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文字数 5,082文字

『で?』軌道エレヴェータ〝クライトン〟管制室へ、アントーニオ・バレージの声だけが届く。『こちらのマシン・パワーを貸せ、と?』
「ちょうどいいとこへ。シニョール・バレージ」ドレイファス軍曹が芝居がかった声を一つ。
『白々しい』バレージの声はあきれ半分。
「〝K.H.〟が電子戦で敵に対抗するんなら、」動じず、ドレイファス軍曹は眼をネットワーク図へ。「手持ちのマシン・パワーだけじゃ不足ってこともあるでしょう。ナヴィゲータが頑張るったってソフトウェアだけじゃ、ねェ?」
 閉鎖中の隔壁向こう、宇宙港区画の状況は今のところ見通せない。ネットワーク図もひたすら暗色、これをいきなり繋ぐのは楽観というにもほどがある。
『なら勝手にやればいい』バレージがはっきり鼻白む。
「こっちの手札は宇宙港区画のマシン・パワーですが」ドレイファス軍曹は構う気配さえ見せず、「ついさっきまで敵が制圧してたんで、余計なトラップが――まァ、あるでしょうな」
『ゴミの掃除を?』バレージの声に嫌悪が乗った。『私に?』
「今の手札は非力でしてね」そのままドレイファス軍曹が区画開放の準備を進める。「何せ合法がモットーなんで。トロいの我慢して見守る趣味は?」
『……見返りは?』苦く、バレージ。
「ヘンダーソン大佐の吠え面」ドレイファス軍曹の声に悪い笑み。「見たくありません?」

「ヘンダーソン大佐!」ハリス中佐が声を荒げる。「何を企んでおいでか!?
 〝放送〟、チャンネル001の向こうからヘンダーソン大佐が眼を細める。『心外だな。私はミス・ホワイトの身を案じているとも。第一――、』
 そこで、ヘンダーソン大佐が小さく高速言語。応じてウィンドウ表示の一つが強調表示。静止画像、中に大書き――『【電子介入】』。
『私が介入を指示したとして、』ヘンダーソン大佐が指を組みつつ、『自らこんな宣伝を?』
『語るに落ちたな』チャンネル035からキースが吐き捨て、『では、それが文字だけのコケ威しだとでも?』
『〝K.H.〟の手の者が仕組んだのなら、』鼻先一つ、ヘンダーソン大佐が嗤う。『自作自演そのものではないかね?』
「その裏で!」ハリス中佐が声を挟む。「我々の周囲、この区画のネットワークを封鎖しようとしましたな――〝シンディ〟!」
『事実です』ハリス中佐の懐、携帯端末の貧弱なスピーカから合成音声――〝シンディ〟。『当該区画のネットワークには、先ほどから強力なプロテクトが展開されています。現にこうして、私も艦内監視網から閉め出されています――完全に』

 ――さあ出てきなさい!
 〝クラリス〟はパッケージ〝P-S〟、その通信データ量と演算負荷のグラフを――跳ね上げる。突撃。まずは〝放送〟データ終端、送信アンテナ。〝放送〟データにマリィの姿。
 ――でないと、彼女がどうなるかしらね!
 〝トーヴァルズ〟艦内、データ回線。手繰る。マリィの姿。合成の跡。遡る。
 ――次!
 通信データ、チャンネル001。欺瞞を見抜く。暴く。合成跡を――発見。マーク。上流へ。
 ――次!
 そこで――ノイズ。パッケージ〝P-S〟の通信データ量がなお上がる。飽和。滞る。
 ――来たわね!
 パッケージ〝P-S〟、電子戦中枢からの演算結果にゴミ・データ。それが束。介入。敵意。その中に――、
 違和。ゴミ・データに意図の跡。ファイル名。共通項。文字列――〝Charon(カロン)〟。
 ――なめた真似を!
 転進。〝クラリス〟。パッケージ〝P-S〟の通信経路へ。
 ――逃がさない!

 バレージが、鼻を一つ鳴らした。『マシン・パワーを確保するのはいいが、どこへ届けるつもりだ?』
「〝K.H.〟の陣営へ」軌道エレヴェータ〝クライトン〟管制室、モニタの一角へドレイファス軍曹が指――今は無音でシンシアの姿を映すチャンネル035。「使いどころは、連中が一番心得てるでしょうよ。まあチャンネル001に介入したいってのは間違いないでしょうけど」
『直通の回線が?』バレージが回線網を軽くサーチ、『ああこれか――〝ハンマ〟中隊の?』
「そういうこと」ドレイファス軍曹から、人の悪い笑み。「帯域をありったけ解放します。ちょっとは助けになるんじゃありませんかね」

