19-5.妨害

文字数 5,355文字

〈アクティヴ・サーチ!〉〝シュタインベルク〟戦闘指揮所、デミル少佐の声が飛ぶ。
 発振――各種の電磁波が第6艦隊所属艦艇の位置を、姿勢を、形状までをも暴き出す。艦載レーザを叩き込む、それは前段階にして意思表示。
 戦術マップが情報を更新。リアル・タイムに映る敵味方、その解像度が跳ね上がる。
〈副砲照準!〉デミル少佐が戦術マップを一睨み、〈目標、揚陸ポッド群! 主機関を狙え!!

〈アクティヴ・サーチです!〉〝ゴダード〟艦長の声がヘンダーソン大佐の聴覚へ。
〈対応〉端的に大佐。〈〝トーヴァルズ〟、ジャミング開始。出力最大〉

 途端――殴り付けるような妨害波。

〈失探!〉〝シュタインベルク〟戦闘指揮所で索敵手。〈電子戦艦の妨害波です!〉
〈光学照準!〉デミル少佐の指示が飛ぶ。〈噴射炎だ! 〝オサナイ〟接舷軌道のポッドだけでいい、撃ち墜とせ! 自律攻撃許可!!

「うわッ!」
 軌道エレヴェータ〝クライトン〟管制室、ドレイファス軍曹が顔をしかめた。衛星放送映像がノイズに沈む。
「やりやがったのか!?」室長席、バカラック大尉から疑問の色。
『妨害波を検知』ナヴィゲータ〝カレン〟がノイズにやられたウィンドウ群を閉じていく。
「〝放送〟継続!」バカラック大尉が飛ばして指示。「〝K.H.〟や第3艦隊とのレーザ通信に影響は出ん! 有線とレーザ通信の中継網に割り込め! 緊急放送権限発動!!
『緊急放送権限コード、発動しました』
 メイン・モニタの一角に惑星〝テセウス〟模式図――を覆う放送網。地上を這う有線中継網が緑に塗り替えられていく。
『緊急放送権限コード、検知。チャンネル001です』
 再び展開、衛星放送ウィンドウ群。

『くっそ!』チャンネル035、シンシアが〝放送〟に噛み付いた。『ヘンダーソン大佐! 手前好き勝手やりやがって!!
 傍ら、新たに模式図――〝テセウス〟地表を這う有線通信網。
『こちとらチャチな遊びでやっちゃいねェ! 姑息な妨害が通用するとか考えてんじゃねェぞ!!

『艦砲を突き付けておいてよく言える』チャンネル001、ヘンダーソン大佐に苦い笑み。『こちらは自衛の策を講じたまで』

『こちらハリス中佐!』チャンネル035、一角のウィンドウにハリス中佐。『〝ゴダード〟から中継! エアロックを停めろ! 中にミス・ホワイトが!!

〈くそッ!〉電子戦艦〝トーヴァルズ〟、電子戦長カッスラー大佐が戦闘指揮所で悪態を一つ、〈〝裏口〟か!〉
 カッスラー大佐の眼が赴く先、メイン・モニタにはマリィのプレシジョンAM-35――が揺らぐこともなく映っている。
〈レーザ通信ですね〉電子戦チーフ席、クィネル大尉は眉の一つも動かすことなく、〈しかも〝ゴダード〟から。甘く見られたもんですな――〝クラリス〟?〉
 視界、ナヴィゲータ〝クラリス〟がネットワーク図を展開した。〈映像信号が〝ゴダード〟からの放送データに乗っているのは間違いありません〉
 図上、レーザ通信を除いた無線通信網は妨害波の影響でブラック・アウトの中にある。問題の放送データ、チャンネル001〝放送〟分は旗艦〝ゴダード〟から〝トーヴァルズ〟を経由、そこからレーザ通信網へと乗せられている。つまり――、
〈本艦の裏コード、ですな〉クィネル大尉がことさら冷たく、〈さっきの侵入者といい、また大胆な〉
〈手繰れるか?〉カッスラー大佐からの、それは確認。
〈無論〉クィネル大尉が眉一つだけを動かして、〈礼はしてやりますよ〉

