めて声。
〈気になるのは――〉考えつつキース。〈――空気抵抗〉
〈そこまで高度を落としたら、真っ先にゴーストが摩擦熱で……〉そこでガードナー少佐に得心の色。〈……まさか、それを!?
〈連中、第3艦隊のゴーストを潰す気でやがるのか?〉ロジャーが意を汲む。
〈俺達の狙いは白兵戦、つまり第6艦隊への接舷だ〉キースに重く頷き。〈それは連中も読んでるだろう。つまり――連中はゴーストの耐えられない場所で待ち受けていればそれで済む〉
〈ステルスさえなきゃ、人質の乗ってない〝ハンマ〟中隊のミサイル艇なら……〉ロジャーが指先、ヘルメットを小突く。〈……ま、いいカモだわな〉
〈それに、〉キースが眼を転じて〝放送〟画面。〈少佐の指摘もある。マリィが時間を稼ぐにも限界がある〉
〈つまり、〉ガードナー少佐が後を引き継ぐ。〈時間はあまりない。第6艦隊に大気圏への接近を許せば、その後はヘンダーソン大佐の思う壺だ〉
〈その前提だと――〉〝ネイ〟が戦術マップ、第6艦隊の予測軌道を強調表示。〈――いえ、多分当たってるわ。今までの観測データを追加〉
 予測軌道の帯が眼に見えて狭まる。収斂する先に、キースの示した一点――大気圏直上。
〈じゃ、その前に追いすがるとして――〉ロジャーが促す。
 〝キャス〟が第3艦隊の軌道を重ねた。現在の軌道から減速を続け、第6艦隊の軌道へ迫るとして――接敵できるのは大気圏の、その寸前。
〈――要するに、チャンスは一回こっきり〉苦笑を乗せて〝キャス〟の声。〈待ったなしの一発勝負ね〉

〈ざーんねん、〉ふと聴覚へ〝キャサリン〟の声。〈出し抜いてやったと思ったのに〉
 宇宙港〝クライトン〟。気密隔壁を前にした第3艦隊陸戦隊の視覚には、戦術マップ――〝オーベルト〟だけが加わった静止衛星軌道の勢力図。
〈〝キャサリン〟!?〉ノース軍曹の声がすっぽ抜ける。〈――もしかして!?
〈あらバレた?〉楽しげに〝キャサリン〟。〈アクティヴ・サーチと〝オーベルト〟、どっちも仕掛けたのは私〉
〈では、〉やや前のめりにニールセン大尉。〈第3艦隊は!?
〈相手も間抜けじゃなかったってことね〉〝キャサリン〟は喜色すら浮かべて、〈まァ手応えがあって退屈しないけど〉
〈ということは次の手か〉ニールセン大尉に即答。
〈話が早くて助かるわ〉〝キャサリン〟が軽く首肯する――と。
 2人の視覚、データ・リンク状態図がポップ・アップ。
〈こいつは……!〉
 ノース軍曹が絶句する間にも、陸戦隊のデータ・リンクが復旧していく。
〈データ・リンク〉鼻歌でも歌わんばかりに〝キャサリン〟。〈穴は塞いでおいたから〉
〈では……!〉ニールセン大尉の語尾に意気。
〈そ、次の手〉〝キャサリン〟が戦術マップ――宇宙港近傍に輝点を置く。〈救難艇〝フィッシャー〟よ〉
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