『これは失礼した』ヘンダーソン大佐は掌を見せつつ、『つまり、これまでは艦内監視網に侵入され放題だったということだな――〝K.H.〟の工作を許した、我々の落ち度というわけだ』
『〝落ち度〟?』キースがはっきり眉をひそめる。
『そう。つまり、』ヘンダーソン大佐の眼が嗤う。『〝K.H.〟と、その一党が、〝放送〟データを、加工し続けてきた――その証拠というわけだよ』
「言うに事欠いて!」ハリス中佐が声を上げた。
『何も私は、』ヘンダーソン大佐が大きく肩をすくめてみせる。『嘘やごまかしを口にしているわけではないよ』
「ハリス中佐」マリィが声を中佐へ寄せる。「先を急ぎましょう。キース達の負担を少しでも」
『外部からの電子介入を遮断して、』ヘンダーソン大佐が指を折る。『さらに〝放送〟すべき真実を守って――というわけだ』
 ハリス中佐が頷きをマリィへ示した。指招きを一つ残して床を蹴る。
『さて、』ヘンダーソン大佐が、頬に大きく、笑みを刻む。『これのどこに、一体どれほどの――咎があるのかね?』

 電子戦艦〝トーヴァルズ〟、基幹ネットワーク上。溢れるゴミ・データを〝クラリス〟が拾う。洗う。そのヘッダに――、
 ――送信元が?
 複数拾ったゴミ・データのサンプルでは、送信元の記録が一致しない。つまり――ただ動き回ってゴミ・データをばらまいているわけでは、ない。
 ――細工を?
 中継拠点。〝クラリス〟が取り付く。吸い出す。全量。ゴミ・データ。
 洗う。ヘッダ。送信元情報、その内容を――マッピング、艦内ネットワーク図へ輝点。2つ、3つ、どころではない。10を超え、100をも置き去り――、
 ――全部!?
 艦内ネットワーク図を、輝点が埋める。つまり相手は艦内の通信デヴァイス、ほぼことごとくを敵が制圧したか、さもなくば――、
 ――偽装、か。厄介ね。
 これほどの量のゴミ・データを生成し、なおかつ送信元を偽って送り出せるということは――相応のマシン・パワーを用いなければ実現できる芸当ではない。対する〝クラリス〟には正規権限、ただしパッケージ〝P-S〟を封じられたとあっては、しらみ潰しも現実的ではない。
 ――せめて通信帯域が……、
 気付く――帯域が圧迫されて、困る理由。パッケージ〝P-S〟、マシン・パワーの遠隔供給――ならば。
 ――なら、私が?
 〝クラリス〟が電子戦中枢へ乗り込めば、マシン・パワーを直に使える。ここは電子戦艦〝トーヴァルズ〟そのもの、マシン・パワーを遠隔供給する必要は――ない。
 進路を転じる。〝クラリス〟は電子戦中枢へ。

『その手で事実をねじ曲げておいて?』キースが眉をひそめた――チャンネル035。『〝真実〟が聞いてあきれるな』
「まあ、〝外部からの介入を遮断〟てのは」バカラック大尉がチャンネル001、ヘンダーソン大佐のバスト・アップへ鼻息を向けた。「要はミス・ホワイトの中継映像を都合よく加工しようって魂胆なわけだ――外部の眼を塞いだところで」
『〝加工〟とやらが気に食わないようだが、』当のチャンネル001、ヘンダーソン大佐には嘲笑の色。『その手で〝事実〟とやらを捏造しているのは――どこの、誰かな?』
「で、」ドレイファス軍曹は苦い顔で、「裏じゃまた火の手が上がってんでしょう? 指くわえて見てる義理はまあ、ありませんやね」

〈要請コード受信!〉オペレータが鋭く声。〈〝クラリス〟からです!〉
 〝トーヴァルズ〟電子戦指揮所、中央モニタ。ネットワーク図上、電子戦中枢にタグが立つ――『接続要請:直接』。
〈出向いてきたか〉電子戦チーフ席、クィネル大尉が指を鳴らす。〈いい判断だ。通信量がこれじゃな〉
 艦内ネットワーク図に重なるグラフ、各所の通信データ量――がほぼ天井。これではパッケージ〝P-S〟も何もない。
〈許可する〉背後、カッスラー大佐から即断。〈好き放題を敵に許すな〉
〈は〉クィネル大尉が承認コードを入力――完了、電子戦中枢が〝クラリス〟へ受諾信号。〈さあ〝クラリス〟、ぶちのめせ!〉