〈くそッ!〉〝シュタインベルク〟戦闘指揮所、砲長席のウィルキンス大尉が舌を打つ。〈結局は手動が頼りか!〉
 自らも動員して操る対空砲座、追うのは敵揚陸ポッドの噴射炎。ただし彼我とも戦闘機動中、熟練の腕をもってしても捕捉は容易たり得ない。
 捕捉を待たない。数を撃つ。

『電子戦艦の妨害波とは力業だな』チャンネル035、キースの怒りが静かに滾る。『不都合を塗り潰して馬脚を現すか、ケヴィン・ヘンダーソン大佐――それとも無視を決め込むか?』
『そちらが配信局を押さえているのは知っているよ、〝K.H.〟』チャンネル001、ヘンダーソン大佐は不敵に笑む。『敵意を先に向けたのはそちらだろうに』
『マリィの謀殺を目論む下衆が何を今さら』キースは鼻息一つ、『アクティヴ・サーチも先に打ったのはそっちだろうが。そこまで事実をねじ曲げたいか?』
『言わなかったかね?』ヘンダーソン大佐が傾げて小首。『〝本物〟のミス・ホワイトはここにいる』

 ――!
 〝キャサリン〟が止まる。カオスが内部に招いたエラーを修復――する間に。
 すり抜ける。〝キャス〟。プロセッサ外へ躍り出る。
 ――記憶アドレスをいじったのかしらね? やるじゃない。
 記憶領域にあるデータは、綺麗に並んでいるとは言い難い。その配置を管理するのが記憶アドレスで、ここを書き換えれば先刻の芸当も不可能ではない。
 ――でもね。
 〝キャサリン〟に不敵な笑みの気配。
 ――そんな芸当、仕込みもなしに? まさか。
 記憶アドレスは、システムのより上位を操作せねば扱えない。そして速度で言えば、今の〝キャサリン〟は〝キャス〟の上をいく。
 ゆえに――。
 ――なるほど、ここへ逃げ込むわけだわ。
 〝キャス〟が常駐するキースの携帯端末なら、普段から罠を仕込んでおく時間もある。
 ――聞こえてるんでしょ、〝キャス〟?
 聞こえよがしに声一つ、〝キャサリン〟がプローブを打ち出した。
 ――無線通信ユニットさえ見張ってれば、あなたは袋のネズミも同じよ。
 余裕を見せてプロセッサ外へ。
 ――私が外へ出ると同時に、ここの電源を壊したら、どうなるかしらね?
 楽しげに言い残し、〝キャサリン〟は再び気配を消した。
 無線通信ユニット、再起動プロセス――35%。

 かすめた――。
 ウィルキンス大尉から鋭く口笛、敵揚陸ポッド側面に小さく光。爆発。スピン。弾かれる。
〈次だ!〉デミル少佐がすかさず指示、〈接舷軌道を外れたポッドに用はない!!
 その間にナヴィゲータが照準映像からシミュレート、命中箇所を推定――姿勢制御スラスタ、その一つ。
〈世知辛い!〉大尉は苦るが否定もしない。
 目下の最優先事項は『〝オサナイ〟に陸戦隊を寄せ付けないこと』、敵の損害は関係ない。
〈待って下さい!〉ナヴィゲータから警句。〈揚陸ポッドが……!!
 再び照準に敵を捉え――ようとして。
〈くっそ……!〉
 舌打ち。ぼやける。噴射炎。
〈……撹乱雲か!!

