4―3.思惑

文字数 4,063文字

 ロジャーはジャックのアルビオンを見送って、頭を掻いた。
「ってことはエミリィのヤツ、ジャックに何も報せてねェのか……さて」
 ロジャーはエミリィにコールをかけた――もちろん反応なし。伝言に〝ジャックの件だ〟と一言、折り返しですぐさまコールが返る。
『手前、』開口一番、エミリィはロジャーに噛み付いた。『どこまで引っ掻き回しやがる気だ?』
「どこまでも何も、」ロジャーは不服げな声を返す。「眼の前で二の足踏んでる誰かさんとは違うんでね。直接顔を見て来てやったぜ」
『ああそうかい』エミリィは歯を剥いてみせた。『嫌味だけならもう切るぞ』
「まあそう慌てなさんなって」ロジャー片手をひらつかせて、「奴さんの行き先を聞き出したぜ。乗ってくるなら教えてやるけど?」
『何にだよ?』歯を剥いたままエミリィが問い返した。
「あの野郎、女連れでな」
『だったらどうした!?』エミリィの機嫌がさらに傾く。
「2人して〝メルカート〟に追われてるのは知ってるだろ?」構わず、ロジャーは続けた。「あいつ、逆襲するつもりだそうだ」
『何を言い出すかと思えば……』
 エミリィは片手で頭を抱えてみせた。肚の中ではジャックの狙いを承知の上だが、それをロジャーに洩らせるわけもない。
「俺も誘われたけどな、お前はどうする?」
『……は?』不意を衝かれたと見え、エミリィの顔が呆けた。
「今回はお前さんのこと、黙っといてやったぜ」ロジャーは口笛一つ、「感謝しろよ。次はどうなるかな?」
『で、ジャックのヤツに肩入れしたら同じことだろうがよ』エミリィは指摘してみせた。
「ああ、そりゃそうだ」ロジャーはいま気付いたと言わんばかりに、「でも、奴さんの反応は違うわな。歓迎されるのと、機嫌損ねるのと、どっち選ぶ?」
『……こんの野郎、』エミリィがあからさまに舌を打つ。『そりゃ脅してるつもりか?』
「返事は今すぐとは……」
『ああもう、解ったよ! 手ェ貸しゃいいんだろう!』
「それじゃ、」ロジャーは満足げに頷いてみせた。「合流といこうか。どうせ近くにいるんだろ?」



 リムジンを降りると、暖色の照明の中にイタリアン・バール〝ローザ・ロッソ〟の入り口。ドアをくぐってウェイタに頷き一つ、アントーニオ・バレージは店の奥へと足を運んだ。階段を登って2階奥、待ち構えていた店長が応接室の扉を開ける。
 入って右手のソファにアルバート・テイラー。振り向いた右手のグラスを掲げる。
「失礼しとるよ」
 グラスの中でワインが揺れた。
 左手を一振りして店長を下がらせると、バレージはテイラーの正面へ。「お待たせしました」
「こっちこそ急で済まんな」
 バレージへ眼を向けながら、テイラーはグラスを傾けた。それを見ながら、バレージは腰を下ろす。
「そちらはヤツを――あー、」つっかえる記憶を絞り出すように、テイラーはグラスを回す。「マーフィを追っとるそうじゃないか、ん?」
「いかにも」バレージは背をソファに預けた。
「こっちはおちおち寝てもおれん。とっとと始末してくれんか」
「消せ、とおっしゃる」
 意外の一語を赤い顔に大書きして、テイラーはバレージを見返した。
「取り引きのためだ。当然だろう」
「我々は商品を――手広く、取り扱っておりますが」バレージは噛んで含めるように、「人の命というものも、その一つでしてね」
「金が欲しいのか?」テイラーが、酒精に曇った眼を細める。
「在庫がないものはお売りしかねる、とでも申しましょうか」バレージは肩をすくめて見せた。「我々は生きたマーフィに用があるということですよ」
「では私はどうなる!?
 テイラーのグラスがテーブルを叩く。バレージは毛ほども動じない。どころか、優しげな笑顔さえ相手に向けた。
「あなたは大事なお客様です。決しておろそかにはしませんよ」
「見せてもらいたいもんだな、自信のほどというヤツを」
 不満も露わに、テイラーはワインを飲み干した。バレージを睨みつつ、熱い息を吐く。
「結構。ナヴァッラにお引き合わせしましょう」バレージは腰を上げた。テーブル越し、テイラーへ右手を差し出す。「うちの大幹部です」



「どういうこと?」
 予定の時間までにマリィが戻らないと見るや、アンナはイリーナに突っかかった。
『予想外もいいとこです』イリーナはイリーナで、不満の表情を隠さない。『ご依頼の相手は見つけたし、面合わせもちゃんとやりました。ただその相手に賞金がいきなりかかったんで、予定が大狂いしたんです』
「それとマリィの行方に何か関係が?」アンナが突っ込む。「彼女の身を護るのも依頼のうちじゃなかったの?」
『自分から賞金首に付いてったんですよ、常軌を逸してます!』声を上げかけ、イリーナは一つ息をついた。『――ご説明しましょうか?』
「だとしても、責任は取っていただくわ」
『金を返せってんなら、そりゃやぶさかじゃありません』イリーナは画面の向こうで両手を挙げる。『ただこっちも不本意でしてね。得体の知れない賞金首と連れ立って、しかも眼の前で出奔されたってんじゃ、こっちも信用丸潰れなんですよ。連れ戻してお灸の一つもすえてやりたいとこです』
「彼女を無事に連れ戻すおつもりがあると考えていいのかしら?」
 イリーナは頷いた。『そうお考えいただいて結構』
「じゃ依頼は成立するわね」アンナも頷く。「報酬は彼女の賞金と同額?」
『いえ、必要経費でお受けしましょう』