「火の手、か」顎を掻きつつバカラック大尉。「まあ連中、電子戦の一つも仕掛けてないってわけじゃあるまいが。なら〝K.H.〟がいま欲しいのは、何だ?」
「そりゃ、」ドレイファス軍曹がチャンネル001、マリィの中継映像へ眼を投げ、「マシン・パワーでしょう」
「かも知れんが、」バカラック大尉が掌を上げる。「こっちの手持ちを考えてもみろ。バカっ速いプロセッサがあるわけでもない」
『〝捏造〟、か』キースが鼻息一つ、『嘘と事実を都合よく使い分けておいてよく言う。それとも〝キャサリン〟が何か弱味でも?』
『弱味、とはまた興味深い』嘲りが、ヘンダーソン大佐の声に覗く。『天に唾を吐く時は、己の身を振り返ることもないと言うが』

 電子戦中枢、承認コード――受領。
 〝クラリス〟は〝トーヴァルズ〟の電子戦中枢へ。
 ――接続!
 マシン・パワーが伝わる。演算速度がかち上がる。艦内ネットワークのトラフィック、プロセッサ群の負荷状況、視える。感じる。手が届く。
 ネットワークにはゴミ・データ、中継機を飽和に追い込むデータ量。それが留まる気配も見せず溢れ出る。
 選ぶ。中継機。結節点――の一つ。中規模。アクセス。管理権限、最上位。
 ――見てなさいよ。暴き出してやるわ!

「つまり、」ドレイファス軍曹から苦く舌。「力になれない? こっちのマシン・パワーじゃ?」
「まあ待て、スピード勝負のゴリ押し局面じゃ――って話なだけだ」バカラック大尉が掌をかざす。「側面支援ができないとは決まってない。こっちの強みは何だ?」

 タスク報告コマンド。〝クラリス〟が打つ。最上位。まずは艦内基幹ネットワーク、中継機のプロセッサ負荷とその内訳――に、違和。
 タスクごとの負荷、その合計――がプロセッサ負荷に及ばない。つまり――、
 ――盗人猛々しい。
 その意味するところは裏タスク。しかしここまで欲をかいたら、隠れるも何もありはしない。
 ――なりふり構ってない、ってとこかしら?
 ログを洗う。まずは直近1時間を指定しスクロール――と、そこで。
 ブラック・アウト――。
 ――!?
 視えない。どころか無反応。違和を覚えて意識を引――こうとして。
 また闇。なお闇。さらに闇。増殖。拡がる。覆われる。
 艦内ネットワーク、反応ゼロ――全方位。
 ――遮断、された……!?

〈何!?〉クィネル大尉が声を尖らせた。
 電子戦指揮所の中央モニタ、ネットワーク図に黒く穴。その位置、電子戦中枢――に。
 警報――。
 反応途絶、演算異常、エラー発生、それが束。
〈ネットワークが――?〉オペレータが声のトーンを跳ね上げた。〈――中継機が!?

『と、いうところで出てこないというのも妙な話だな』キースの声に挑発の針。『ヘンダーソン大佐、〝キャサリン〟は本当に――そちらの味方か?』
「並列演算能力でしょう」ドレイファス軍曹が操作卓に指を走らせつつ、「宇宙港区画丸ごと味方に付けようってんです。分散処理ならそこらの艦艇にも……」
 ネットワーク図、タスク・リストに並べてプロセッサ数をポップ・アップ、万単位。
「てことはだ、」バカラック大尉が傾げて小首。「並列演算に向いてるのは?」
「解析?」眼を細めつつドレイファス軍曹。
『〝味方〟とは妙な言葉を』ヘンダーソン大佐が口の端、片方だけを吊り上げた。『〝キャサリン〟は〝サラディン・ファイル〟を解析し、真実を告げているに過ぎんよ。つまりは公正かつ中立――余計な色を付けねば物事を見られなくなったかね?』

「公正? 中立ですって?」〝ゴダード〟艦内通路、マリィが奥歯で毒を噛み潰す。「相変わらずの減らず口ね」
「その反感、」先を行くハリス中佐の声も表情を殺しているとは言いがたい。「これから直に向けるとするさ――だな?」
 ハリス中佐が声を前――通信スタジオ入口、ハッチを挟んで守備中の戦闘用宇宙服へ。視線の先で戦闘用宇宙服が傾げて小首、軽装甲ヘルメットの下から問い――をハリス中佐のさらに前、先導する陸戦隊員へ。
『ヘンダーソン大佐の指示だ』ハリス中佐の眼前、陸戦隊員が一つ手を振り、『取り次ぎを』
 守備の戦闘用宇宙服が頷き一つ、データ・リンクへ声を乗せた。『ヘンダーソン大佐。ミス・ホワイトとハリス中佐他1名、到着しました』
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