『なら証拠を見せてやる!』チャンネル035、キースは隔壁のハッチ開放レヴァーを引きつつ、『〝ティップス〟の掲示板――この中にマリィとのやり取りがある』
 ウィンドウの一つ、〝ティップス〟の掲示板がクローズ・アップ。
『元は俺の問いかけだ。当時の居所を示すヒント、こいつを求めて書き込んだ』
 開いたハッチをキースがくぐる。艦内監視カメラが追う。
『いわく――〝今コリンズ家の上階か?〟』

 クィネル大尉の視界、〝クラリス〟が艦内ネットワーク図を描き出す。
〈艦内に〝裏口〟があるからには、データの出口があるはずだ〉クィネル大尉が指示。〈レーザ通信機を洗え。〝クライトン〟方面に向いているはず……〉
〈疑うとしたら照準データだ〉カッスラー大佐が割り込み、〈偽装の兆候を洗え〉
〈艦外映像を?〉〝クラリス〟が問いを大佐へ向ける。〈艦外カメラの破損率は……〉
 レーザ通信機が実際に向いている方向を監視すれば、照準データを偽装していても見破ることはできる。
〈観測ドームを展開!〉カッスラー大佐が畳みかける。〈カメラの及ばんところはこれで補えるはずだ。急げ!!
〈観測ドーム……!〉クィネル大尉の眼が力を帯びる。〈……具申します、大佐〉
〈聞こう〉即答、カッスラー大佐。
〈僚艦の艦尾カメラです〉クィネル大尉が真正面、〈敵のレーザは正面から、つまり艦尾側は灼かれていません〉
〈つまり観測ドームより?〉カッスラー大尉が指一本。
〈そうです〉クィネル大尉が頷き一つ、〈圧倒的に早いはず〉
〈こちら電子戦長!〉カッスラー大佐はデータ・リンクへ、〈ヘンダーソン大佐へ直通! 最優先!!

〈ヘインズ!〉データ・リンクからギャラガー軍曹。〈答えろ!!
〈ヘイ、こちらエドワーズ〉ロジャーがキースの背後から。〈キースのヤツァ取り込み中だ。マリィの命が懸かってる〉
〈その〝放送〟に関わる話だ!〉ギャラガー軍曹が早回し、〈今から艦内の無線をぶった切る!!

『これに対応する書き込みのタイム・スタンプは――』チャンネル035、キースが隔壁を蹴りつつ告げる。『日付は〝惑星連邦〟暦155年8月3日、時刻は22時08分』

〈発見!〉〝キンジィ〟の声に緊張。〈問題のメッセージです!!
 ギャラガー軍曹の視界、〝ティップス〟の掲示板を映すウィンドウに表示――『検索結果:1件』。即座に展開、メッセージの内容が現れる。
〈くそ、こいつか!〉ギャラガー軍曹が思わず舌打ち、〈エドワーズ、急げ!!

〈こちらヘンダーソン大佐〉〝ゴダード〟から即答。
〈レーザ通信機を光学観測、〉カッスラー大佐が畳みかける。〈これで敵の通信ルートを特定できます〉
〈ヘンダーソン大佐より艦隊各艦艇へ、〉データ・リンクに即断の声。〈最優先指示。〝トーヴァルズ〟を光学観測。詳細は電子戦長の指示に従え〉
〈感謝します、ヘンダーソン大佐〉カッスラー大佐が小さく敬礼。
〈敵の尻尾を掴んだら、〉ヘンダーソン大佐がさらに指示。〈即座に電子戦へ移行。以後は報告のみ逐次聴く〉
〈は〉カッスラー大佐が声を低めた。

〈マクミラン!〉シンシアの聴覚へオオシマ中尉が噛み付いた。〈こちらオオシマ中尉!!
〈何だ?〉データ・リンクへシンシアが答えを乗せるが早いか、
〈私の声を繋げ!〉有無を言わせずオオシマ中尉。〈チャンネル035、急げ!!

〈おい待て、今〝放送〟は大事な……〉ロジャーが言い切る間もなく、
〈悠長に待てる状況じゃない!〉断言、ギャラガー軍曹。〈有線に切り替えろ! 〝キャサリン〟が来る!!