「了解した」
 ケヴィン・ヘンダーソン大佐は、報告の暗号に答えた。暗号は、キリル・〝フォックス〟・ハーヴィック中将が拉致された旨を伝えていた。大佐はそのまま〝サイモン〟陸軍駐屯地内、訓練施設の一角へ足を運ぶ。
 ドアをくぐる。正面、一般兵舎と同じ調度を揃えたその部屋の中央に、テーブルを挟んで傷痕の男が座っていた。テーブル上には、エリック・ヘイワードの過去をつづった資料が並ぶ。
「不満かね?」小さく笑って、ヘンダーソン大佐はエリックへ問いかけた。
「……不満だね」エリックはテーブル越し、正面の大佐へ視線を射込む。
「出生、生い立ち、軍歴……」テーブル上の資料へ手をかざす。「俺が欲しいのは書類じゃない、記憶だ」
「でっち上げだとでも?」大佐は笑いを崩さない。
「そうは言わんが、」エリックも引かない。「通り一遍のデータじゃな」
「では、人ならいいのかね?」
 エリックの眉が動いた。応えるように、大佐が新たな資料をテーブルへ滑らせる。大佐は手応えを、相手の瞳に感じて取った。
「今回の目標だ」
 やや細めの顔立ち、鋭い眼、焦茶色の髪と瞳――エリックと同じ顔が、そこにあった。ただ一点、額から左頬にかけての傷痕一つを除いては。



「よう、元気そうだな」
 〝カーク・シティ〟東端、エミリィの眼前にストライダを停めて、ロジャーが片手を上げた。
「不機嫌だよ」憮然とドアを開け、エミリィは無言のまま助手席に収まる。
「これで俺を巻き込んだんだ、めでたしだろ?」
「――巻き込んだ!?」エミリィの声があからさまに尖る。「誰が、何に?」
「そりゃお前、ジャックがだよ」知った顔でロジャーが答える。「〝メルカート〟と喧嘩するのに、俺を巻き込んでくれるとさ」
 本音の片隅を突かれて、エミリィは口を閉じた。荒っぽくドアを閉めて、腕を組む。
「さてと、」ストライダを自動制御で走らせて、ロジャーは改めてエミリィへ顔を向けた。「ジャックといいお前さんといい、〝メルカート〟とどう喧嘩するつもりだって?」
「あいつの始めた喧嘩、なんでオレがケツ持たなきゃなんねェってんだ」
 前を向いたままエミリィが返す。
「お前、色々とジャックにネタ仕込んでたろ」ロジャーは口の片端を持ち上げた。「てことは、ヤツが何考えてるか知ってるよな」
「オレが知るかよ」
「お前さん追いかけてたら、いーいタイミングで〝カーク・シティ〟に辿り着いたぜ。ジャックのヤツ追っかけてたんじゃないのか?」ロジャーが鼻を鳴らした。「奴さんに賞金がかかるの見越したみたいだったけどな。それとも、俺を巻き込むつもりで泳がせてたとか?」
 エミリィが顔をしかめて、掌をひらつかせた。「うるせェな、ハエみたいに付いて回ってるヤツが悪いんじゃねェか」
 ロジャーに怯む様子はない。むしろ勢い込んで畳みかける。
「2週間ばっか前に〝ハミルトン・シティ〟で大捕物やったろ、あれがトリガだ。あの獲物、軍の横流し品を随分抱えてやがったな」ロジャーは指折り数えるように、「しかもそれからだ、お前さんとジャックが襲われたのも、ジャックの野郎が動き出したのも」
 ロジャーは、指鉄砲をエミリィに突き付けた。
「忘れたとは言わせねェぞ」
 エミリィの旗色が顔に現れる。
「……だから何だってんだ」
「何か握ってるんだろ?」ロジャーはむしろ優しげに、「例えば武器の横流しルートのネタとか、な。偶然にしちゃ出来過ぎてる」
 エミリィは両手を上げた。
「この馬鹿、本ッ当にどうなっても知らねェぞ」エミリィはロジャーの笑みを睨み付けた。
「望むところだ」
「戦争の真ん中に飛び込むことになっても?」
「もちろん――何だって?」
 ロジャーの声が低くなった。エミリィが人の悪い笑みを浮かべて見せる。
「この惑星の半分敵に回す覚悟があるのかって聞いてんだよ、ボケ」
「何だ何だ、急に話がでかくなったな、おい」
「だから覚悟はあるかって訊いたんだよ」エミリィは天を仰いだ。「見かけによらず肝っ玉の小せェ野郎だな」
 今度はロジャーの顔が曇った。
「何にしろ、鍵を握ってるのはジャックのヤツさ」エミリィはロジャーへ向けて舌を出した。「あいつの肚はあいつにしか判んねェ」
「よく言うぜ、自分で仕組んだくせに」
「首突っ込みやがったのは誰だよ?」エミリィは畳みかけた。「でかい喧嘩になるのは判ってんだ、覚悟はできてんだろうな?」
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