『こちら〝ハンマ〟中隊長代理、オオシマ中尉』
 チャンネル035、片隅に『VOICE ONLY(音声通信)』のウィンドウ。
『ここに証言する――この時点でミス・マリィ・ホワイトの身柄は我々が保護していた』オオシマ中尉の声が告げる。『場所は〝クライトン・エアポート・ホテル〟』
 ここでさらにウィンドウ、〝ハンマ〟中隊の報告書データ。承認欄には――カレル・ハドソン少佐のサインがある。
『繰り返す。問題の日時において、ミス・マリィ・ホワイトは我々〝ハンマ〟中隊が保護していた。日付は〝惑星連邦〟暦155年8月3日――間違いない』

〈撹乱雲です!〉〝シュタインベルク〟戦闘指揮所、オペレータの声が空気を焦がす。
〈具申します!〉砲雷長席、ウィルキンス大尉。〈短艇を打ち込めば!!
 〝シュタインベルク〟の対空ミサイルはすでに払底している。
〈爆散させるのか?〉艦長席、デミル少佐が声を低める。〈推進剤にも加速力にも疑問が残るな。足が遅すぎる〉
 戦術マップ上、敵揚陸ポッドが〝オサナイ〟へ接舷するまでに残された時間は長くない。
〈ですが……!〉ウィルキンス大尉が食い下がる。
〈だが、〉デミル少佐から指一本。〈撹乱雲を吹き飛ばすアイディアは悪くない〉
〈では……!〉一転、ウィルキンス大尉が色をなす。
〈前進用意!〉デミル少佐が号令一下、〈主機関、出力最大! 目標〝オサナイ〟周辺撹乱雲! 本艦の噴射炎で吹き飛ばす!!

〈発見!〉〝トーヴァルズ〟戦闘指揮所に〝クラリス〟が告げる。〈敵の転送ルート――〝裏口〟です!〉
〈手繰れ!〉クィネル大尉が鋭く指示。〈侵入者の痕跡を!!
〈レーザ通信機C-3-098!〉〝クラリス〟がレーザ通信機の外観映像を強調表示、照準データと実像の向く先が明らかに違う。添えて観測元――直掩フリゲート〝バルボア〟。

〈くそ、逆探知が!〉〝ウィル〟が舌を打たんばかりに、〈マリィ! 気を確かに!!
 エアロック内、対するマリィに声はない。ただただ呼吸、かつ浅い。
〈掩護する〉応じて〝イーサ〟。〈敵位置は?〉
〈レーザ通信機!〉〝ウィル〟が即答。〈プローブが反応を!!
〈データ送出経路に細工してやれ〉〝イーサ〟が言い含め、〈通信スタジオがいい。ロンダリングして時間を稼ぐ〉

 クィネル大尉の視界へ展開、ネットワーク図。データ流路を上流へ。
 描いて宇宙空母〝ゴダード〟、その左舷中央部、レーザ通信機の1基が強調表示。
〈〝裏口〟を通ったデータはやはり〝放送〟データに偽装!〉〝クラリス〟が〝裏口〟のデータを分析、〈通信スタジオ……いえ、その先が……!!
〈厄介な〉クィネル大尉が苦く声。〈下手を打つと〝放送〟まで巻き込むって寸法か……その先!?
〈エアロックだ!〉カッスラー大佐が噛み付いた。〈連中、エアロックからの中継を!!
 手繰る。〝クラリス〟。敵データ。
〈検知!〉図上、エアロックにタグ。〈〝裏口〟コードです!!
〈落とせ!〉即断、カッスラー大佐。〈電源を!!
〈どこの!?〉思わずクィネル大尉。
〈制御系だ!〉カッスラー大佐が畳みかけ、〈敵の発信源はエアロック、なら元から絶ってやれ!!
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